剣を売ってガチャるな!
「ちょちょちょっと、ともちん先輩、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。ごうちんが吸い込んでいるからね」
「全然理由になっていないですよ」
腰を引かせている男子生徒。
それを無理矢理引っ張ってくるのは友塚だった。
「ごめん、ごうちん。合唱部の後輩なんだけど」
「うん、良いんだけど」
「これが悪夢なら自力で覚めます。だから僕のことは放っておいて下さい!」
地面に足を引きずって抵抗している。
しかし友塚は気にせず、ずいずい手を引っ張ってやってきた。
「往生際が悪いわね。とっとと、夢から覚めなさい!」
「うわあっ」
ぐいっと身体に勢いをつけて男子生徒をホースの中に突っ込ませた。
頭からホースの中に入り込んで、入りきっていない足だけバタバタさせている。
「それじゃあね、ごうちん。好きだったよ」
にこっと微笑んで、友塚もホースの中に吸い込まれた。
豪健が口を挟む時間もなく。
「相変わらずモテモテだな。我が息子ながら妬ましいぜ」
「勇者……」
勇者は宮下と腕を組み、足並みを揃えてやってきた。
「まっ、俺も人のことは言えんけどな」
「豪健君。一時の夢でも幸せにしてくれて、ありがとう」
宮下が照れて頬を染めながらも、真っ直ぐ前を見てお礼を言ってくれる。
「う、うん。僕は何もしていないよ。宮下が自分で幸せな夢を見たんだ」
「それでも、ありがとう」
そう言って宮下と勇者が手を繋いだまま、ホースに吸い込まれていく。
「あっ、母さんにはくれぐれも内緒にな」
最後にそんな言葉を勇者は残す。
まったく、最後まで自分勝手なヤツだ。勇者も親父も。
もう他に残っている生徒はいないかと辺りを見回す。
「一件落着、と思っていそうな顔だな」
水無月が藍色のローブをはためかせてやってきた。
その手には有泉の手が添えられている。
「甘いわね。あなた達は青い鳥の天敵。そう簡単にこの世界から帰れるとは」
有泉が流暢に話している最中、水無月がその手を引いて顔を近づけさせた。
腰を支え、抱き寄せているように見える。
「多くを語る必要はない。俺たちもとっとと帰るぞ」
「ちょ、ちょっと。近いわよ」
顔を真っ赤にさせてそっぽを向く有泉。
「簡単に帰れないってことは」
「あい、せーら!」
豪健が口を挟もうとした時、白衣を着た少女がてとてと駆けて来た。
二人は身体をかがませて受け入れる。
「私を置いていくなんて、酷いのです!」
「ごめんね博士。そんなつもりじゃなかったのよ」
「俺達がちょっと早く来てしまっただけだ。師匠は時間通りだよ」
「むう。本当なのですか?」
博士が頬っぺたを膨らませて、疑り深そうな眼差しを送る。
「嘘じゃない。帰ろう、前の世界に」
「そうね。長居は無用かしら」
「分かったのです」
博士は二人の間に挟まれて、両方の手を握った。
それは仲睦まじい親子のようにも見える。
「また会えたら会おう」
ホースに吸い込まれる際に、水無月がそんなこと言い残した。
どうせ元の世界に戻ったら会えるのに。
「おーい、こっちは全員吸い込んだぞ!」
豪健は手を振りながら、ガチャガチャを回している望月の方へ歩む。
「分かりました。空もほとんど真っ白になっちゃったっしょ」
望月が空を見上げた。
豪健もつられて見ると、確かに夜空は白い霧ばかりになっていた。
曇りの日の空に近いような気がする。白い霧にムラはないが。
そして、空ばかりでなく学園の敷地外の方でも
みしみし、パリンとガラスの割れる音がする。
風景が剥げて、白い霧になっているところも。
「まずいな。僕達も急いで戻ろう」
豪健はシルバーサーバからホースを取り外す。
しゅるる、と空気を吸い込む音。
「そうっしょね」
望月が少しだけ寂しそうな顔をしながらも、豪健の手を握った。
「一緒に戻るっしょよ」
「おう」
改めて校庭を見回す。
あれだけ騒がしかった校庭が、今ではダンス音楽が流れるだけ。
キャンプファイヤーの炎も、焚き火サイズに小さくなっている、
パチパチとたまに火花を飛ばす程度。
踊る人もおらず、寂しい光景が広がっていた。
「あ、あれ」
望月の慌てた声。
見ると、シルバーサーバのノズルに手を突っ込んでいるのに、
吸い込んでくれない。薄く空気を吸うばかり。
「吸引力がほとんど無いっしょ」
「なんだと」
豪健も手をかざしてみるが、回りの空気だけ吸うばかり。
いつもみたいに自分の身体を現実世界に運んでくれない。
「まさか、魔力がもう無くなってしまったのか」
