一年目七月 君とどこまでも
ちなみに恭子の広島弁設定は、どっちが喋ってるか見分けやすくするため。恭子が標準語だと二人とも口調はほぼ一緒だよ。
試験とか色々終わった後の、消化試合みたいな感覚の時期が過ぎて、あっという間に夏休み。正直、夏休みに入ってからが七月なんじゃないかなって感覚すらある。それでも暑さだけは真夏って感じ。梅雨が終わったと思ったらあっという間に暑くなって、もう日中は蝉の声すらしない。毎日が猛暑日。
窓の外を見ると、オーブンで焼いてるみたいに日光が照りつけている。さすがに度は越してるよね、この暑さは。暑いのは嫌いじゃないけど。というか私、暑いのも寒いのも割と平気って言えば平気なほうなんだよね。それでも外とかにいると汗掻いちゃうんだよなあ。
朝ご飯に使ったお皿を片付ける手を止めると、ふわりとひとつあくびをついてから、もう一度外を見る。綺麗に晴れていて、世界が眩しく見える。試しに窓を開けてみると、世界はとても綺麗で、地獄の様に暑かった。ちょっとぐらい暑いほうが調子いい私でもさすがにこれは、と思う。人が死ぬ温度だね、これ。
携帯電話の通知音が鳴る。窓を閉めてそっちを見る。あ、恭子から連絡きた。
『セミ捕りいこー』
『やだ』
ノータイムで返しといた。アホか。小学生か。小学生男子か。
『困る』
『何がよ』
『もうすぐ着く』
「嘘でしょ?」
声出たや。びっくりしすぎた。どういうことなの?
ドアベルが鳴った。ほんとに来たんだ。暑いのもやだけど、セミやだなあ。居留守しちゃおうか。あっ、連絡きた。
『あけてー』
どうしたものか。いやー、うーん。さすがにほんとにセミはないよね。意を決して開けた。
「おはよ。ほいこれ、おみやげ」
ロングスパッツに赤のハーフパンツ、白い薄手のパーカー、キャップにサングラスにリュック。どう見てもセミ捕りに行く格好じゃあなくて安心。差し出された紙袋を受け取る。
「どうしたの、これ?」
「ちょいチャリで東京まで行ってきてねえ、帰りしにえげな和菓子屋さんあったけえ買うてきたんよ」
「ええ?」
さらっとなかなか凄いことを言われた。
「東京、まで結構あるよね」
「往復と並ぶ時間もあわして四時間ぐらいかねえ?」
「ちょっと待ってて」
私は冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取ってきた。
「飲んで」
「ありがとー」
彼女はそれを一口で半分空けた。やっぱり喉乾くよね、この暑さで四時間だし。
「さすがに大汗かいたわ」
「大丈夫?危なくない?」
「大丈夫。水分は摂りょーったけえね」
「そっか、ならよかったかな」
本当に全身びちゃびちゃになってる。どれほどの水分を汗として排出したんだろ。四時間だもんなあ。今八時半だから、四時半とかには出発してたんだ。
「朝ねえ、なんか早うに起きてしもうてからねえ。運動でもしょうかあ思うて。お土産買うたんはたまたまなんじゃけどね」
「そっかそっか。お疲れ様だったねえ。あ、そうだ、朝ご飯食べたの?」
「まだじゃね。家帰ったらなんか適当に食べようかいねえ」
「じゃあちょっと待ってて」
台所に行って残ってたご飯でおむすびを作る。大きいのを二つ。ラップに包んだそれを、さらに手拭いで包む。
「おまたせ、はいこれ。持ってって」
隙間から中身を見て、彼女は笑みを浮かべた。
「ありがとー、助かる」
「どういたしまして。恭子いっぱい食べてくれるから私も作り甲斐あるし嬉しいしね」
私がそう言うと、彼女は少し照れ臭そうに笑った。
「あと、お昼はどうするの? 一緒に食べる?」
「や、適当に済ますよ。昼ぐらいにちいと寝ると思うし。いつ寝ていつ起きるかわからんけえね」
