第106話 エピローグ
チェリエがレイスを巻き込み、王室を介入させたことで、花継ぎ教会のこれまでの所業が王家の手によって明らかにされた。
もともと利権問題で花継ぎ教会とは微妙な関係にあったデルトムント王家は、このことを機にこれ幸いと花継ぎ教会からありとあらゆる権利を剥奪していった。
世界樹が新しく変わったことについても、レイスが先頭に立って事態に取り組んでくれたおかげで、国民たちに不安を与えることなく収束させることができた。
――これからの世界樹は、人々に希望と活力を与えるためのものとなって生まれ変わったのだ――と。
これまでの世界樹が人々の暗い気持ちを請け負ってくれていたということは公にせず、ただ新しくなったことでこれまでよりも民に希望を注ぐ力が強くなった、ということだけを発表した。
◇◆◇
「……では、サリュート様。参りましょうか」
「うん」
出立の荷物をまとめて、マーキュリー家の正門前でそうサリュートに声をかけたチェリエに、レイスが「……本当に、行ってしまうのだな……」と名残惜しそうに言葉をかける。
「レイス様、わざわざ見送りに来てくださり本当にありがとうございます。いろいろと後処理を残した状態で出ることになってしまったのは大変申し訳ないのですが……」
「いや。むしろ君はギリギリまで良くやってくれた。これ以上遅くなっては、トリギアの花師の試験に間に合わなくなってしまうのだろう?」
――あれから。
この世界の顛末をトゥルーエンドへと導き、最悪な結末を回避することができたチェリエは、事態の収束に直接関わることこそなかったが、レイスの相談を受けて対応策の助言をしていた。
そんな中でレイスも、これまで自分がきちんと知ろうとしていなかったチェリエの実務能力の高さを実感させられたのだ。
本来であれば。
自分の伴侶となるはずだった彼女に、これから担うこの国の政治を支えてほしい――。
そう強く願わずにはいられなかったが、結局はレイスがそのことを口にすることはなかった。
現在の状況が自業自得であることはわかっていたし、既に彼女の心がサリュートにあることもはっきりとわかっていたからだ。
それでも、幼い頃からの縁で、ギリギリまで自分を助けようとしてくれたチェリエに感謝の意を伝えるために、こうして彼女の出立の日に見送りに来たというわけである。
「今から出発すれば、十分すぎるほどに間に合いますから大丈夫ですよ。レイス様も、また困ったことなどありましたら遠慮せずにご連絡くださいね」
「ああ……」
わたくしでよければ、できるかぎりお力になりますから、と微笑むチェリエを、レイスは眩しく見つめた。
「……では、みなさま、ごきげんよう」
そう言って、馬車に向かって振り向いたチェリエを、サリュートがエスコートしながら馬車の中に乗り上げていく。
バタンと扉が閉められた馬車は、そのままゆっくりとマーキュリー家の屋敷を離れていく。
◇
「――――寂しい?」
馬車の中、遠ざかる景色を見つめていたチェリエに、隣に座るサリュートがそう尋ねてくる。
尋ねながらさりげなくチェリエの手に自分の手を重ねてくるサリュートに、チェリエはふんわりと微笑む。
「……寂しくないか、と言われると、それはもちろん寂しいですが……」
前世で、住み慣れた家を差し押さえられて追い出された時も。
今世で、こうして同じように住み慣れた家を離れることになった時も。
慣れ親しんだ環境を離れるというのはいつだって寂しい。
だけど。
「でも、サリュート様が一緒にいてくれますから」
そう言うとチェリエは、重ねられていた手のひらをくるりと返し、指と指を絡めるようにサリュートの手を握り返す。
世界樹での出来事の後。
事件の後始末やら学園の卒業式の準備やらトリギアへの移住の準備やらでバタバタし、ろくに会う時間も取ることができなかった二人だったが、つい先日、グローシス学園の卒業プロムで再度正式にサリュートからプロポーズされたチェリエは、彼のプロポーズを受け、トリギアに行くことを了承した。
