第105話 花継ぎの乙女の末路
※残虐なシーンがありますので、苦手な方はブラウザバッグを推奨します。
――チェリエとサリュートが世界樹を伐採し、互いの想いを通い合わせた、その一方。
それより少し前の時間――、彼らが世界樹に飲み込まれたその瞬間、花継ぎの正殿で、リリーは追い詰められていた。
(……どうしよう。運良く人柱から逃れられたけれど、このままだと次は私の番でしょ……)
祭祀長は、リリーを捕まえて人柱にしようとした時、『《《どちらが先でも構わない》》』と言った。
つまりそれは――、チェリエがダメだったと見なされた場合、次は自分にその役割が回ってくるということだ。
一瞬の迷いが、命取りになる。
「…………っ!」
「リリー!」
そう思ったリリーは、まだ花籠の騎士たちが動揺に襲われている間に脱兎の如く逃げ出した。
驚いたティエルが慌てたように声をかけてきたが、そんなものは気にしていられなかった。
「おい、リリー!」
「待て!」
レイスとギークの焦った声も後ろから聞こえてきたが、そんなものは無視して走り続ける。
実際、花籠の騎士たちはリリーを逃すわけにもいかなかったが、それ以上に祭祀長をこのまま見過ごすわけにもいかなかった。
彼らのそんな一瞬の逡巡も、またリリーを逃す助けとなる。
(――この隙に……!)
今逃げなければ、間違いなく命がない。
自分はチェリエの二の舞にはなりたくないと、歪んだ笑みを浮かべながらリリーは走る。
幸いにも、花継ぎの正殿も花継ぎ教会の内部も構造は把握している。
加えて、このリリーの体は何故か逃げ足の速さがピカイチだ。
遅まきながら、後ろの方からティエルが何か叫びながら追いかけてくる音が聞こえてきたが、他の武闘派二人と違って学術派のティエルはさほど体力もない。
どうしてあの二人ではなくティエルが追いかけてきたのかと思ったが、これは逆に好都合。
何もかも――、自分にいいように物事が動いている。
リリーがそう思った時だった。
息を切らしながら必死に走るリリーは、首元で『ジジッ……』と何か雑音のような音が鳴るのを耳にした。
場所はおりしも、もうすぐ花継ぎの正殿の出口に差し掛かるというところで。
次の瞬間――。
パァンッッッッッッッ!
と大きな音を立てて、リリーが首につけていたチョーカーが炸裂した。
リリーの細い首も一緒に――吹き飛ばして。
(え――――――――?)
彼女がそう考えられる時間さえなかったかもしれない。
痛み、衝撃、混乱、混乱、苦痛。
衝撃で飛ばされた首から上の部分が、くるくると回転しながらゆっくりと地面に落ちていく映像だけが、意味もわからず脳に伝達されていく。
花継ぎの乙女だったリリーは絶命し、爆発の衝撃から残った部分だけが、どさりと血に倒れ落ちた。
リリーは――知らなかったのだ。
自分がチェリエと体を入れ替えた際、自分の体に『逃げ出したら爆発するチョーカー』をつけさせられていたことを。
そのチョーカーは、ティエルから一定距離以上離れると自動的に爆発する仕組みになっていることを。
だから、ティエルが後ろから必死に叫びながら追いかけてきていたのだということを。
ギークはあくまでもレイスの護衛騎士だから、レイスのそばを離れるわけにはいかない。
そうすると、ギークが追いかけるならレイスと二人揃ってリリーを追いかけることになるが、その場合ティエルが祭祀長を見張るために残ると、リリーのチョーカーが爆発してしまう可能性が高くなる。
だから、レイスとギークが祭祀長を見張る役目として残り、ティエル一人で追いかける役を担うことになったのだ。
結局のところ、その判断も虚しく、リリーのチョーカーは爆発することとなってしまったのだが。
「……あ〜あ〜、まったく、悲惨な結末ですねえ」
リリーの首がころりと転がった先に現れたつま先。
ティエルがようやく遅れて辿り着き、リリーの無残な末路を目にすると、その先に立っている紳士帽と緑のエプロンの妙な壮年の男性と鉢合わせになった。
「……あなたは……?」
「だいぶ有利に動けるアドバンテージがあったのに。ここまで悪手を選び続けるとは、逆におみそれしますよ」
ティエルの言葉を無視して話し続ける店主は、懐をまさぐったかと思うとそこから可愛らしいウサギのぬいぐるみを取り出した。
すると――、ふよふよとリリーの頭の辺りから漏れ出た光が、引き寄せられるようにうさぎのぬいぐるみの中に吸い込まれていくではないか。
「……回収完了、と。……まあ、あまりに悪手ばかり選んで落ちぶれていくのは、見ている方としては大変楽しかったですけれどもね。その点では、評価すべきかもしれませんね」
「……あの!」
いつまでも自分を無視して、果てはうさぎのぬいぐるみに向かって話し始めた店主に痺れを切らしたティエルが、珍しく声を荒げる。
そんなティエルに、今度も無視を決め込むかと思った店主は、意外なことにティエルの呼びかけに反応をして見せた。
「はい? なんでしょうか?」
「……あ、あなたは、何者ですか……?」
にっこりとこちらを見つめてくる店主に、ティエルは警戒を深める。
たとえこの場に居合わせたのが偶然だとしても。
人ひとりの首が吹き飛んだ惨状を目の当たりにして、こんなに平然としていられるのはあまりにもおかしい。
しかも、ティエルの目がおかしくなっているのでなければ、リリーの体から出てきた光が、彼の持つぬいぐるみに吸い込まれていった。
(……天使? 悪魔?)
もしくは――、死神などと呼ばれるようなものか。
警戒心を保ったまま、そんなことを考えていたティエルに返ってきた答えは。
「いやいや、何者でもありませんよ。ただのしがない《《いち》》店主です」
と言って、大したものではないと言いたげにひらひらと手を振った。
「でもまあ――、あなたに覚えていられて、詮索されるのも面倒なので」
次の瞬間。
しゅっ、と顔に何か吹きかけられたティエルは、男がいつ、自分にそんな吹きかけられるようなものを手にしていたのだろうと思った。
思いながら、くらりと強い目眩を起こし。
次に目を開けたときには、男の姿は煙のように綺麗にその場からなくなっていた。
男を見たという――ティエルの記憶と共に。
はっと我に返ったティエルは、どうして自分がぼうっとしていたのかと自らを叱咤する。
(私は――、なぜ、こんなところで呆けていたのか……)
そう思いながらティエルは、地面に転がったリリーの無惨な姿を一瞥すると、苦しげに眉を顰めながら自らの上着を脱ぎその上に被せかけた。
色々と確執があったとはいえ、このまま野晒しにしておくことも忍びなかったのだ。
それから、ティエルは花魔法を使ってレイスとギークに連絡を取る。
レイスとギークの方も、無事に祭祀長を捕らえることができたと連絡を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
その後、古い世界樹の外郭が消え、そのことを喚き散らし出した祭祀長をレイスたちが押さえつけているところに、世界樹の最奥からチェリエとサリュートが戻ってきた。
びしょ濡れで――、それでも寄り添い合いながら微笑んで戻ってきた二人に、レイスも顔を綻ばせた。
こうして――、原作のゲームにまつわるこの一連の物語は、終わりを迎えることとなったのだった。




