一年目八月 ふたりの夏
あまあまいちゃらぶ回にしたかったのにどうしてこうなった。いいけど。
先月に約束した通り、私たちは海に来ていた。
思ったより準備に手間かかっちゃったから、八月になっちゃったけど。
二人とも水着も持ってなかったし、必要そうなものとかも全然なかった。どこに行くかも決めてなかったから二人でたくさん話した。
水着も二人で買いに行った。二人ともあんまり露出の多いのはNGだから、ちょうど良さそうなのを探すのが苦労した。結構凄いのとか派手なのも多いし。
けど、試着の時に折角だからって凄いの着せようとしてくるのはどうなのかな。見たいんなら全然、まあ着るのはいいんだけど。ただできれば、そういうのは二人っきりの時がいいなあ。
それでも最終的には真面目に選んでくれて、時間はちょっとかかったけど二人とも納得の行く買い物ができたんじゃないかな。
ちなみに私はワンピースにパレオのついてるやつを買ったけど、なぜか彼女はガッツリとビキニを選んだ。日焼けすると凄い痛がるのにそれ? と聞くと、男物の短パンみたいな水着も買ってそれも履いて、あとパーカーも着るって言ってた。
あとは電車移動だから大物は避けて、小物をちょこちょこと。ビーチサンダルとかタオルとか日焼け止めに帽子、と色々買う物沢山。こんなに準備いるんだって思った。
それから行く場所も。私が少し遠くてもあんまり人いない方がいいって思ったから、ちょうど良さそうなところを選んでくれた。おかげでそこまで人も多くなくて有難い。混んでるところってどうしても苦手で。
ただ日帰りだとちょっと、という距離なので、今日はお泊まり。お互いの家以外って、なんだか凄く新鮮。ホテルを恭子が探して、予約もしてくれた。近くにあるお店とかもピックアップしてくれてて、この後お魚を食べに行く。普段食べてるのとどれぐらい違うんだろ。
それにしても恭子、今回は凄く動いてくれたなあ。調べてリストアップして、良さそうな所とかも全部ピックアップして、どこがいい? とか。あれは惚れる。とっくに惚れてるけど。
今日だって、電車の時間とかも全部調べてくれてて、ホテルにも早めにチェックインして水着に着替えてからその上に服を着て海に行けるように、とか色々考えててくれて。
おかげで最低限の荷物で遊びに来れてるのが凄く助かる。携帯電話とお財布も防水袋に入れて預かってくれてるし。ほんと助かる。有能すぎる。
今日は彼女は髪も後ろでお団子にしてて、眼鏡もかけてる。かわいい。私髪とか何にもできないから、長さがあると色々できるのは羨ましい。働いて多少お金が自由にできるようになって、ストパーとか縮毛矯正とかできるようになったら伸ばしてみよっかな。
二人とも泳げるけど、私の方はそこまで得意じゃないから浮き輪使いながら遊んでる。恭子はクロールがあんまりできないって言ってるけど、海でクロールってあんまりしないんじゃないかな。周りを見ても、クロールで本気で泳いでる人、見かけないし。
ちょっと泳いだり浮かんだりして、まったりと遊ぶ。あんまり激しいと、私がしんどくなっちゃうから。体力ないし。
けど、退屈だったりしないかな?
「もっと泳いだりしたかったら行ってきてもいいからね?」
「うーん、まあ体力は余っとるけどねえ、ほいじゃあ二人で来た意味のうなってしまうけえねえ。うちは小春と一緒におりたいんよ」
思いもよらぬ回答に、テンションが跳ね上がるが、顔に出ないように必死で抑え込む。好きぃー!
