第101話 【前世編】菅田龍斗⑨
龍斗がちえりに別れを告げたその夜。
彼は、ちえりが道路に飛び出してきた子供を助けたことで、この世を去ったという事実を知った。
知らせを受け、身元を確認するために行った病院でちえりの遺体を見た時、龍斗はおかしな夢を見ているのだとしか思えなかった。
◇◆◇
「なん……っでだよ!!!!」
「龍斗様……!!」
「なんでだよ!! なんでだよ!! なんでなんだよ!!!!」
やり場のない思いのままに、部屋中のものを投げ飛ばせるだけ投げ飛ばした。
誰かが自分を止めようとしたが、構わなかった。
「なんでなんだよ……!!!! こんな結末を望んでたわけじゃなかったのに……!!!!」
なんで……!
なんでちえりに幸せになってほしかったのに、ちえりが死ぬことになるんだよ……!!
あの時。
別れるなんて言わないで、別の言葉を選べばよかったのだろうか?
それともなにか別の選択肢があったのだろうか?
どれだけ涙を流しても、どれだけ暴れ散らしても、ちえりは帰ってこない。
――どうして?
彼女のために身をひこうとしたのに、こんなことになってるんだ?
彼女に幸せになって欲しくて。
幸せに生きて欲しくて。
ただそれだけのために、彼女を傷つけてまで、彼女と別れるという選択を取ったのに。
「あ゛あ゛あ゛……! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!」
死ぬほど泣いても、悲しみも渇きも癒やされることはなかった。
なんで……。
せめて自分がいなくなった後も幸せでいてほしいと思ったのに、それさえ叶わないのか。
どうして、あんなに人のために一生懸命に尽くした人が、こうして報われずに一生を終えるのか。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!」
怒りに任せて弾き飛ばした物の中に、ちえりにプロポーズするために買ったリングケースがあった。
その中から飛び出してきた指輪が、足元に転がってきて。
それでまた、龍斗はちえりを思い出して床に這いつくばって泣いた。
◇◆◇
ちえりの葬式の日は、気持ちよく晴れた爽やかな日だった。
(…………せめて。土砂降りの大雨だったらまだマシだったのに)
自分の愛した人を晴れやかに送り出されるようで、晴れわたる青空さえシャクに触る気がした。
彼女がこの世を去ることを惜しむよう、土砂降りの雨が降っていたら。
そうは思ったけれど、ちえり自身はきっとそれを望まないだろうなと龍斗は思った。
強い彼女は、こうやって晴れやかに送り出される方を好むだろう。
そう思ってちえりのことを思い出したら、また涙がこぼれそうになる。
身寄りがいないちえりの葬式では、自分が喪主に立った。
そのことを知った祖父はいい顔をしなかったが、そんなのどうでもよかった。
ちえりを納めた棺に入れる花をどうするかと聞かれた時、深く考えずに「白のトルコキキョウで」と答えた。
だから今、棺に横たわるちえりは、白いトルコキキョウで埋め尽くされている。
(――ああ、なんだ)
永遠の愛なんてない、なんて思っていたけど。
(あるじゃないか。永遠の愛は)
自分にとって、きっとこの想いは、永遠と呼べるものになるだろう。
だってもう、彼女を嫌いになることも、憎むこともできない。
ただ、彼女を愛した想いだけを持って、自分も数ヶ月ののちに、後を追うことしかできないから。
彼女に贈るつもりで買った大ぶりのダイヤの指輪を、龍斗は棺に眠るちえりの、左手の薬指にはめた。
完全に自分のエゴだとは思ったけれど、せめて想いだけでも一緒に持っていってほしいと思ったのだ。
「……、ちえり……」
彼女の額に口づけし、彼女だけに聞こえるよう、最後の別れの言葉を告げた時、ぽたりと涙が棺の中に落ちた。
それが、今世での彼女との別れ。
それから半年も経たない後、生きる気力を失った龍斗は、想い人の後を追うように、一人寂しくこの世を去った。




