第102話 呼吸もままならない
今際の際に、龍斗の目尻から涙がこぼれ落ちる感触に同調したチェリエは、ほどなくしてチェリエ・マーキュリーである自分に意識が戻ってくる。
くらりとめまいに似たような感触と共に、じわじわと、ここが世界樹の中で、自分は今、サリュートの身のうちにある瘴気を吸収しようとくちづけていたことを思い出す。
(…………今のは…………、サリュート様の記憶…………?)
だとしたら――。
だとしたら。
彼の、正体というのは。
チェリエの心は動揺で震えるが、それよりも今は、目の前の人を救うことが先決だった。
くちびるから吸い上げている、サリュートの体内に凝っていた瘴気も、まもなくすべて取り除き切れると思ったところで、チェリエの体の下にいたサリュートがもぞりとみじろぎした。
えっ――――?
(も…………、もしかして、意識を取り戻した?)
もし……、もしも彼が意識を取り戻したのだとしたら。
人命救助のためとはいえ、自らサリュートにくちづけをしているという言い逃れようもない決定的な瞬間を知られるという未来に、チェリエの心は羞恥で荒れ狂いそうになる。
そこに――。
なんと、チェリエの背中と首に両腕を伸ばし、更にくちづけを深めたサリュートは、まるでチェリエの口の中が甘い蜜のような甘露で満ちているかのように彼女を抱き寄せながら彼女のくちびるとその中を貪った。
「ん……、っ……」
瞼を閉じたまま、サリュートは狂おしく、しかしどこか切なさを滲ませながらチェリエを求め、舌を絡めてくる。
あまりに深く求められすぎて――、呼吸をすることもままならない。
既に瘴気はすべて吸い取り終わっている。
なので、『も……、もう体を離しても良いわよね……?』と判断したチェリエはサリュートから逃げようと身を捩ったが、逃すまいとサリュートに強く捕らえられてしまう。
やがて、夢中でチェリエのくちびるを味わっていたサリュートは、逆にチェリエを地面に押し倒し、深いくちづけを交わしながら彼女のからだの柔らかいところに手のひらで触れてきた。
(えっ…………、あ、あのっ…………!?)
頭の中が動揺で吹き荒れているチェリエは、なんとかサリュートに抵抗しようとするも、強い力で押し付けられているためにびくともしない。
動揺しながらも結局、今はまず、サリュートの体から自らの身のうちに取り込んだ瘴気を浄化させることを優先したチェリエは、体内の瘴気を浄化させているあいだはサリュートの好きなようにさせることにした。
身体中をサリュートの好きなように弄られているために心中穏やかではなく、くちづけのせいなのか蹂躙されているせいか息はすっかり上がっていたが、それでもチェリエは順調に浄化を進めた。
すると、やがて体内の瘴気の浄化がちょうど終わるという頃合いに、サリュートがはっと意識を取り戻した気配を感じた。
意識を取り戻したサリュートは――、今、自分が置かれている、いや、自分のしでかしている行動を目の当たりにし、一瞬理解ができなくなり、遅れて現実を受け入れた後、「ご……っ、ごめん…………!」と言ってチェリエから慌てたように飛び退いた。
――押し倒していたチェリエの、酩酊したようなとろりとした表情。
――唇と舌に残る、チェリエの口内を貪っていた感触。
手のひらにもまだ、自分が触れていた彼女の柔らかい場所の感覚が残っている。
(え……、な、なんでこんなことになっているんだ……?)
という動揺と同じくらい、かつてないほどにチェリエと深く触れ合えた喜びに、自分の意志とは関係なく体が震えていた。
そんな自分を『浅ましい』と自責する自分の隣で、ゆっくりと体を起こし乱れた衣服を整えるチェリエの姿は、まるで自分がよからぬことをしてしまったことを象徴しているようにも思えた。
「……ごめん。……本当にごめん。謝ってすむことじゃないと思うけど……」
ずり、ずり、と、これ以上チェリエを害することがないと意思表示するように、サリュートはチェリエから距離を取るように後退する。
普段は落ち着いて動揺することのないサリュートが、こんなにもわかりやすく狼狽え顔を赤らめる姿に、チェリエは逆になんだか落ち着きを取り戻した。
人は――、自分よりも相手の方が落ち着きを失っていると、逆に落ち着いてくるものである。
チェリエも、サリュートから押し倒され、執拗に求められるように触れられたことに少なからず動揺を覚えてはいたが、相手がこうも狼狽えた姿を見せると怒る気も無くすというもので。
「あの…………」
「う、うん…………」
チェリエが声をかけても、先ほどの出来事の気まずさからなかなかこちらに目を合わせようとしないサリュートの様子を見て、チェリエは逆に腹が決まった。
「あの。…………………………りゅうくん?」




