あなた達は今、悪夢を見ているのです
豪健達は校庭に戻って来た。
最高潮だったキャンプファイヤーも望月の放送で一旦は落ち着きを取り戻し、
緩やかな時間が流れ始めた。その矢先、夜空の異常。人外な呻き声。
たんぽぽの歌声も乱れていた。
ねえ、何かおかしくない? 変な声が聞こえたような。
あっ空に糸が張られているよ? 馬鹿、ひび割れているんだ!
校庭のあちこちから、どよめく声が聞こえてくる。
わっせ、わっせ、と有泉と水無月がお立ち台を運んできた。
その上に博士が立って、マイクを握り締めた。
「学園生徒の皆さん、どうか落ち着いて聞いて欲しいのです」
博士が校庭に向かって一声。
見て、校長先生だわ! 静かに説明を聞きましょう。
戸惑いざわめき始めた生徒達も、あっという間に大人しくなる。
それを確認して、博士は口を開いた。
「あなた達は今、悪夢を見ているのです。ここは夢の中。
空を見て下さい。夜空がかけて、真っ白い夢の外側が見え始めています」
生徒達は一斉に見上げた。
悲鳴を上げたり、感心してため息を漏らしたり、非現実的過ぎてぼけっとしたり、
反応は様々だ。
「このまま何もせずに居れば、やがて白い靄に飲み込まれてしまうでしょう。
そうなる前に、早く夢から覚める方法を、せーらが説明するのです」
博士から呼ばれた有泉は、ガチャガチャを持ってお立ち台に上がった。。
「校長先生からご指名を受けました、有泉です。
ここに居る全員が必ず悪夢から覚めるために、
順番にこのガチャガチャに吸い込まれて貰います
出力最大にして全員一気に吸い込みますと、はみ出る人がいるかもしれないので」
相変わらず流暢で透き通る声だ。
えー、本当に大丈夫? ガチャガチャ様に吸い込まれるのかよ。
そっちが危険なんじゃない? 俺たちを騙そうとしていないか?
校庭中から不安に思う生徒の声が聞こえてきた。
有泉は目を瞑って、黙ってそれを聞く。
二度頷いて、目を開いた。
「嫌だという方はどうぞ、校門から出て行って下さい。
その場合は、永遠に夢から覚めないということを、
校長先生に代わって保証致します」
ぴしゃり、と有泉は透明な声を研ぎ澄ませ、生徒達の喉下に突きつけた。
戸惑いながらも、強い声は聞こえなくなる。
その間に、望月は平然と立っている水無月に聞いた。
「どうして無傷っしょか?」
「……通りすがりの僧侶に治して貰った」
そう言って、宮下の方を顎でしゃくって見せる。
望月もそちらを見ると、宮下が視線に気づいてピースしてきた。
傍らには勇者が難しい顔をして空を見上げている。
「宮下ちゃん、あんなキャラだったっしょか?」
「彼女なりの気遣いだろう。本当に、強いお方だ」
水無月は尊敬の眼差しを向けていた。
「時間もないので具体的に説明します。
まず、皆さんには最後に一曲、ファイヤーを中心に輪になって踊って貰います。
時計回りに動いて、ガチャガチャに取り付けたホースに
順番に吸い込まれて貰います」
有泉がガチャガチャに吸わせて現実世界に戻る手順の説明を始めた
「このホースを持って貰うのは、この世で一番罪深き二人。
音楽は緑髪の子がラジカセを隠し持っているから、
それと黄色髪の持っているマイクを通して流して貰います。
説明は以上。準備ができ次第、音楽を流しますので迅速に輪になって下さい」
最後のそう告げてから、有泉はお立ち台から降りた。
そして、豪健と望月の場所に向かう。
「そういうわけだから、あたた達がホースを持って、しんがりを務めて頂戴」
「それはどういう」
「文句は言わせないわよ。事情はどうあれ、あなた達の矛盾した存在のせいで
この世界は崩壊する。ここに居る、罪も無い生徒達はあがくこともできずに
自分の世界を失うんだから」
吐き捨てるように言って、有泉は去って行った。
「卑怯っしょよ。あんな風に言うなんて。
あたい達だって、現実世界を魔王に支配されなければ、
こんなことはしていないっしょ」
「まあ、そうなんだけどさ。僕は正直、これで良かったと思っている」
豪健は遠い目を、ひび割れた夜空に向けた。
「けんちゃん、マジで言ってるっしょか?」
「どう取り繕ったって、RHL世界は僕達の住んでいる世界にとって害でしかない。
でも、僕達はこのRHL世界で生活するうちに、ここの住人に情が湧いてしまった。
その住人だけを現実世界に避難させて、RHL世界は崩壊する。
魔王の復活も阻止できたし、
僕達がしんがりになることぐらい悪くないだろうさ」
校庭の生徒達が輪になっていくのを眺めながら、豪健は最もらしく言う。
「仕方ないっしょねー。あたい達が、このRHL世界の崩壊を見届けてやるっしょ」
「その意気その意気」
一抹の不安はあったものの、やる気を出す望月に豪健も前向きに考えた。
夜空の半分以上は真っ白に欠けてしまった。
この白は光を放っているわけではなく、霧のようにただそこにあった。
ただし、得体のしれない恐怖があった。
