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吉野にて(3)

邸の外で足音がする。それも大人数だ。重い足音だ。鎧の音だ。日雄離宮は囲まれた。

扉が開いた。中に入って来た武者が叫んだ。

「大海人の皇子、謀反の訴えにより同道いただきます。」

大海人は、高市、草壁、と呼ぼうとしたが、声がでない。

「うっ、うっ。」と呻いたところで、目が覚めた。

夢か。俺も古人の大兄の皇子のように殺されるのか。不安な気持ちが胸を塞いだ。吉野太子とも呼ばれた古人の大兄の皇子は、出家した後に謀反の嫌疑をかけられて殺されている。


とその時、外で人の気配がした。

「誰だ。」と呼びながら、大海人は身構えた。

「お目覚めでしたか、多胡弥(たこや)が参っております。」舎人の男依(おより)の声が応えた。村国連男依は大海人が最も信頼している舎人である。

「おぉ。」と応えると大海人は外に出た。

扉の外には、男依の脇に一人の男が控えていた。年の頃は三十にひとつふたつ足りないところか、鋭い目つきに尖った鼻が印象的だ。

「何時、着いた。」と大海人は聞くと、控えている男の前に片膝をついた。

「昨夜遅く。」と言いながら、多胡弥と呼ばれた男は大海人を見た。大海人が肯くと多胡弥は続けた。

「山部の(おほきみ)様より伝言でございます。」

「山部王とな。」大海人が呟くと、多胡弥は続けた。

「新羅出兵が、九分通り決まったと皇子に伝えよと。」


高句麗が唐・新羅に挟撃されて滅ぶと高句麗遺民達は、高句麗各地で反乱を起こした。当初反乱軍を鎮圧していた新羅は、百済の地に熊津都護府、新羅に鶏林都護府、そして高句麗の平壌の地に安東都護府を置き、直接支配の姿勢を見せる唐の態度に反発した。また新羅を唐の属領としか見ない唐に対し国家存亡の疑いを持った新羅は、反乱軍に兵を送り唐と敵対関係に入った。


唐は西の吐蕃とも交戦状態にあり、東の高句麗のみに力を割ける状態では無かった。舵取りを誤れば隋の煬帝の例もあり、高句麗遺民と新羅の動きに手を焼いた唐の高宗は、倭国に出兵を要請してきた。

これに対し天智の帝は、先の百済の戦いの際に捕虜となったり半島に取り残されていた倭国の兵の帰還を要求したのである。先ずは最終的な戦後処理を優先させたのである。


「去る十二月に筑紫の那の津へ唐使|郭務悰《かくむそう》が先の百済の戦の際の捕虜千四百名を引き連れて参った由、年明けに筑紫の大宰(おおみこともち)栗隈王様より使いがありましたが、その際もたらされた高宗の親書の結論が出されたという訳ですか。」男依が確認するように多胡弥に話しかけた。

「それでその時期は」大海人が尋ねた。

「おそらく八月になるだろうと」多胡弥が応えた。

「ばかげたことを」大海人は呟いた。


「それから」と言って多胡弥はひと息おいた。

「御身辺の警護を厳重にするようにとの事でございます。」

「何ゆえじゃ」大海人の最も聞きたかったことだった。

「右大臣の中臣の金殿が頻りに皇子様を亡き者にしようと他の重臣の皆様に働きかけているとのことでございます。ただ今のところ大友の皇子様が首を縦にはお振りに成らないとのことですが、ご用心が肝要とのことにございます。」

「金めぇ」腹の底から絞り出すように大海人は呟いた。事態は大海人の最も懼れている方向に展開していくのか、怒りとも恐怖とも言える感情が湧いてきた。



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