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プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第17章「ゲーム開発ディレクター・宇佐美翔太(32歳)」
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第83話「政治家になるということ」

「どうでしたか? 緊張しました?」


香坂美月が尋ねると、北川美優は小さくうなずいて答えた。


「ええ、緊張どころか、途中で帰りたくなりました」


その日は平日の夜、青山にある静かなホテルのラウンジ。普段より少し遅めの時間帯だったが、仕事終わりのビジネスパーソンたちのざわめきが、どこか落ち着いたリズムで流れていた。


美優は、前回のセッションで美月から勧められていた“政治スクールの体験セミナー”に、意を決して参加していた。


「周りはキラキラしてる人ばかりでした。20代の若手市議、ベンチャー経営者、帰国子女で官僚志望の女性……皆、自信満々で。私は、ずっと黙って話を聞くだけで精一杯でした」


彼女はグラスの水を一口飲んで、言葉を続ける。


「みんな“私にはこういうビジョンがある”って、はっきり言える。私は、“語りたいこと”はあっても、“政治家としての自分の像”をまだ描き切れていない。場違いなんじゃないかと思ってしまいました」


美月は、ゆっくりと微笑んだ。


「それは、美優さんが“等身大の目線”で周囲を見ていた証です。場違いだと思えるのは、過剰な自信で自分を覆っていないということ。そして、それは政治において、実は非常に重要な素質でもあります」


「でも……私には彼らのような“売り”がない。たとえば、若さとか、肩書きとか、実績とか。結局、“議員秘書です”と言っても、インパクトがないんです」


「確かに、“秘書”という肩書きは地味に映るかもしれません。でもそれは、“仕組みを知る者”という絶対的な強みでもあります。しかも、美優さんは15年その現場にいて、制度の機能と限界を肌で知っている」


「でも、表に立った経験はないんです。ずっと“後ろで支える人間”でしたから」


「それが、あなたの武器になるのです。“支える側から見た政治”という視点は、現職議員でも持てない希少なものです。“現場を回してきた者の視点”は、むしろ本物です」


美優はしばらく沈黙した。だがその沈黙は、戸惑いというより、少しずつ湧き上がる自覚をかみしめているようにも見えた。


「……そう言われると、思い出す場面があります。選挙の度に、候補者本人よりも、私の方が現場の空気を読んで、戦略を調整していた気がします。“勝たせる力”なら、私はもう持っていたのかもしれません」


「まさにそれです。“勝たせる”立場にいた人が、“勝ちにいく”立場になろうとしている。それは決して傲慢ではありません。今まで培ってきたものを、ただ形を変えて使うだけのことです」


「でも、ひとつだけ聞かせてください。美月さんが考える、“政治家になるということ”って、どういう意味だと思いますか?」


美月は、しばし考える素振りを見せたあと、静かに言葉を紡いだ。


「“政治家になる”とは、自分の声で誰かを勇気づける存在になる、ということだと思います。完璧な人間になることではなく、“未完成なままでも誰かの代弁者であることを選ぶ”という覚悟です」


「……未完成なままでも、ですか」


「はい。政治は、理想の人間が行うものではありません。“社会の矛盾や苦しさに気づいている人”が、勇気を持って声を上げる。それこそが、今の時代に必要なリーダーシップだと、私は信じています」


美優は、その言葉を静かに反芻するように頷いた。


「政治家って、演説が上手で、カリスマがあって、人を惹きつける存在だと思っていました。でも、たしかに今の私が心動かされるのは、完璧な答えよりも、誰かが“自分の言葉で語る”姿です」


「その通りです。声を出すこと、迷いながらも立つこと、それ自体が誰かを支える力になる。そして、美優さんのように現場を知る人が、その立場を選ぶ意味は、とても大きい」


「……少しずつ、腹が据わってきた気がします。すぐに出馬とまでは言えません。でも、私は、“語る政治家”になりたいのかもしれない。声なき声を、ちゃんと拾って、届けられる人に」


「それは、美優さんの中に“政治家の種”が確かにある、ということです。次回は、その“種”を育てるために、どんな土壌が必要なのか、具体的にプランニングしていきましょう」


「はい。……やってみます」


その瞬間、美優の背筋がほんのわずかに伸びた。肩に乗っていた“秘書”としての重みが少しだけ降りたように見えた。


ラウンジの窓の外では、東京の街が夜の顔に切り替わりつつあった。

その光景を眺めながら、美優は自分の中にある“もうひとつの名前”を、静かに意識し始めていた。

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