サリュートがものすごく勇気を振り絞ってプロポーズしてきたであろうことは重々伝わってきたし、チェリエ自身も、今度こそ彼を幸せにしようという強い気持ちがあった。
ただ、プロポーズを受けたからといって、婚約者として安穏とついていくのではなく、もともとの話にあった通りサリュートの仕事を手伝う、という前提はそのままで行きたいという意思は伝えた。
だから、プロポーズは受けたものの、試験を受けて花師になるという目標は変わらないし、プロポーズは受けたものの、女性として自立するという目標も変わらない。
(……ただ、相手に寄りかかるだけでなく。寄りかかってもらえるよう、自立した自分にならないと)
そう固く決意するチェリエは、これまでの苦難を乗り越えたことも、前世の記憶を思い出したことも相まって、以前よりもずっと逞しくなっていた。
サリュートの正体が、かつて自分が弟のように大切にしていた龍斗だった、ということがわかったのも大きかったかもしれない。
「……ああ」
手を繋ぎ返したサリュートが、隣で嘆くように嘆息し、チェリエの肩にぽすりともたれかかってきたのに、「……どうしたんですか?」と問い返す。
「やめてよ……。ようやく両想いになれてただでさえ浮かれてるのに。そんな可愛いこと言われたらこんな密室空間で手を出さない自信がないよ……」
手を出す――、とは、どこまでのことを言っているのだろう?
チェリエはそう思ったが、そんな思いはおくびにもださずに、「……浮かれているんですか?」と当たり障りのない答えを返した。
「……浮かれてる。そりゃ、浮かれてるよ。……積年の想いが叶ったんだから」
そう言うとサリュートは、すかさずと言わんばかりにチェリエのくちびるにみずからのくちびるを重ねた。
さっと掠め取るように。
優しくそっと触れるように。
「……チェリエともっとこういうことしたいし、これ以上のことだってしたい」
前世だって――、これ以上のことはできてないんだから。
その言葉に、チェリエは一瞬きょとんと瞳を瞬かせると、今度はサリュートが先ほどよりも深くくちびるを重ねてきた。
チェリエが抵抗らしい抵抗をしないのをいいことに、好き勝手チェリエを蹂躙すると、くちびるを離した瞬間、はあ……と熱い息を吐いたチェリエに、サリュートは囁く。
「他に誰かを好きになるのも許さないし、そばから離れるのも許さないし、先に死ぬのも許さないから。めちゃくちゃに幸せにした後、僕が死んだ一秒後に一緒に逝くのしか許さない」
唇が触れるほどの場所で熱く吐き出されたその言葉に。
チェリエは、なんとも言えない想いが溢れ、自然と口角が上がり、息が漏れた。
それをまた合図に、サリュートがまだ足りないと言わんばかりにチェリエに口付けてくる。
ゲームのストーリーは終わったが、二人の物語はまだこれから。
ようやく結ばれた想いを乗せて、馬車はトリギアへと走っていった。
【恋愛トラウマ持ち令嬢は逆境に負けない 完】
あとがき
最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。
途中、掲載サイトでのランキングや評価も振るわず、
落ち込んだり心が折れたりもしたのですが、
この話についてはどうしても
「最後まで書き切らないと面白さが伝わらないだろうな」と思ったので
腹を括ってなんとかここまで書き上げることができました。
ちえりの回想話と龍斗の回想話は、
後から齟齬があってはいけないとほぼ同時期に書きました。
龍斗の回想を書いている時、
「本当にここを掲載できるまで書き切れるのだろうか……」
と不安を抱きながらも執筆していたのですが、
こうしてきちんとした形にして皆様にお届けすることができて
本当によかったです。
この後、番外編を1話だけ用意しておりますので、
そちらも併せてお楽しみいただけると嬉しいです。




