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プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第17章「ゲーム開発ディレクター・宇佐美翔太(32歳)」
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第2話「自分のための地図を描く」

週末の午後、雨の匂いを含んだ風が東京の街を静かに通り抜けていく。香坂美月は、丸の内のホテルラウンジの窓際の席でノートを整えながら、クライアントの到着を待っていた。


時間ぴったりに、宇佐美翔太が現れた。前回と違い、今日はカジュアルなニットとジャケット。表情もいくらか柔らかく、何か吹っ切れたような空気をまとっていた。


「こんにちは、美月さん。今日もよろしくお願いします」


「こちらこそ、お待ちしていました。今日は顔色がいいですね。少し、何か変化があったのでしょうか?」


宇佐美は小さく笑いながら、テーブルに座った。


「例の課題、やってみました。自分でもびっくりするくらい、いろんなことを思い出しましたよ」


彼はノートを取り出し、1ページ目をそっと開いた。


「『純粋に楽しかった瞬間』を5つ挙げるっていう課題、まずは小学校の頃から始めました」


彼の指がノートに添えられ、丁寧に文字をなぞる。


「一番印象に残ってたのが、小学4年生の時です。妹が喘息で長期入院してた時期があって。退屈してる妹のために、当時の古いノートPCで簡単なアドベンチャーゲームを作ったんです。画面はしょぼかったけど、妹がすごく喜んでくれて……それが、僕の“最初のユーザー”でした」


「素敵なお話ですね。自分の大切な人のために何かを創った、その原体験が今の職業に繋がっているわけですね」


宇佐美は頷いた。


「最初は誰にも見せるつもりなんてなかった。ただ妹を笑わせたくて。でもあの時、純粋に“作るって楽しいな”って思った感覚を、久しぶりに思い出したんです」


「今の仕事では、その感覚は失われてしまいましたか?」


「正直、はい。商業的な成功が全てみたいになってしまって。開発会議でも、“売れるかどうか”が最優先。作りたいものより、“数字を取れるか”が判断基準で……それがだんだん、しんどくなっていきました」


「今回のリストで、他に心に残った瞬間は?」


宇佐美は次のページを開いた。


「大学の研究室で、仲間と徹夜で開発したコンテンツが展示会で賞をもらったとき。あと、初めて新人育成を任されたとき、後輩が“宇佐美さんみたいになりたい”って言ってくれたとき。それから、去年の小さな社内イベントで、教育向けミニゲームを作った時。売上は関係なかったけど、すごく手応えがあって……」


「共通点がありますね。“誰かのために役立つ”こと、“創造に自由がある”こと、そして“結果ではなくプロセスそのものを楽しめている”こと」


宇佐美はその言葉に、ゆっくりと頷いた。


「そうなんです。つまり、僕にとっての“作ることの喜び”は、売上やヒットじゃない。もっと小さな、でもリアルな“誰かの笑顔”のためだったんだと思います」


「では、それを軸に、これからのキャリアの地図を描いてみましょう。“誰のために”“どんな価値を届けたいか”という問いに、宇佐美さんはどう答えますか?」


少しの沈黙の後、彼は真っ直ぐに言った。


「子どもたち、です。特に、家庭や学校で“うまく馴染めない子”の居場所になるような体験を届けたい。学びや遊びの中に、ちょっとした“救い”があるようなゲームを作れたら……それが、僕にとっての創る意味かもしれません」


美月は静かに頷きながら、メモを走らせる。


「それは素晴らしいビジョンですね。“癒しと学びを融合させた、心のセーフティネットとしてのゲーム”。言葉にすると、すごく宇佐美さんらしい」


「……自分でも、言葉にしてみて初めて腑に落ちました。これが、今の自分にとっての『作りたいもの』なんだって」


「次は、その地図をもとに、実際に“行動”に移す段階です。すぐに転職する必要はありません。でも、少しずつ“自分の地図”に従って動き始める準備をしてみましょう」


「たとえば、どういう方法が考えられますか?」


「副業的にプロトタイプを開発してみる。信頼できる数人に声をかけて、まずは小さなチームを作る。あるいは、教育関係者や発達支援の専門家と話して、実際に必要とされている課題を知る。そういった第一歩です」


宇佐美の顔に、久しぶりに“作り手”の表情が戻ってきた。


「やってみます。少しずつでいいですよね?」


「もちろん。焦らず、自分の“創る理由”を忘れずに」


彼はノートを閉じ、深く頷いた。


「今日は……前よりずっと、自分の中に芯が通った気がします」


「それが、今日の一番の成果ですね」


雨は止んでいた。窓の向こう、空の一角から陽が差し込み始めていた。

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