「そっかそっか。ありがとうね」
「どういたしまして。あ、下の方魚おる」
「ほんとだ。何だろ」
「キスとかでないかねえ。テンプラにしたらまあおいしいやつ」
「あー。あれおいしいよねえ」
「ねー」
キスのテンプラ食べたくなっちゃったや。私たち二人ともお魚は食べ物と認識するタイプ。恭子は広島のおばあちゃんのところに行くと釣りとかするらしいし、私も割とおっきめのお魚丸ごと買ってきて自分で捌くし。タイとかハマチとか。丸ごと買っても柵二つ買っても千円なら丸ごとがいいよねえ。
「お腹空いてこない?」
「ほうよね。泳ぎよるけえ余計お腹空くんかねえ?」
「かな? 確かに割と体力使ってる気はするけど。そもそも今何時?」
「えーっと、三時過ぎじゃね」
「あ、もうそんな時間なんだ」
思ったより時間経ってるや。結構いい時間になるまで、丁度いいところで泳いだり浮いたりしてたみたい。
「そろそろ一回帰らない? 夜ご飯の前にちょっとおやつとか食べてさ」
「ええね。ほいじゃあ一回ホテル戻ろっかあ」
「うん」
恭子に浮き輪を引っ張って貰って陸に上がる。タオルで拭いてハーフパンツとパーカーを身に付ける。めんどくさいあれこれが一瞬で終わるのほんと凄い。出先では出来る限り楽をしたいらしい。
ホテルに帰ってシャワーを浴びて、着替えて目当てにしていたお店に行く。
ちょっと食べて、恭子が耳打ちしてくる。
「見た目はええけど、味がイマイチなね」
「そう?」
「小春が作ったやつの方がおいしいんよ、ほら」
自分の分を一口取ってあーんってしてくる。
「そうかなあ?」
差し出されたそれを口にして、よく味を確かめてみる。私には十分おいしいように思えるけどなあ。まあでも嬉しいことだね。
「わからん? うーん、気にし過ぎなんかな?」
「まあそう言ってもらえるのは悪い気しないけどね」
「じゃあいっか」
お菓子作りって料理の中だとあんまり得意な方じゃないと思ってたけど、思ったより高く評価してもらえてたらしい。お店の人には悪いけど、ちょっと誇らしい。それとも、恭子限定なのかな?
お店を出てから一度ホテルに戻る。外はまだ明るくて、もうちょっと遊べばよかったかな、なんて思った。でも時計を見ると、遊ぶのはもういい時間。昼がとても長く感じる。
「ちょい遠回りして行く? 散歩でもしてから」
「そうだね」
もう一度海の方に出て、砂浜を歩く。遊泳禁止の場所で、こっちには今は誰もいない。波の音と砂の上を歩く音だけが響く。不思議な気分。世界に二人だけになったみたいな気分。立ち止まって遠くを見る。海ってこんなんだったっけ?
少しずつ、陽も傾いていく。ゆっくり歩いていて、なぜか急に寂しくなって後ろを振り返ってしまった。恭子、ちゃんといるよね。
そんな私の気持ちを見抜いたのか、それとも全く違う何かを思ったのか、彼女は私の手を優しく握った。それだけで不安なんて消えて、安心感で心が満たされていく。
そのまましばらく二人で手をつないで歩いていた。どんどん陽は傾いて、世界が赤く染まっていく。そう言えば昔、夕方って何だか凄く寂しいものだって思っていたことがある。ずっと忘れていたけど。今は夕方だけど、あなたが手を繋いでてくれるから寂しくないよ。
砂浜から階段を登って防波堤に上がる。
「こっちは整備されてるんだね」
「港とか釣り場とかあるらしいよ」
「それでなんだ」
「ほいで、そっちの方に夜ご飯食べるとこもあるんよ。もうちょいのんびり歩けばちょうどええ時間になる思うんよ」
「そっかそっか」
そんな会話をしながら、沖に向かって伸びる細い防波堤を進む。
「こういうところで釣りするの?」
「朝昼なら釣りよる人もおると思うよ。んー、サビキで釣れるんかな、ここ? 一番へりの方なら投げでもええんかな。消波ブロックのとこなら穴釣りもできると思うけど」
