第103話 永遠の愛
「え…………?」
りゅうくん、と呼んだチェリエの言葉に、サリュートがごく微かに動きを止める。
しかし、相手の反応を少しも見逃すまいと注意を払っていたチェリエには、その僅かな差異を確かに視界に捉えた。
「……何を言ってるの? チェリエ」
「りゅうくん……」
「ごめん、ちょっとよくわからないんだけど」
困り顔で、でもなんとか取り繕いながら自分をかわそうとするサリュートの気配に、チェリエは確信を深める。
(……やっぱり、そうなんだわ)
どうして彼が否定するのか。
その理由はわからないけれど、ただ彼が龍斗なのだということだけは直感でわかった。
チェリエは、そんなサリュートにじりじりと四つん這いでにじりよると、びくりとみじろぎしたサリュートの胸元から、チャリ……、と鎖に繋がれたあの指輪が揺れてこぼれる。
「……その指輪……」
それは、さきほどチェリエが彼の前世の記憶で見た、彼がちえりにプロポーズするために買い、結局渡すことが出来ずにちえりの棺に入れたものだ。
チェリエの中で。
ひとつひとつ、パズルのピースが埋まっていく。
どうして自分が、この指輪を握りしめて生まれてきたのか。
どうして彼が、この指輪を自分と同じくらい大事にしていたのか。
一方そんなチェリエに対して、サリュートの心はまだ動揺が吹き荒れていた。
(……気づかれたくなかった。絶対に、気づかれたくなかったのに)
気づかれたくなかった――だけどその反面、気づいてもらえたことに、泣きたいほどに嬉しい気持ちを抱いていることに、サリュートの心の中はぐちゃぐちゃに乱れた。
サリュートが、チェリエに自分が龍斗だと知られたくなかった理由。
それは、チェリエはきっと、あんなに『結婚しよう』と迫ったのに、最後の最後で手のひら返しをしてこっぴどく振った龍斗に、いい思いを抱いていないと思っていたからだった。
この世界に生まれ変わり、チェリエもまた同様に転生していることを知った時。
彼は自分が龍斗であることは知られず、あくまでサリュートとして生まれ変わった彼女を幸せにしようと決めていた。
自分が龍斗であると知られることで、彼女から嫌われ、敬遠されることも怖かった。
こんな、前世からストーカーのように執着して追いかけてくるような男など、気持ち悪いと思われこそすれ、感謝されることなどないと思っていたから。
だからずっと隠し続けていた。
なのに――。
サリュートは、正体を知られることで彼女から軽蔑され嫌われることを恐れて、明かす勇気がなかった。
チェリエはチェリエで、彼が正体を正直に告げてこないのは、彼の正体を暴いてしまうことで彼に何か呪いか何かの不利益が生じるためではないかと案じていた。
膠着した状態を保つ二人。
そんな、二人の間に。
突然ぱあ――っと光が瞬いたかと思うと、その間に、白いトルコキキョウの花が芽生え、美しく花開いていった。
「これは……」
突然のことに呆気に取られたサリュートに対して、この事態を予測していなかったチェリエは、驚きながらもそれが何であるのかを正確に把握していた。
「サリュート様の……、浄化花……」
白いトルコキキョウの花言葉は、『永遠の愛』。
思えば、彼は初めてチェリエにプロポーズをしてきた時も、この花を差し出してきた。
瘴気の中で見た前世で、小学生の龍斗が手にしていた花。
彼がチェリエの屋敷に訪れた時も、さりげなく彼女の部屋に飾られていた花。
ちえりの葬儀の時に、彼女を彩る花として、埋め尽くしていた花。
(――もしかして、ずっと……)
彼が、言葉にすることなく送り続けてきた想いにようやく気づいたチェリエは、どっ、と言葉にならない感情に襲われた。
(この人は、もしかしてずっと。わたしのために、すべてを捨て、何もかもを投じて、追いかけてきてくれたのではないだろうか?)
そのことに気づいた瞬間。
チェリエは、目の前の相手のことを、どうしようもなく愛しいと思った。
彼が――、いったいいつ、前世の記憶を取り戻したのかはわからない。
だけど、少なくとも、龍斗とちえりが出会ってからの12年。
そして、自分の余命がわかった瞬間さえも。
彼はちえりのことを想い、ちえりに辛い思いをさせまいと、自らを犠牲にしてきたのだ。
(……わたし)
チェリエは瘴気の見せた龍斗の記憶の中で、彼が嘆いていた姿を見ていた。
ただ、平穏に生きて、愛する人を愛して。
大それた夢なんかない。
人並みの幸せを得たいと思っているだけなのに、どうして自分にはこうも難しいのか、と。
チェリエは、溢れそうになった涙を堪え、「……サリュート様」と彼に向かって想いの口を開く。
チェリエに呼ばれ、おそるおそる彼女に視線を向けたサリュートが、その先で目にしたのは。
泣きそうな顔で微笑みながら、こちらに向かって左手を差し出し、
「……わたくしに、指輪を嵌めてくださいませんか……?」
と告げる、チェリエの姿だった。




