第50話 今のは何ですか?
(リリーさんが乗り移ったわたくし自身の体については、サリュート様がついていてくださるからきっと大丈夫だわ)
根拠のない考えではあるが、チェリエはむしろ、自分自身よりもサリュートのほうに信頼を置いていた。
頭も良く能力もある彼なら、そうそう下手を打つこともないだろう。
それに、リリーは別にサリュートを害するためにチェリエの体に乗り換えたわけではなく、人柱という状況から逃れるために入れ替わっただけなのだ。
リリーがサリュートを害する危険性がないのであれば、チェリエが彼女から体を取り戻すのは、この先の展開をトゥルーエンドにしてからでも問題ないと思っていた。
本音を言うと。
ティエルやレイスたち攻略対象者たちから、トゥルーエンドに行くための助力をしてもらえたらという気持ちがなくはなかった。
(……でも、それを願い出るのは、さすがに都合が良すぎるわ)
彼らは今、花継ぎの乙女の責務を放棄しようとしたリリーに不信感を抱いているのだ。
そんな彼らに、どうして今更助けてほしいなどと言えるだろうか?
だからチェリエが今できることは、せいぜい残された期間真っ当に花継ぎの乙女としての責務を務め上げ、失った彼らからの信頼を取り戻すために、誠実でいることでしかなかった。
「……ありがとうございます。おかげで、すっかり乾いたみたいです」
チェリエをソファに座らせ、目の前に跪いて髪を乾かしてくれていたティエルにお礼を言うと、チェリエはもう大丈夫だと乾いた体を示してからゆっくりと立ち上がった。
「どこに行くのですか」
「奉花台です。作り直してほしいと今朝言われたので」
もともと、休み時間か放課後やろうと思っていた仕事だが、この状況でもう教室に戻ることもできないだろう。
であれば、部屋に帰ってからまた学園に戻って作業するよりも、みんなが授業をしている間に作業して部屋に戻った方がいい。
そう思って、チェリエはティエルに答えたのだが、当然のようにティエルは、
「……ついて行きます」
と言ってチェリエの後を追おうとしてきた。
「……でも、授業が」
「もう抜けてきてしまっていますから今更です。だったら、あなたの仕事を見届け、部屋まで送ってから授業に戻ります」
ティエルのその言葉をチェリエは申し訳なく思ったが、しかしチェリエが教室に戻れない以上お目付役の彼も教室に戻れないのだと改めて思い直したチェリエは、早々に奉華を済ませて彼を解放することを選んだ。
◇◆◇
ティエルと共に奉花台にたどり着いたチェリエは、早速祀ってある花の入れ替えを始めた。
奉花台の周囲には美しい温室がいくつも設置され、季節を問わずいろんな花を飾ることができるようになっている。
既に飾ってあった花を取り払い、敬意と感謝を込めて白い綺麗な紙に包む。
この処分の仕方は作法として決められているわけではない。
単にチェリエが、せっかく務めを果たしてくれた花たちを雑に捨てるのが忍びないから勝手にやっているだけだ。
それから花器を洗い、その周辺を綺麗に磨き上げたチェリエが『さて、何の花を飾ろう』と思いながら周囲を見渡すと、ふわふわとチェリエの周りに色とりどりの光が近づき始めた。
(――――ん?)
チェリエがそのことに気づき、纏わりついてきた光に手のひらを差し出すと、その上に乗った光が何かを主張するようにふるふると左右に震える。
(――手伝ってくれる、ということ?)
チェリエが頭の中でそう思うと、それに呼応するように手の中の光がうんうんと頷くかのように縦に揺れた。
他の光たちも構って欲しそうにチェリエの肩や腕にちょいちょいとちょっかいをかけてくる。
その様子がなんだか妙に可愛らしくて、くすりと小さく笑みを浮かべたチェリエは、
(じゃあ――お願いしようかしら)
と心の中で呟いた。
◇
――色とりどりの花たちが勝手に宙に浮かび上がり、それぞれ収まるべきところに収まっていく。
チェリエを中心に、淡い光を放つ精霊たちが花を浮かせて、チェリエが奉花を彩るのを手伝う。
その様子を側から見ていたティエルには、一体何が起こったのか一瞬理解ができなかった。
(……なんだこれは)
光と戯れる花継ぎの乙女は、まるで本物の妖精のように見える。
いや――、妖精というより、妖精の女王だ。
むしろ、妖精のように見えるのは彼女に慕うように付き添う光たちで、まるで女王に尽くすように周囲を舞っているように見えた。
「ありがとう。助かったわ」
どこからか現れ出てきた光たちに、花継ぎの乙女がお礼を言っている。
お礼を言われた光たちが、嬉しそうにぴょいぴょい跳ねたり、花継ぎの乙女にすりすり擦り寄ったりしている光景を目の当たりにしたティエルは、夢から覚めたようにはっと気を取り直し、チェリエに向かって、
「……今のは何ですか」
と質問を投げかけた。




