第3話「迷走する立て直し」
都心のホテルラウンジ。夜景が窓越しに広がるなか、香坂美月は目の前の片瀬翔子の様子をじっと観察していた。前回とは違い、彼女の表情はどこか険しく、焦燥感が漂っていた。
「こんにちは、翔子さん。先週、CEOとの関係修復とCFOとしての役割の再定義を試みると言っていましたが、その後、どうなりましたか?」
美月の問いかけに、翔子はわずかに苦笑しながら、コーヒーカップに手を伸ばした。
「……正直、うまくいっていません。」
「詳しく聞かせてもらえますか?」
翔子はカップを置き、ゆっくりと話し始めた。
「前回のカウンセリングの後、私はCEOともう一度話し合う前に、財務チームや主要幹部と個別にコミュニケーションを取ることにしました。『リスクを取らないのではなく、より持続可能な成長戦略を一緒に考えたい』という意図を伝えようとしたんです。」
「なるほど。それで、チームの反応は?」
翔子は苦い表情を浮かべた。
「最初は、財務チームのメンバーも私の話を聞いてくれました。でも、いざ実際にCEOと再交渉しようとしたとき、彼らの態度が変わってしまったんです。」
「どういうことですか?」
「CEOが、私の動きを察知していたんです。そして、私が財務チームや他の幹部を『自分の意見に引き込もうとしている』と捉えたようで……。結果的に、財務チームのメンバーも巻き込まれることを恐れて、一歩引いてしまいました。」
美月は眉をひそめた。
「それは……CEOが先手を打ってきた、ということですね。」
「ええ。しかも、CEOが社内のキーパーソンと個別に話をして、『今は大胆な成長戦略を取るべき時期であり、リスクを恐れて動かないのは企業にとってマイナスだ』と説得していたみたいなんです。結果的に、私が慎重な財務戦略を主張すればするほど、周囲から『経営の流れに逆らう存在』に見られてしまいました。」
翔子は深いため息をついた。
「結局、再交渉の場を設けても、CEOは『すでに他の幹部とも合意している。翔子は会社の方針を理解していない』と言い切りました。」
「……強硬な態度ですね。」
「ええ。私は、財務の観点からリスクを管理しようとしていたのに、それがまるで『会社の成長を妨げるもの』として扱われてしまいました。おまけに、最近は財務チーム内でも私に距離を取るような空気が出てきています。」
美月はしばらく沈黙し、ゆっくりと口を開いた。
「……翔子さん、今の状況を一言で表すなら、どう感じていますか?」
翔子は目を閉じ、考え込んだ。そして、静かに答えた。
「……私は、会社にとって不要な存在になりつつあるのかもしれません。」
その言葉を聞き、美月の心に警鐘が鳴った。
「そんなことはありません。ですが、現在の状況では、翔子さんの役割が正しく評価されていないのは事実ですね。」
「そうなんです。私はCFOとして、企業の健全な成長を支える役割を担っているはず。でも、今の会社では、その役割が理解されていない。いや、理解されているけれど、意図的に無視されているのかもしれません。」
翔子は、カップを握りしめながら続けた。
「私は、どうすればよかったんでしょうか? そもそも、CEOの経営方針に異を唱えること自体が間違いだったんでしょうか?」
美月は、静かに首を横に振った。
「いいえ、翔子さんの判断は間違っていません。むしろ、正しい財務戦略を示そうとしたのは、CFOとしての責務です。ただし、CEOがすでに社内のキーパーソンを固めていた時点で、アプローチを変える必要があったかもしれません。」
翔子は考え込んだ。
「アプローチを変える……?」
「CEOに真正面から意見をぶつけるのではなく、彼の視点に立って、より納得できる形で財務戦略を提案する方法があったかもしれません。」
「……でも、それができていたら、私は今こんな状況にはなっていません。」
美月は静かに頷いた。
「確かに、今の状況ではすぐに解決策が見つかるわけではありません。でも、ここで投げ出すわけにはいきませんよね?」
「……ええ。」
「では、もう一度仕切り直しましょう。CEOが短期的な成長にこだわる理由を改めて分析し、それをどうすれば持続可能な成長に転換できるのか、その道筋を考えましょう。」
翔子は、しばらくの沈黙の後、小さく頷いた。
「分かりました。でも、正直なところ、私一人ではこれ以上、どうすればいいのか分からないんです。」
美月は微笑みながら、カップを置いた。
「ええ。そのために、次回のセッションでは、私の知人であり、ライジング・ストラテジー・パートナーズのパートナーである 鳳修士郎 さんを紹介します。」
「……鳳修士郎?」
「はい。彼はファイナンスの視点から経営戦略を再構築するプロフェッショナルです。翔子さんがCFOとしての役割を再定義し、CEOとの交渉を成功させるための具体的なアプローチを考えてくれるはずです。」
翔子は驚いた表情を浮かべた後、ゆっくりと深呼吸した。
「……分かりました。もう後がないです。修士郎さんとお会いして、もう一度考え直してみます。」
美月は微笑みながら頷いた。
「では、次回は新しい視点を取り入れる機会にしましょう。」
翔子の目には、まだ迷いがあったが、その奥には再起をかける覚悟の光が宿っていた。




