三年目五月 シトラス
恭子は小春のベッドで寝たいからわざわざ泊まりに行ってる。
『今日、泊まりに行ってええ?』
そんなメールが来たのは、九時過ぎのことだった。朝ご飯の片付けを済ませて、洗濯機を回して、掃除機をかけている最中。全部終わらせたら買い物にでも行こうかなあ、なんて思ってた時。急だけど、何か食べたいものでもあるのかな。
『いいよ』
ひとまずそれだけ送ってから、掃除に戻る。恭子来るんなら、やることは済ませておきたいし。
けどご飯食べていくだけならともかく、泊まりって珍しいかも。いいけどさ。むしろ一生泊まってて欲しいくらいだし。そんなにずっといられると、欲求不満になるかな?
掃除が終わる頃に洗濯機が止まる。二階のベランダに洗濯物を干していると、恭子が歩いているのが見えた。
「恭子」
声をかけると、こちらを見てから手を振ってくれた。あ、今日はメガネだ。珍しい。恭子ってだいたいコンタクトか裸眼だから。朝からメガネってことはたぶん、相当疲れてるんだろうなあ。お昼ご飯食べたら寝るんじゃないかな? というか寝る気なんじゃないかな。いいけど。
玄関に迎えに行くと、丁度ドアが開いた。
「ただいま」
「おかえり。先部屋行ってて。お茶持っていくから」
「ありがと」
台所に行ってお茶とお茶請けを用意してから部屋に戻る。恭子は眼鏡も外してベッドにぐだってなってた。
「疲れてそうだね」
「かなりねー。疲れたんもあるんじゃけど、覚えることが多すぎて脳が追いつかんくなるんよねえ」
「そっか。ほんと大変だ。お疲れ様」
のそりと起き上がると、恭子はお茶を一口飲む。うま、と呟いてからベッドに戻っていった。
「お昼、食べたいものある?」
「心が安らぐもんがええかな」
「なにそれ」
思わず言ってしまった。
「小春の作るものってことよ」
「つまりなんでもいいんだね」
「うん、小春の作ったんならなんでも」
そっか。うーん、どうしよう。あんまり冷蔵庫に食材残ってないし、買い物行ったほうがいいかな?
そんな事を思っていると、寝息が聞こえてきた。寝るの早いなあ。それだけ疲れてるってことなんだろうけど、それにしたって早い。睡眠時間足りてないとか? 昨日も遅くまで勉強してたのかな。
台所に行くと、冷蔵庫の中身を確認する。うーん、ちょっと物足りないけど、作れないことはないのかな。何が作れるだろう、と色々考えてみる。折角ならちゃんと食べて欲しいし買い物行こ。
一度部屋に戻ると、相変わらず恭子は寝ていた。起こすのも悪いからそのまま寝ててもらって、一応メモだけ残して買い物に行って、帰ってきてもやっぱり寝てた。起きないかなって思ってたけど、やっぱり起きなかった。
結局、お昼ご飯が出来て起こしに行くまでずっと寝てた。気持ちよく眠ってくれたみたいで何より。なんなら自分の部屋より私の部屋のほうがよく寝れるらしいし。
起きてからも、恭子は一日中あくびをしていた。もっと寝ててもいいって言ったけど、夜に寝れなくなってしまうから、と寝なかった。確かに一回寝たら起きなそうな感じだったけど、それにしても。
その代わり早く寝る、とは言ったけど、それだと恭子、早起きしちゃうんじゃないのかな。
恭子がひときわ大きなあくびをした。時間は九時過ぎ。さすがに寝るのは少し早いかな? 私は全然寝れるけど。聞いてみようかな。
「もう寝る?」
「ほうじゃねえ。先寝ようかな。小春はまだ起きっとってもええけえね」
「や、私も寝るよ。私、いつでも寝れるし」
「ほいじゃあ寝ようか」
電気を消して、布団に入る。枕から恭子の匂いがする。ちょっと甘酸っぱい匂い。シトラス? 果実みたいな匂い。
「なんか臭う?」
「うん。恭子の髪の匂いがする」
「あんま臭い強うないはずなけど」
「そうだね、ちょっとだけ。いい匂い」
「ほいならよかったよ。小春の苦手な臭いするやつとかは使うとらんはずなけど」
そうだよね。恭子、甘過ぎる匂いのとかスースーするやつとか、あと匂いが強いのとかは絶対使わないし。普段から私の苦手そうなのは避けてくれてる。
「助かるよ、私苦手なの多いから」
「いやー、うちもあんまし臭い強いんは嫌なしね」
それでも私に比べたら全然マシだと思うけど。ちょっと私、苦手なのが多すぎるから。
「そもそも小春、うちの嫌いな食べ物避けてくれとるじゃない。そっちのほうがありがたいけえね。うちもこのぐらいするよ」
あー、そういうの考えてくれてたんだ。私は単にできるだけ美味しく食べて欲しいだけだったけど。でもほんと助かる。
恭子がまた大きなあくびをした。
「寝よっか」
「うん」
恭子は短くそうとだけ答える。もう一度あくびが聞こえた。少しして、今度は寝息が聞こえ始めた。
枕の匂い。恭子の匂い。ちょっと近付いて、髪の匂いを嗅ぐ。枕とおんなじ匂い。いい匂い。
その近付いた状態のまま眠りについた。
朝起きるとなぜかさらに近付いていた。