「そうとしか考えられないっしょね」
豪健は深刻な顔つきなのに、望月は諦めたように優しく微笑んだ。
夜空に月はもう見えなかった。
世界は白い霧に包まれようとしていた。
消滅を予感させる白い霧に。
「水無月が言っていたのは、こういうことだったのか」
豪健は苦虫を噛み潰したような顔をする。
しかし、悪態をついたところでどうにかする手立てはない。
「二人きりになっちゃったっしょね」
望月の言葉の意味はあまりにも重かった。
二人きりになることは、心の底から望んでいたはずなのに。
「もうこうなったら、あれをするしかないな」
豪健もお手上げ状態で、望月に笑いかける。
「そうっしょね。待ち焦がれていたあれをやります!」
望月は身体を弾ませ、豪健に近寄った。
飛びかかる勢いだったので、豪健は望月を抱き留めてくるりと回る。
「モッチーナはちゃんと踊れるのか?」
「余裕っしょよ」
呑気にゆったり流れるオクラホマミキサーの曲調に合わせて、
手を引いて、足を出し、時々望月がふざけて回って、
豪健が包み込むように受け止める。
外側では次々と風景が欠けて白い霧が露出していく。
ガラスの割れる音も増えていっているのに、
二人の空間にはお互いの姿と、お互いの言葉しか存在しなかった。
「モッチーナ。楽しそうだな」
無邪気にはしゃぐ望月に豪健は言った。
「そういうけんちゃんもっしょ」
望月は久しぶりに豪健の自然な笑顔を見ていた。
平和のため勇者に剣を売らせない努力、
しがらみから解放された豪健。
そして風を撫でるように、望月の髪の毛に触れた。
「好きだ」
たった一言。
常に二人の間に存在しながら姿を見せなかった一言。
「あたいもっしょよ」
望月は豪健の首に手を回す。
二人を邪魔する壁はない。
焚き火がパチっとなる。
熱くて湿っぽい時間が流れる。
その中で、生命を感じた。
人の営みを感じた。
愛する目の前の人で埋め尽くされた。
一瞬だったような、永遠だったような、
気がつくと二人は顔を離していた。
ブオオオオン、と音がした。
ガチャガチャの頭に取り付けたシルバーサーバが風を吸い込んでいた。
先ほどよりも強い力で。
真っ白に変わっていく視界。
「大好きっしょ」
最後にそんな言葉が聞こえた。
そうして、意識はふわりと浮く。
前にも感じたことがあるような居心地の悪い浮遊感。
浮いていたところから、突然地面に叩きつけられた。
「いてて」
僕は頭をさする。
「今の一太刀をかわせないとは、鍛錬をサボっていた証だ!」
ビシッと目の前に竹刀を突きつけるのは、親父。
元気そうだし、しかも竹刀まで持っちゃって。
「あれ、ここはどこ?」
辺りを見回す。
そこは潰れたハズの道場だった。
手に触れる床は、踏み慣れた年季のある木の床。
「はっはっは。今のは気持ちよく入っちゃったからな。
久々の道場の再開に、少し飛ばし過ぎたかもしれん」
親父が高笑いして竹刀を下げた。
「甘いですよ師匠。これぐらいでへばる根性なしを気にする必要はないです」
「余所見をする暇はないっしょよ!」
隣では、モッチーナと水無月が竹刀を交えて稽古をしていた。
親父が携帯ゲームRHLに嵌る前には、よく見た日常風景。
そのまま視線を周りに向けると、掛け軸の前に伝説の剣が飾ってあった。
ヒビ割れていない、ギラリと光るディメンジョンソード。
「お、親父。剣が、伝説の剣が」
幽霊でも見るかのように僕は手を震わせて指差した。
目の前の親父も幽霊みたいなものだけど。
「ああ。ディメンジョンソードがどうかしたか?」
親父は何とも思ってなさそうに聞く。
「売るって言ってなかった? RHLの文化祭イベントで」
僕がそう指摘すると、親父はどかっと目の前であぐらをかいた。
バツが悪そうに頭をかく。
「おう。売っちゃおうかなとも思ったんだけどよ。愛しの女の子達のために」
両手を天に掲げて抱きしめる素振りをする。
全く懲りてなさそうだけど。
「じゃあどうして売らなかったのさ」
僕がため息混じりに尋ねると、親父は抱きしめていた両手を膝の上に置いた。
「売ろうかな、と思う度にお前の声が聞こえた気がしたんだ。
剣を売ってガチャるな! ってな」
子どもみたいに笑いながら、親父は竹刀を握り締めた。
第七章 最終決戦キャンプファイヤー編 終わり
「剣を売ってガチャるな!」はこれにて完結です。
未熟な部分も目立つ中で
約五ヶ月、今日の完結まで来られたのも、
ここまで読んで下さった方々のおかげです。
本当にありがとうございました!