ここに手を突っ込んだらどうなるのか、考えただけで身震いする。
割れた夜空の破片も、地面には落ちて来ず白い霧に飲み込まれているようだった。
外側からこの世界を圧迫しているようで、握り潰そうとしているようで、
そんな空を見上げているだけで息苦しくなった。
だから生徒達は空から目を背ける。唸り声にも耳を塞ぐ。
今は目の前の人と楽しく、耳は愉快な音楽に集中して、本能の赴くままに踊る。
「この曲は何て言うの?」
たんぽぽはラジカセの準備を終えて、音楽を流し始めた夏目に尋ねた。
「オクラホマミキサーと言う曲ですな。
メジャーなダンスミュージックの一つですぞ」
「テンポはのほほんゆったりしているけど、良い曲」
「こんな気分を悪くした空の下では、ぴったりな曲だと我輩も思いますぞ」
「お前達、ご苦労なのです」
夏目とたんぽぽが談笑していると、博士がとことことやって来た。
「何のこれぐらい。我輩達も、生きて帰りたいだけですぞ
「この世界でもう歌えないのは残念」
「歌っていたら、最後に取り込まれてしまうのです。
お前達もさっさと踊る相手を見つけて、踊りながら現実世界に帰るのですよ」
「そういえば、どうして踊るのですかな?」
夏目は博士に尋ねた。
踵を返して去ろうとしていた博士は、その足を止めてこほんと咳払いをする。
「せーらも言ってましたが、ガチャガチャの出力を最大にして
全員一気に吸い込みむと、学園生徒を残してしまう危険があるのです」
「私達がいつも吸い込まれていたのは、出力最大?」
「そういうことなのです。低出力を維持するために、みんなで踊って
活気を魔力として発露させながら、順番にガチャに吸い込んで貰うのです。
これで確実に学園生徒全員を避難させることができるのですよ」
「でも、今度は現実世界は大丈夫なのですかな。
異世界人を受け入れるだなんて、不安ですぞ」
博士の説明に、夏目は小首を傾げた。
「私の作ったこんなヤワな世界よりも、現実世界はずっと頑丈なのですよ」
博士は寂しそうな眼差しで答えてから、今度こそ去った。
夏目とたんぽぽは顔を見合わせて、どちらともなくその場を後にする。
豪健はガチャガチャの頭に取り付けたシルバーサーバと繋がるホースを抱えて、
踊りながらやって来る生徒を次々と吸い込んでいった。
望月は、博士に言われたとおり二十人吸い込むごとに一回ガチャを回す。
たまにウサギが飛び込んで来るがこれもカウントをすれば良いのかちょっと迷う。
最初は上手くいくか不安だったものの、
思いのほか生徒達はテンポ良くホースの中に吸い込まれる。
これも踊り効果なのか。余計なことを考えずに済むようだ。
あらかた生徒を吸い込んだと思っていたら、見覚えのある顔がやってきた。
「ここが吸い込み口だべか?」
つばきとたんぽぽが手を繋いで踊りながらやって来た。
「そうだよ」
「ほうか。豪健にはお世話になったべ。
これからもうちのたんぽぽをよろしゅう」
「はい、こちらこそ。って、たんぽぽのこと娘さんだって知っていたんですか?」
豪健が驚いて聞き返す。
つばきは照れくさそうに頭をかいた。
「あったり前だべ。自分の娘の顔、忘れる親があるかて」
「豪健。お礼を言わせて」
たんぽぽが珍しく眠そうだった目をちゃんと開いて、
真っ直ぐ豪健を見てお礼を言った。
「ど、どうしたんだよ改まって」
「事情はどうあれ、このRHL世界は崩壊する。
後片付け期間は来ない。お父さんはガチャガチャを回さずに済む」
「あっ」
そういうことか。
たんぽぽのお父さんは後片付け期間に、
増えすぎたウサギをどうにかするためにガチャを回す。
しかし、RHL世界はたった今、崩壊しようとしている。
もう後片付け期間は来ないから、ガチャを回す必要もなくなり
ダンジョンに入ってモンスターに殺されることもない。
「お父さんを助けてくれて、ありがとう」
たんぽぽがはにかんだ笑みが眩しかった。
二人はそうしてガチャガチャに吸い込まれる。
「いやはや、たんぽぽ氏のお父さんが無事で何よりですなあ」
「夏目、に美雪?」
夏目と美雪が手を取り合って踊っている。
なんとも不思議な組み合わせだ。
「美雪はその辺りの事情は良く分からないけど、美雪もお礼を言うね?
豪君、美雪とたくさんデートしてくれてありがとう」
眩しい笑顔で美雪がお礼を言ってくる。
「うん。こちらこそ、美雪と一緒に居られて楽しかったよ」
「キャンプファイヤーも一緒に踊れたし。
最後の最後は、おモチちゃんに譲るけどね」
美雪がウインクをする。
そうか、僕が踊りの誘いを断って寂しい思いをしていた美雪を、
夏目が見つけたんだ。
「夏目も、最後の最後まで回りを良く見ているんだな。
いろいろと助けてくれてありがとう」
「何の何の。我輩は我輩の信念に従って動いたまでですぞ。
後ろもつかえておりますので、また後ほど」
そう言って夏目と美雪はガチャガチャに吸い込まれた。




