一年目六月 おやすみなさいを言う前に
恭子はボケ担当で、小春はおいろけ担当。
今年は雨が実によく降る。もう何日雨が続いてるんだろうってぐらい降り続いている。けど雨でもこっちの生活は別に変わらない。学校だってちゃんとある。
正直、制服がびちょびちょになっちゃうのが困る。学校に着いたらとりあえずジャージに着替えるところから始まるのがなんとも面倒くさい。なんなら学校休んじゃう人までいるし。靴は恭子が長靴で登校し始めて、みんな真似する様になって、私も毎日長靴で通ってるからまだいいけど。一度空を見る。それにしたってさすがにちょっと降り過ぎなんじゃないかな。たまには晴れてほしい。
雨と言えばこの時期は、乾燥機が大活躍。これがなかったら私、臭いでおえってなってたんじゃないかな。生乾き臭って正直苦手。正直学校も、みんな濡れた制服とかハンカチとかタオルとか干すからあっちこっち臭くて嫌なんだよね。
そんなわけで土曜日は嬉しい。雨の日って、できる限り出かけたくないんだよね。
まあそれでも、出掛けないといけないんだけどさ、この後。買い物行かないとだし。雨で出掛けたくなくなるのに、食べ物は傷みやすくなる。困った季節だよね。私あんまり買い置きとかまとめ買いしないけど。食べる分だけ買って作って食べ切るから。もうちょっと買い置きとか増やすかなあ。めんどくさい。
そんな事を思っていたら、携帯電話にメールが届いた。内容を確認して、カーテンを開けて外を見る。外見て、と一言だけ。
うわあ、バカがいる。
ジャージにサンダルで、傘もささずにずぶ濡れになった彼女が、私に手を振っている。
窓を開ける。
「何やってんの?」
「濡れてもいい服で、濡れてもいいって気持ちで散歩したらどんな気分かと思って」
そうだろうとは思っていたけど、彼女のいつもの奇行だった。
「で、どうなの?」
「悪くないよ」
「そっか。風邪引かないようにね」
そうとだけ言って、私は窓を閉めた。これはさすがに付き合う気になれない。そもそも窓の外だけ見ろってメール来たあたり、嫌がるのわかってただろうしね。私こういうのしたら風邪引いちゃう。一回風邪引いたらちょっと長引いちゃうタイプだし。元気でタフでスタミナもある彼女だからこそ。
でも夜ご飯、ネギとかにんにくとか生姜とか使おう。今日の夜、ご飯食べに来るから。
夕方6時ぐらいに、彼女はやってきた。今度はちゃんと傘も差して濡れないようにして。
そこから夕飯を食べて、私の部屋でお茶飲んで少しまったりしたら帰るかって辺りで、凄まじい雨になったらしい。激しくなった雨音を聞いて、カーテンを開けて外を見る。
「こりゃいけんわ」
「うん、凄いね、これ。危ないし泊まっていったら?」
「ええん?」
「どっちでも大丈夫だよ。親も今更どうとも言わないよ。一応言ってはあるけどさ、もしかしたら泊まっていくかもって」
「さっすがー、ようわかっとるねえ」
まあこの雨だし、帰るの億劫になるかもなあって思ってただけだけど。
「泊まってくのなんて、割といっつものことだしね」
「ほうかねえ? 最近あんまし泊まっとらんかったような」
「そうだっけ? あ、でもそっか、最近は私が行ってばっかりだったかな?」
思い返すと確かに、泊まる時っていっつも私が行ってた気がする。恭子のベッド、広いから二人でも快適に寝れるし。私のベッドって一人用で狭いからなあ。
「うちはできればうちかたの方がええしね。テレビの都合とか」
「ああ、野球」
「そうそう。まあ今日は試合もないけえ」
「土曜なのに?」
「雨天中止。スタジアムはどうしてもねえ。まあやっとっても今日はデイゲームじゃけえはあ試合終わっとるじゃろうけどねえ」
窓の外を見ながら、彼女は少しつまらなそうに肩をすくめた。
「まあやっとっても今年はぶち弱いけえあんまし面白うないけどねえ」
「そうだよね。点取ったらもっと取られて負けるし、好投したら貧打で負けてるイメージ」
「ほんまそれよ。よいよまあふうがわりい」
お茶を飲み干してから、彼女はテーブルの上に
カップを置いた。どれだけ負けてようと怒ったり批判したりしないのは彼女の美徳だと思う。
「泊まるんなら、先お風呂入ってきたら。そこの箪笥の一番上の引き出しに、置いていった着替え入ってるから」