「そっか。釣れるんだ」
うん、ちょっと釣りのことはわかんないや。恭子が釣って私が料理するならいいけど。餌って多分虫とかミミズみたいなやつだよね。私そういうのだと絶対触れない。
「ん?」
私の手を離すと、恭子は消波ブロックの方に行った。でこぼこしてるのにひょいひょいと身軽に移動して、海から何かを拾い上げる。
「どうしたの?」
「こんなんあった」
「瓶?」
瓶を持って恭子が戻ってくる。瓶のことなんかより、あのブロックの上を渡るのは見ててちょっと怖かった。
「メッセージボトル?」
「ほうじゃねえ。なんか入っとるなーって思うて気になってねえ」
瓶をハンカチで拭いて、彼女はそれを鞄に放り込んだ。
「帰ったら見てみよっか」
「うん」
「そろそろご飯行く?」
「そうだね」
再び私の手を握って、ゆっくりと手を引いて歩いてくれる。優しい手。繋ぎ方を変えても、彼女は何も言わないでくれる。
思わず好きと言いたくなる気持ちを抑える。
「はあもうちょいで着くけえね」
「わかった」
本当にゆっくりと歩いてくれる。いつもの半分ぐらいの速さに感じる。ゆっくり歩いてるせいか、少し暗いって思うようになってきた。風が気持ちいい。
昔は、夜の道も怖かった。夕方も夜も、あなたが手を引いてくれるなら私は平気だよ。
食事を済ませてホテルに帰って、あの瓶を開けてみることにした。
「ほいじゃあ開けるよ」
「うん」
蓋が思ったより固くて、私が両手で瓶を持って、彼女が両手で力いっぱいに蓋をひねると、ようやく蓋が外れる。中には可愛らしい封筒と、押し花の栞、それに貝殻やシーグラスがいくつか入っていた。
封筒の中の便箋は、二人で読んだ。どこか遠くの島に住んでいる女の子が書いたものらしい。
「メールアドレスが書いてあるけど」
「ああ、ほんまじゃねえ。住所とか書かんのは偉いねえ」
「メールアドレスなら捨ててもいいの取れるもんね。メールとか送るの?」
「送らんよ」
「そうなんだ」
こういうの好きなのかと思っていたので、ちょっと意外と言えば意外。
「こういうんはね、ほんまに返信来たら困ってしまうもんなんよ。ほいじゃけえせんのんよ」
「そういうものなんだ」
「そうそう。そういう事をする、そういう事をした、っていうんが楽しいもんじゃけえね。サンタクロースに手紙送るとか、七夕さまでお願いごと書いた短冊ぶら下げるみたいなもんよねえ」
なるほど、わかるようなわからないような、不思議な感じ。
手紙を瓶に戻して、また蓋を閉めた。これは恭子が持って帰って部屋に飾っておくことになった。
ホテルには大浴場もあって、二人でそこでのんびりお風呂に入ってから、また部屋に戻ってきて。
「ねえ、これ見て」
スキンケアをしている私に、恭子は携帯電話の画面を見せてきた。海で二人で撮った写真だった。
「ええ写真撮れたよねえ」
「待ち受けにしたんだ」
「うん。水着とかレアでテンション上がる」
「セクハラー」
画面の中で、彼女に肩を組まれて、私は少し照れている。嫌じゃないけど、そういう言い方は少し困ってしまう。恥ずかし。
「かわいいよ」
「もう」
ほんと照れてしまう。クリームをぺたぺたと塗りながら、顔が熱くなっていくのを感じる。恭子が見るのはいいけど、その待ち受けを他の人に見られたら恥ずかしいなあ。
携帯電話を置いて、彼女はドライヤーをかけ始める。待ち受けを変えるより、先にドライヤー済ませればいいのに。
「明日でさ、夏も折り返しじゃねえ」
「そうだっけ?」
「そうそう。ほいでね、海は来れたけどあとは何しょうかねえ?」
「え? なんだろ、お祭り? 花火とか?」
「あー、ええねえ」
咄嗟に思い付くことが全然なくて当たり障りのないことしか言えなかったけど、彼女は笑ってそう言ってくれた。夏休みって何すればいいんだろ?
