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プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第17章「ゲーム開発ディレクター・宇佐美翔太(32歳)」
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第4話「小さなプロジェクト、大きな覚悟」

週明けの火曜日、午後五時を少し回った時間帯。オフィス街の喧騒が少しずつ和らいでいく中、香坂美月は六本木の静かなホテルラウンジで、いつも通り整然とした姿勢でクライアントを待っていた。


「こんにちは、美月さん」


笑顔で現れた宇佐美翔太の表情は、前回よりもさらに落ち着いていた。服装はラフなままだが、どこか“創る者”の雰囲気が戻ってきている。手にはノートPCと厚みのあるメモ帳。準備の良さに、彼の本気度がにじんでいた。


「こんにちは、宇佐美さん。お疲れの様子も見えませんね。進捗があったようですね?」


「はい、例の“教育・感情ケアゲーム”のプロトタイプ、簡単なところまでは動く形にできました」


彼はメモ帳を開き、いくつかの画面設計とワークフローを美月に示す。


「まだα版以下ですけど、主な機能は“呼吸誘導”“自己肯定感を高める対話シミュレーション”“ネガティブ感情の整理”の3モジュールに分かれています。全てが競争ではなく、自分のペースで進める構成です」


「言葉だけでなく、こうして形にしているのが素晴らしいです。“動き始めたプロジェクト”というだけで、多くの人は数歩後退しますから」


宇佐美は微笑みながらも、一瞬視線を伏せた。


「正直なところ、ここまで楽しかった。でも、やっぱりプレッシャーもあります。今の本業を辞めたわけじゃないので、日中は会議や進行管理でみっちり。深夜にコード書いて、週末にミーティングして……体力的にも限界が近い」


「副業というより、すでに“もう一つの本業”ですね。モチベーションの維持はできていますか?」


「気持ちは前向きですが、時間の制約が大きいです。あと、社内の一部にはこの動きを快く思ってない人もいて。“宇佐美さん、最近やる気ないですよね”って、部下に言われました」


その言葉には、わずかに苦笑いが混じっていた。


「自分としては全力を尽くしてるつもりなんです。でも、本心では“今のメインプロジェクトに乗り気じゃない”のは事実で……だからその一言がグサッと刺さって」


「率直に伺います。その言葉をどう受け止めましたか?」


「……痛かった。でも、正しかったとも思いました。自分が何に心を燃やしているか、無意識に周囲にも伝わっているんだなって」


「その気づきは、前向きな意味で大きいですね。“嘘のない姿勢”というのは、創作と同じくらい職場の人間関係でも大切です。今の自分のエネルギーの配分が、社内の期待とズレ始めているのは確かでしょう」


「ええ。でも、だからといってすぐ辞めるわけにもいかない。このプロトタイプがどこまで形になるかも未知数ですし、家庭もある。実験の途中でリスクを背負うには、まだ勇気が足りないんです」


「その躊躇は、極めて健全です。現実と理想の間に“クッション”が必要なのは当然ですから。今は、目の前のプロジェクトが“続けられるかどうか”を冷静に見極める期間だと位置づけて良いでしょう」


「実は先週、教育系NPOの知人にこのプロトタイプの話をしたら、ぜひ協業したいって言われたんです。テスト導入なら、現場で試せるかもしれないって」


美月の眉がほんの少し上がった。


「それは大きな前進ですね。“社会の中で求められている手応え”が、具体的に得られたということです」


「でも同時に、怖さもあります。まだ完成していないものを世に出す怖さ。評価されることのプレッシャー。ダメだったらどうしようって」


「宇佐美さん、完璧じゃない自分を人前に出すことが、実は一番の“創作”なんです。未完成でも、人に届くものには意味があります。逆に、完璧になるまで出さないと決めたものは、世に出る日を永遠に失うかもしれません」


宇佐美は深く息を吐いた。


「そうかもしれません。僕、完璧主義なんですよね。だから“試作品を誰かに見せる”って、想像以上に勇気がいって」


「その壁を越えた瞬間から、宇佐美さんの第二のキャリアは動き出すでしょうね」


「……少し、覚悟が固まりました。NPO側には“2ヶ月以内にベータ版を出す”と伝えました。今のチームメンバーとも、タスクを切り分けて作業しています」


「そのタイムライン、とても現実的で良いと思います。リリース後にどう感じるかはまた次回のテーマですが、今のステージでは“とにかく走り切る”という覚悟が必要です」


宇佐美はメモ帳に線を一本引き、力強く言った。


「このプロジェクト、“誰かの心を支える”って決めたからには、形にします。今は、失敗してもいいから、届けたいんです」


美月は、静かに頷いた。


「“誰かに届ける”という意志は、“成功するかどうか”とは別軸の価値です。その信念があれば、どんな結果も前に進む力になります」


「ありがとうございます、美月さん。正直、前回ここに来たときは、まだ逃げ道を探してた気がします。でも今は、逃げるんじゃなくて、創り直してる。そう思えます」


「その感覚こそが、キャリアの転換点です。“創り直す自分”を選んだことが、すでに答えの一部です」


「次回は、初テストのフィードバックを持ってきます。良くても悪くても、ちゃんと報告します」


「楽しみにしています」


ラウンジを出ると、夕暮れの空に薄紅の光がにじんでいた。小さなプロジェクトの影が、彼自身の未来をゆっくりと照らし始めていた。

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