「そっか、わかった」
恭子が一緒じゃないんなら、私も適当に済ませちゃおうかな。今日は私一人だし。
「ほいじゃあ去ぬるね」
「うん、お疲れ様。ゆっくり休んでね」
「ありがとー」
そうとだけ言い残し、自転車に乗って帰って行った。ロードバイクならともかく、なんでマウンテンバイクでそんな走り回ってるんだろ。
一度あくびをしてから、台所に戻ってお皿の片付けを再開する。
あ、そういえば何買ってきてくれたんだろ。紙袋を開けてみる。中には水饅頭と葛切りが三つずつ入っていた。
なんだか夏って感じ。私はそれを冷蔵庫にしまって、片付けを再開した。
夕方ぐらいに、とはいってもまだまだ明るいけど。恭子に連絡を入れる。もう起きてるよね、さすがに。
『ご飯もう食べた?』
送信してから一分も経たないうちに返事は来た。
『まだよ』
『うちで食べる?』
『ええん? 助かる』
『今から作るんだけど、すぐできるから』
『すぐ行く』
『勝手に入っていいからね』
そんな短いやり取りをいくつかしてから携帯電話を置くと、私は二人分の食事を作り始める。
玄関の鍵が開く音が響く。そして続け様におじゃましますという声。まだ十分も経ってないのに、随分と早かったなあ。
「小春」
恭子の私を呼ぶ声。
「どうしたの?」
「お腹空いたー」
「そんなに?」
「寝とってねえ、お昼ご飯結局食べとらんのんよ」
そう言われて、私は小さく笑ってしまった。やっぱり恭子はそうだよなあ。面白いの半分と、自分の思っていた通りになるのが嬉しいのが半分。通じ合ってるみたい。
「もうできるからさ、ご飯注いで、お箸出しといて」
料理を盛り付けながら彼女に言う。彼女はすでに棚の前にいて、用意を始めるところ。盛った分もどんどん運んでくれるので助かる。二人だと洗い物減らすために、味噌汁とご飯以外全部大皿に盛っちゃう。
麦茶を二人分注いで持っていくと、私は恭子の隣に座る。
「食べよっか」
「うん、いただきます」
「いただきます」
手を合わせてそう言って、箸を取る。よっぽどお腹空いてたのか、彼女はすぐに大皿に箸を伸ばした。
「ああこれぶちおいしい。好き」
「ありがと。好きそうな感じにはしたけどね」
彼女はネギ類を好むのでネギ多めにしたのだけど、口に合ったみたいで嬉しい。おいしいって食べてもらえるのがとても幸せ。
「ほんまおいしいねえ。一生食べたい」
あー、うーん。褒めたつもりなんだろうけど、ちょっと刺さるなあ。私も一生食べて欲しい。一生側にいて欲しい。そんなことある訳ないのにね。多分高校卒業したら進路は別々になるだろうし、そうなったらもしかしたら住む所も離れちゃうかもしれないし。
駄目だなあ、考えたらちょっと寂しくなってきちゃった。
張本人は何も気にせずにご飯を食べ続けている。そうだよね、それが普通。気にしてる私がおかしいんだ。
ちょっと食欲落ちちゃったけど、とりあえず食べよう。ちまちまと箸を進める。
「ほういえばねえ、夏休みって予定とかなんかある?」
「え、うーん、特にないかなあ。今のところ何にもないと思うけど」
「ほいじゃったら海行かん? 二人で」
「ええ? 随分急だね」
「なんかもう何年も行っとらん気がしてねえ」
「そうだね、去年は一応受験だったし、一昨年も行ってないかなあ」
「ほうじゃろ? ほいじゃけえさ。久し振りに」
ご飯のお代わりを注ぎながら、彼女は笑う。
「楽しそうだけど、ちょっと色々準備しないとだね」
「まあそんな急がんでもええし、日程決めてっから準備しようや」
「ん、わかった。じゃあ行こうね」
彼女は笑いながら首を縦に振る。私も頷き返した。
あなたが誘ってくれるなら、私はどこでもついて行くよ。