「うーん、バーベキューぐらいならすぐ出来るのかな?」
「七輪ならあるけど」
「それならお手軽でいいのかな?」
「バーベキュー場も近くにあるし、今度やろっかー」
「なら私ご飯炊いて持って行こっか」
「そりゃあ嬉しいねえ」
彼女からドライヤーを受け取り、自分も髪を乾かす。彼女はベッドにごろりと横になった。
「はあもうこれいつでも寝れるわ」
ふわりと大きなあくびをして、彼女は上体を起こした。
「明日は朝ご飯食べてお土産見てっから帰ろうか」
「そうだね。お土産買ってかないとね」
「干物とか売っとるって聞いたんよ。買うて帰るけえ帰ったら焼いて」
「いいよ。一緒に食べようね。あ、そうだ。今度ちょっと行ってみたいお店あってね、一緒に行かない?」
「ほいならうちもあるけえ行こうや」
色んなやりたいことが沢山浮かんでくる。楽しみだけど、他にももっと色んなことをしたい。まだまだ、ふたりの夏は終わらないから。
きっと来年とか再来年も、二人で色んなところに行って色んなことするんだろう。そうやって沢山思い出を作りたい。
けど、いつかは離れていってしまうんだろうか。卒業して、進学したり就職したりして。いつか。
恭子、あなたは私のこと、どう思ってるの? 私はあなたのこと、大好きだよ。ずっと一緒にいたいよ。本当に、本当に。死ぬまで、いや、死んでも永遠に。
聞きたい。怖い。知りたい。怖い。言いたい。怖い。
もう長い間、怖くて、ずっと動けないでいる。あなたが動いてくれる日を夢見て。そんな日が来ることなんか、絶対にないのに。ごめんね、恭子。私、変な子で。
駄目だ、今日はもう情緒がおかしい。気持ちが安定しない。あんなにも楽しくてあんなにも幸せだったはずなのに、どうして。
ドライヤーを止めて、私も彼女の隣に横になる。
「電気消すよ」
「うん、いいよ」
電気が消える。彼女はすぐに寝息を立て始めた。私もすぐに意識が混濁してくる。
朝目が覚めた時、私は恭子に抱きしめられていて、泣いていた。優しく髪を撫でてくれる。状況がちょっと飲み込めないでいる。何が起こってるんだろ。
「恭子?」
「あ、起きた? おはよ」
「おはよう。えっと、これは」
「あー、うーん、聞きたい?」
珍しく恭子が言い淀む。何か恥ずかしいことしちゃった感じなのだろうか。聞かなきゃダメなんだろうけど、正直ちょっと聞きたくないなあ。
「き、聞く……」
「ほうね。えっとね、小春ねえ、夜中に寝ながら何かねえ、恭子ー恭子ーって言いながらべそべそしよったんよ。ほいじゃけえ悪い夢でも見とるんかなーって思うてねえ、こうしよったんよ」
「そうなんだ。……ごめん」
「大丈夫なよ」
恭子が優しく撫でてくれる。昨日よくないことを考えてしまったのを、夢の中まで引き摺ってしまったんだろうか。正直睡眠の質も良かったとは言い難い。体の凝りのようなものと、少しだけ寝不足な感がある。
「ありがと。大丈夫、落ち着いてるからね」
「ほいならよかったよ。ちょい心配じゃったけえ」
さらに撫でてくれる。手つきが繊細で気持ちいい。ふと気付いたが、恭子の寝間着の胸とお腹の間ぐらいがびっちゃりと濡れてしまっている。
「うわ、これ」
「うん、涙とヨダレじゃねえ」
「ヨダレ垂らしてたの?」
「たぶん」
ああ、これはいつもの適当だね。そうだよね、見えないしわからないよね。全部涙、いや、ひょっとしたら全部ヨダレの可能性も? 全部涙だと信じよう。
でも何かお礼とお詫び考えとかないとだ。あ、いい干物買って七輪で炭火焼きしてあげよ。
何だか凄く落ち着いた。寝たおかげか、はたまた彼女のマイペースに巻き込まれたからだろうか。正直彼女のマイペースって巻き込まれてるととっても楽。
ホテルをチェックアウトしてから、お土産を売っている店に行った。
ちょっと奮発して結構大きくてお高いタイの干物を買った。
「さすがに高うない?」
「いいんだよ。今日夜焼くから、七輪持ってきてもらっていい?」
「うん、ええよ。わかった」
お詫びとお礼だっていうのは、食べる時にでも言おうかな。変に恐縮されたら悪いし。焼いてしまえば食べるしかないもんね。
そんなわけで、その日の夜に庭で七輪で炭火焼きにした。二人とも声が出せないくらい、びっくりするほどおいしかった。




