第5話「未来への選択」
都心のホテルラウンジ。シャンデリアの穏やかな光がテーブルに落ち、夜景が広がる窓の外には、都会の輝きが映し出されている。
香坂美月は、向かいに座る天野紗希の表情を見つめながら、カウンセリングの最後の時間が来たことを感じていた。
「紗希さん、今日でこのカウンセリングも一区切りですね。」
美月が静かに言うと、紗希は少し感慨深げに頷いた。
「はい。本当に、いろいろな気づきを得ることができました。」
紗希の表情には、初回のカウンセリングのときとは違う、どこか落ち着いた自信のようなものが漂っていた。
「この数回で、どんな変化を感じられましたか?」
美月の問いかけに、紗希はゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「そうですね……。一番大きいのは、自分のために時間を使うことへの罪悪感がなくなった ことだと思います。」
「それは素晴らしいですね。」
「今までは、仕事を最優先にすることが当たり前でした。でも、ピアノを始めたり、新しい人と関わったりすることで、『自分のための時間を作ることが、仕事の質にも良い影響を与える』ということを実感しました。」
「実際に、どんな変化がありましたか?」
「仕事中も、気持ちに余裕ができたような気がします。以前は、お客様の要望をすべて完璧にこなさなければならないというプレッシャーを感じていました。でも、今は『最善を尽くしながらも、自分のペースを大切にする』という考え方ができるようになったんです。」
「それは、とても大きな変化ですね。」
紗希は少し笑いながら、カップを置いた。
「美月さんのカウンセリングを受けなかったら、私は今もずっと『仕事一筋でなければならない』と思い込んでいたかもしれません。」
「そう言っていただけると嬉しいです。でも、変わるきっかけを作ったのは紗希さんご自身ですよ。」
紗希は少し照れくさそうに笑った。
「そうかもしれませんね。でも、美月さんが背中を押してくれたおかげで、自分の人生に少しずつ向き合えるようになったんだと思います。」
美月は微笑みながら、封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。
「では、最後にカウンセリングの領収書です。今回のセッションの総額をご確認ください。」
紗希は封筒を開き、中の明細を確認した。
カウンセリング料金明細
・第1回(90分):15,000円
・第2回(90分):15,000円
・第3回(90分):15,000円
・第4回(90分):15,000円
・第5回(90分):15,000円
合計:75,000円
しかし、明細の最後に、小さく赤字で書かれた文字が目に入った。
「特別今回だけ半額キャンペーン適用」
「顔見知りサービス適用済み」
紗希は驚いたように顔を上げた。
「え……? 半額になってるんですけど?」
美月は、さも当然のように微笑んだ。
「ええ。いつもお世話になっている紗希さんへの、私からのささやかな感謝の気持ちです。」
「えっ、でも……!?」
「紗希さんには、いつもホテルで最高のサービスを提供していただいていますよね。私は、その恩返しをしたかっただけです。」
「でも、こんな特別待遇……。」
「たまには、お客様ではなく、一人の人間としてサービスを受け取る側になってもいいんじゃないですか?」
紗希は、少し戸惑ったような表情を浮かべたが、やがて静かに微笑んだ。
「……ありがとうございます。なんだか、そう言われると、素直に受け取るべきなのかなって思えてきました。」
「そうですよ。その代わり、またホテルで最高のおもてなしを期待していますからね。」
紗希は、少し冗談めかして肩をすくめた。
「ええ、もちろんです。エグゼクティブフロアのサービス、存分に体験していただきます。」
美月は満足そうに頷いた。
「それでは、またホテルでお世話になりますね。」
「はい。次は、私が美月さんにおもてなしをする番ですから。」
こうして、紗希のカウンセリングは一区切りを迎えた。
彼女は「お客様第一」の生活から、「自分の人生を大切にする」ことへと意識を変え、新たな一歩を踏み出した。
そして、美月との関係もまた、クライアントとカウンセラーという枠を超えて、新しい絆へと繋がっていくのだった。