「ほうじゃねえ、そうしょうか」
言いながら彼女は箪笥を開けた。
「うわっ、すげえパンツ持ってんねえ」
「何見てんのよ」
「つい出来心で。すっげえねえ、これ。なんてけしからん青色。どこに履いてくん、こんなん」
「つい出来心で買ったのよ。試し履き以外したことない」
「ふーん。ちょっと履いて見してよ」
「嫌だよ。さっさとお風呂行ってきなよ」
「ほいほい」
彼女が部屋を出て下に降りていったのを確認して、私はその下着を手に取る。彼女の言う通り、確かにこれはけしからん。まあそれがわかってるからこそ使ってないんだけどさ。可愛いは可愛いんだけど、攻めすぎというか。しかも運よく見つからなかったけど、このけしからん下着、上下セットで買ってるんだよなあ。セットとかますますけしからん。見つからないように一番奥に隠しとこ。
まあ、うん、なんだ。その、見せるのは、まあ、別にいいんだけどさ。なんならまあ、見てもらいたいまであると言うか。恥ずかしくてとてお言えないけど。見せろとか言うんなら、本気で言って欲しかったなあ。あんな風に茶化すんじゃなくって。もっと本気で迫ってくれれば、全部見せてあげるのに。それより折角泊まるんなら、勉強見てもらおう。
「…………」
試しに、うん、ちょっと。
鏡の前で、それを当ててみる。確かにこれはけしからん。攻めすぎというか。
「…………」
まあうん、いいか。私もお風呂に行く用意をする。寝間着の間に隠して、その青い下着も一緒に持っていく。着ないと勿体ないしね、せっかく買ったんだし。そう、せっかく買ったんだから。別に、ね。
「ただいま」
「おかえり。私も行ってくるよ」
しばらくして帰ってきたので、入れ替わりでお風呂に行く。一度気になってしまうととても引きずってしまうみたいで、お風呂に入ってる間も、ずっとけしからん下着のことばっかり考えてた。
彼女は風呂上がりの手入れがとても早い。というかほとんど何もしていない。青い缶に入ったボディクリームを全身に塗って終わり。あとはドライヤー。
私はもうちょっと手入れするので、彼女がいる時は脱衣所で済ませてから戻る。割と時間かかっちゃうけど。
なるべく急いでスキンケアだけ済ませて部屋に戻ると、彼女はまだドライヤー の最中だった。いつも思うけど、髪が長いから時間かかって大変そう。
髪にヘアミルクとヘアオイルを付けながら、彼女がドライヤーをかけるところを見る。私の倍ぐらいの長さ? ほんと大変そう。
「髪、結構伸びたよね?」
「ほうじゃねえ。ほいじゃけどまあまだいけよう」
「三ヶ月か四ヶ月ぐらい切ってないよね」
「まあそんぐらいなんかねえ、中学の卒業式の前に切ったけえ」
「髪切るの嫌いだもんねえ」
もっと粘ってまとめてばさっといくつもりなのだろう。彼女のいつものやり方。こまめに切らないといけない私には、とても真似できない。
「髪切るゆーかいらわれるんが嫌いなんよねえ。ぶちこそばゆーて」
ふふっ、と思わず笑ってしまった。寝てる時に頭撫でても反応しちゃうくらいだもんね。
「うーん、まあほいでももうちょいしたら切ろうかいねえ」
言いながら彼女はドライヤーを止めると、それを私に差し出してくる。受け取って自分も髪を乾かす。たぶんまだまだ切る気ないんだろうな。私は短いから、ドライヤーもすぐ終わる。ドライヤーを切ると、急に雨音が大きくなったみたいに響く。
「ぶち降るねえ」
「本当にね。明日は晴れるらしいけど。早朝までずっと凄いみたい」
「ああ、ほいでも朝には止むんじゃねえ」
「うん、まあつまり泊まって行けってことだったんだね」
「うちはええんじゃけどね、急でごめんねえ。ありがとーね」
拝むように手を合わせ、頭をぺこぺことさげる。今さら気にする間柄でもないのにね。
「そういえばさ、お礼にってわけじゃないけど勉強見てくれない?」
「ほいほい、ええよ」
「やった、助かる」
机に向かうとノートと教科書を広げる。私は数学と英語がちょっと苦手。彼女は美術とか音楽のほうが苦手らしい。
普段の言動がエキセントリックなので勘違いしそうになるけど、予習と復習もちゃんとやってて、教えるのもうまい。案外教師とかも向いてるんじゃないのかな? 日頃の言動がよくないか。
色々教えてもらいながら、問題を解いていく。
