第104話 わたくしに、指輪を嵌めてくださいませんか
――わたくしに、指輪を嵌めてくださいませんか――?
切なげに向けられたチェリエの表情。
差し出された左手。
少しだけ持ち上げられた薬指は、彼女がその指にはめてほしいと主張しているようにサリュートには見えた。
サリュートはまだ、何が何だかわからない。困惑した表情を浮かべながら、チェリエに問い返した。
「……指輪って、これを?」
「……はい」
自分の問いにこくりと頷いたチェリエを見たサリュートは、状況を理解できないながらも、彼女の望むままに首にかけた鎖から指輪を外した。
指輪を外し――、彼女の差し出した左手を手に取ると、途端にサリュートはまた、そこからどうすればいいのかわからなくなる。
半ば意識を失いかけていたとはいえ、彼女を押し倒し陵辱しかけて、なおかつ正体もバレそうになっている今、サリュートには平然とチェリエの薬指に指輪をはめるだけの厚顔さを持ち合わせていなかった。
いつも冷静で、落ち着き払った様子を見せていたサリュートが、子供のように狼狽えている。
その姿を見たチェリエは、サリュートに向かって「……薬指ですよ。サリュート様が、お嫌でなければ」と優しく囁いた。
――嫌でなければ。
その言葉を、サリュートは胸の内で反芻する。
嫌なことなんて、あるはずがなかった。
ずっと、彼女のことを誰よりも大切にしたいと思ってきた。
そのことを彼女に受け入れてもらえなくても、それでもいいと思っていた。
自分は別に――報われなくてもいいと。
だが、そんな自分を今、彼女が受け入れようとしてくれている。
チェリエからはっきりと『受け入れる』と言われたわけではない。
だけど、何故かそう感じたサリュートは、心もとなさと不安を抱いたまま、チェリエの薬指に指輪をそっと嵌めた。
指輪を嵌めたチェリエの手の甲に、ぽとりと雫が一粒落ちる。
サリュートが見上げると、左手の薬指に指輪を嵌めてもらったチェリエは、頬をほんのりと赤らめながら、きらきらと潤ませた瞳で、自らの左手に輝くその一粒を嬉しそうに見つめていた。
「……ようやく、ちゃんと受け取れた」
その言葉は、サリュートに向けられたものではなく、彼女の喜びが漏れ出たもの。
サリュートはどこか夢見心地のまま、指輪を嵌めたチェリエがその手元を自らの口元に持っていき、嬉しそうに微笑んでいるのを見つめていると、ふいに彼女がぽすりと自らの肩口に額を寄せてきたのを受け止めた。
「……サリュート様」
そう言って呟く彼女の顔は、サリュートの位置からは死角で見えない。
ただ、まるで自分に心を許してくれているように身を寄せてくる彼女に、サリュートは抱き返して良いものか逡巡する。
「……今度は、しわしわのおじいちゃんとおばあちゃんになるまで、ずっと……、ずっと一緒にいてくださいね……」
か細く、かすれた、耳元でなければ聞こえないくらいの微かな言葉が耳に入った瞬間。
サリュートの心は決壊した。
込み上げる涙を抑えることもできないまま、自らの肩に身を寄せていたチェリエを力任せに抱きしめる。
チェリエは抱きしめた自分を嫌がることなく、ぴったりと身を預けるように受け入れてくれたかと思うと、そっと背中に手を伸ばし、抱き返してくれた。
それだけで――、もう十分だと思った。
自分の想いは報われた。
前世の記憶を持ったまま、訳もわからずにこの世界に転生し、同じく転生した前世の想い人を見つけたサリュートの、長い長い努力が報われたのだ。
トラウマを抱えていたのは、チェリエだけではなかった。
形は違えど、サリュートにもそれはあった。
――自分が誰かを幸せにしようとしても、叶えられないというトラウマ。
二人共が前世で抱えたトラウマが、こうして転生したこの生で、癒されようとしている。
あやすように背中をさすってくるチェリエの温かい手のひらにひとしきり嗚咽を漏らした後。
サリュートは彼女のくちびるに、ふたたび自らのくちびるを重ねた。




