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プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第10章「外資系コンサルタント・橘直人(35歳)」
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第1話「働きすぎた男の迷い」

都心のホテルラウンジ。柔らかな間接照明が、落ち着いた雰囲気を演出している。シックな内装の中、低く流れるジャズが忙しい日常を一瞬だけ忘れさせるようだった。


香坂美月は、テーブルの向こう側に座る男性をじっと観察した。


橘直人、35歳。外資系コンサルティングファームの戦略コンサルタント。スーツの着こなしは洗練されており、一見すると隙のないプロフェッショナルに見える。だが、その顔には疲労の色が滲んでいた。


「初めまして、橘さん。」


「よろしくお願いします。」


直人はそう言って、コーヒーに手を伸ばしたが、その動作にもどこか力がなかった。


「今日はどのようなことをご相談されたいですか?」


美月が穏やかに問いかけると、直人は苦笑しながら、軽くため息をついた。


「正直に言うと……もう限界が近い気がします。」


「限界、というのは?」


「長時間労働が当たり前になりすぎて、仕事以外の時間の使い方が分からなくなってしまったんです。」


直人はカップを置き、背もたれに寄りかかった。


「コンサルの仕事はハードなのは承知の上でした。20代の頃はむしろ楽しんでいました。でも、35歳になってふと気づいたんです。『このままの生活を続けて、本当に幸せなのか?』って。」


美月は静かに頷いた。


「ご自身の働き方に疑問を持ち始めた、ということですね。」


「はい。でも……それでも仕事は辞められないんです。高収入だし、プロジェクトを完遂する達成感はある。でも、一方でプライベートの時間はどんどん削られていく。気づいたら、友人と会う時間もないし、趣味なんてものもない。休日はただ疲れを取るために寝るだけ。」


「いわゆる、燃え尽き症候群の兆候を感じている、ということでしょうか?」


直人は小さく笑いながら頷いた。


「ええ。最近、特にそう感じます。仕事にはやりがいを感じるはずなのに、どこか心が空っぽな感覚があるんです。」


「それは、心と身体がバランスを崩しているサインかもしれませんね。」


「バランス……ですか。」


直人は考え込むように、視線を窓の外に向けた。


「では、橘さんにとって、仕事とプライベートの理想的なバランスとは、どのようなものでしょう?」


美月の問いかけに、直人はしばらく沈黙した。


「……正直なところ、分からないんです。」


「分からない?」


「これまで、仕事がすべてでした。忙しいのが当たり前で、休むことに罪悪感すら感じる。でも、一方でこのままではいけないとも思っている。でも、どうすればいいのか分からないんです。」


美月はメモを取りながら、次の質問を投げかけた。


「では、もし仮に、明日から自由な時間ができたとしたら、何をしたいと思いますか?」


直人は少し驚いた表情を見せた後、苦笑した。


「……正直、思いつきません。仕事以外のことを考える時間を持ってこなかったので。」


「なるほど。では、今までの人生で、一番充実していたと感じる時間はいつですか?」


「……うーん、大学時代でしょうか。サークル活動で海外に行ったり、友人と語り合ったり、何もかもが新鮮で楽しかった。でも、社会人になってからは、時間が経つのがあっという間で……。」


美月はノートに「過去の充実」と書きながら続けた。


「その頃と今の違いは何でしょう?」


直人は考え込んだ後、ポツリと言った。


「時間の使い方、ですかね。大学時代は自分のために時間を使っていました。でも、今はすべて仕事に吸い取られている。」


「つまり、直人さんにとっての課題は、仕事以外の時間の使い方を見つけることですね。」


「……そうかもしれません。」


美月は静かに頷きながら、ノートを閉じた。


「では、次回のセッションまでに、『仕事以外でやりたいこと』をリストアップしてみましょう。過去に楽しんでいたことでもいいですし、新しいことでも構いません。」


「仕事以外で……。」


「はい。すぐに見つからなくても大丈夫です。まずは、自分の時間をどう使いたいのかを考えてみるだけでも、意識が変わります。」


直人は少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「分かりました。やってみます。」


美月は微笑みながら、カップを置いた。


「橘さんの人生は、仕事だけで決まるわけではありません。仕事が充実していることは素晴らしいことですが、それと同じくらい、自分の時間を楽しむことも大切です。」


直人は、少しだけ表情を緩めながら頷いた。


「ありがとうございます。少し、視野が広がった気がします。」


こうして、直人は「仕事一辺倒の人生から、自分の時間を見つける」ための第一歩を踏み出すことになった。

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