「なんかこういうのってさ、理解できても納得できないんだよね。正直。ちゃんと問題解けても、なんで?ってなる」
「ああー、まあわかる気するわ。学者とかみたいにほんまによう理解できとらんとそうなるんじゃないんかねえ」
ちょろちょろと見てもらって、結局一時間もせずに勉強は止めた。時計を見ると、まだ九時半ぐらい。思ったより早いけど、正直今日はちょっと眠かった。
彼女を見ると、あくびをしていた。
「もう寝ちゃう?」
「ほうじゃね。はあ眠たいし」
昨日もオンラインで勉強見てもらったり、ちょっと遅くまでゲームしてたしなあ。やりたいことが多すぎて、寝る時間まで削らないといけないって凄いと思う。私は彼女に付き合って何かする時以外はすぐ寝ちゃう。早ければ十時には寝るというのは、この年齢としては早すぎるのかもしれないみたいだけど。私は暇な時はできれば寝ていたい。
「ちょっと寝る準備するよ」
「ほいほい、了解」
化粧水とクリームを取り、顔から全身を保湿していく。
「うわっ」
「うん? どしたの?」
見ると、彼女はものすごい顔でこっちを見ていた。主に胸のあたり。今私はスキンケアのためにパジャマの上を脱いでいて。
大慌てで私は両手で胸を隠した。思い出した。今着てるの、あのけしからん下着だった。困った、完全に忘れていた。
ぎょっとした様子だった彼女は、すぐに困ったような笑顔になった。
「うちがあんなん言うたけえわざわざ着てくれたんね、ありがとうねえ」
すかさずフォローをいれてくれる。助かる。
「う、うん。忘れてたからびっくりしちゃった」
「うちも着とる思わんかったけえちょいたまげたわ」
「まあうん、見たいって言ってたし」
パジャマのズボンも下ろし、完全に下着だけになる。スキンケアの時はいつもこうで、見られるのだって今更なのに、今日は信じられないほど恥ずかしい。
「実際、どうなのかな?」
「大丈夫、かわいい。確かにまあ攻めとるけど、そんなものすごい攻めとるやつでもないしね。大丈夫なよ。超かわいい。小春青系似合うよね」
ちょっと早口なのにくすりと笑ってしまう。フォローとかあんまりうまくないけど、普段仲良し過ぎて出さないだけで、彼女はそういう気も使える。
「ありがとね」
言って、私はスキンケアを再開する。
「うちもちょいトイレとか行ってくるわ」
「はいはい」
音を立てないように、静かに彼女は部屋を出て行った。
…………はっず。
私は胸を押さえて大きく息を吐いた。心臓がばくばくする。息が詰まりそうになる。今まで下着見られるとか意識したことなかったのに、ちょっと意識しただけでこんな風になるなんて思わなかった。
いや、まずそもそも同性じゃなかったら下着見せるとかないもんなあ。特殊過ぎるパターン。
何度か深呼吸をして少し落ち着きを取り戻した。さっさと終わらせないとだ。
全然進んでなかったスキンケアを進めていると、恭子が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。ほんま丁寧にやるよね」
「かさかさになりやすいからね。かさかさのとこかゆくなっちゃうし、すぐ血とか出ちゃうからさ。面倒は面倒なんだよ」
うん、落ち着いた気はする。結構落ち着いた。恥ずかしいのは恥ずかしいけど。
彼女は私が過剰に反応したから気にかけてくれてるだけなんだろうな。
「おまたせ」
「寝る?」
「うん」
「そうだね」
落ちたりするほどではないけど、やや狭いベッドに二人で寝転がる。まだ十時にもなってなくて、こんな時間に寝ようとしてるのが少し意外と言えば意外。彼女も、正直やることがないといえばないんだろうけど。
「クーラーどうしよ、今切ってるけど暑くないかな?」
「大丈夫じゃない? 寒いよりええと思うよ」
「そっか」
掛け布団をかける。あとはおやすみなさいと言って寝るだけ。
本当は、その前に伝えたいことがある。けどそれを言うことは、許されない。
だから私は今日もその言葉を飲み込む。
彼女が大きなあくびをひとつ。
「寝よっか」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
そして私は、今日もその言葉を言えない。
……大好き。




