三年目四月 黒で百パーセント
四月一日の早朝。目が覚めて携帯電話の日付を見て、何とも言えない気持ちになる。
なんと言うか、とうとう残り一年なんだなあって気がする。まあ卒業は三月だから実際にはとっくに一年は切ってるんだけど。そういう細かいことを気にしたいんじゃなくって、あくまで気分的な問題だから、なんとなくとしか言いようがないんだけど。
うん、そう。これが正真正銘最後の一年。
とは言え、別に高校生活には特段の思い入れってないけど。ちゃんと楽しかったことは楽しかったんだけどね。卒業が動向とか皆が動向じゃなくて、ただただ恭子と別れるのは嫌。こんなこと、もうずっと思ってるけど。恭子との接点がなくなってしまう。進学して離れて住むようになったら
なおさら。そういうところから疎遠になるのは寂しい。
恭子は、小春の作るご飯が一番美味しいとか言ってくれるけど、餌付けされた動物じゃあるまいし、それでどうとかなるわけないし。
まあこの先どうなるかなんてわからないけど、とりあえず最後の一年を大事にしたらいいのかな? もちろん大事にするつもりなんだけど。具体的に何をどうって言われると思いつかないんだけどね。
まあそもそも、学校だとあんまり関わらないからなあ。昔っからだけど。しかも恭子、ずっと受験勉強してるし。正直十二年で一番大事にする必要のない一年なんだよなあ。ままならないものだよね。
まあ高三までに悔いなく遊んどけって話だったのかも知れないけどさ。遊ぶことは遊んだし、そっちの悔いは別にないんだけどね。むしろ遊びすぎたんじゃないかな?
そういう悔いならむしろ恭子の方がありそうだけどね。今は特に。ずっと勉強漬けで遊び足りなさそう。
私はまあ、どっちかと言うとあんまり出掛けるとかしたくないタイプだし。趣味も料理だから、家で料理さえしてればそれでいいといえばそれでいいし。
ぐだぐだとそんなことを思いながら、服を着替えたり外に出かける支度をする。気分晴れないときには散歩でも行くのが一番。
もう何ヶ月続けてるんだろ。たまに休んだりはしていたけど。意外と続くもので、案外私って体動かすの嫌いじゃなかったんだなあ、なんて思う。特に気分が優れない時には。体調も良くなったし、なんか味覚も良くなった気がする。お陰で料理の腕も上がった気がする。汗を書くようになったからかな? 塩味とかがわかりやすくなった気がする。ちょっと前まで、お味噌とかお醤油とかって塩気が強すぎてちょっと苦手だったんだよね。
新しく買ったウォーキングシューズに足を通す。私の足、二十センチしかないからなかなかいいのが見つからなくて困ってたんだよね。子供用ばっかりで。これも恭子が教えてくれた店で買った。
玄関を開けて外に出る。四月の早朝は日が昇るのもまだあんまり早くなくて少し薄暗くて、だんだん暖かくなってきてるとは言え、この時間じゃあ風も冷たいし肌寒い。上着を着ておいて良かった。
今日、どこ行こうかな。公園でも梯子して歩こうかな、まだあんまり咲いてない桜でも眺めに。となれば最初に行くところは決まってた。
家から一番近い公園。近くて小さくて、もう来ることもなくなった場所。
そして、初めて恭子に会った場所。
家が近かったからおんなじ公園で同い年の子供が遊ぶなんてよくあることなのかも知れないけど、それでもここまで続いてて、こんな風になるなんて思わなかったなあ。まさか好きになるとはねえ。思わず苦笑いが浮かんでくる。昔の私がこんな話聞いたら、どんな顔するだろ。
そういえばこの公園、これまでも通りがかることは会ったけど、ちゃんと来るのっていつぶりなんだろ。小学生の時以来? まあ公園で遊ぶ年齢でもないしそんなもんだろうけど。うん、奥の方にちょっとだけ桜が咲いてる。あれって昔からあったんだっけ? 覚えてないや。それなりに大きいし、昔からなのかな? 覚えてないだけだろうなあ。後からわざわざ植えたりしないもんね。
「あれ、小春?」
そんなこと考えながら桜の方に歩いていく。四分とか五分とかなのかな、咲き具合。ぼんやりと桜を見上げていると、遠くから名前を呼ばれた。
「恭子?」
振り返ると、いかにもこれから走りますといった格好の恭子がいた。朝走ったりしてるみたいだし、今日もこれからジョギングとかなのかな。
「どうしたん、こんなとこで」
「ちょっと散歩してて。今さっき始めたばっかりだけど」
「ほうなんじゃねえ」
そう言って、恭子は微笑みながら少しなにか何か考えるような素振りをした。
「折角なし一緒に行ってええ?」
「え、いいの? 走んなくて」
「歩くんじゃろ? ほいならええよ。別になんかあって走りよる訳でないし」
「じゃあ一緒に行こっか。恭子がいいんなら、私別に断る理由ないし」
そうは言ってるけど、それどころか嬉しいしね、恭子が一緒にいるとか。
「うん、ありがと。ほいでどこまで歩くん?」
「決めてないよ。桜でも見ながら適当に歩こうかなって思ってたから」
「意外と風流なことしよるねえ」
「今年は多分お花見も行かないだろうし、見るぐらいはしとこうかなって。行かないよね?」
「ほうじゃねえ」
恭子は一度桜を見上げた。
「まあ、やってやれんことはなかろうけど、あんましねえ。遊びよってもなんか落ち着かんのんよねえ。もっと頑張らんといけんって気がずっとしよって」
私も同じように木を見上げる。恭子もそんな風に思うんだなあ、なんて思ってしまう。勝手に凄い人みたいに思ってたところはあるけど、恭子だって普通の女の子だもんね。
「私にはよくわからない感覚だよ」
「こればっかしはねえ、うちも今までは絶対にわからん感覚じゃったよ」
「そこまで追い込まれることってないだろうしね」
高校の受験はあったけど、勉強自体はプレッシャーどころか割と余裕あったし。恭子のおかげだけど。
「行こっか」
声をかけると、恭子が頷く。次は、お寺の方って桜あったような気がするし、そっちいってみよ。
歩きながら恭子をちらりと見ると、恭子もこっちを見た。私が見たせいなんだけど、こっち見ないで欲しい。目が合うと照れちゃう。
「恭子はさ、大学いったらそっちに住むんだよね?」
「ほうじゃねえ。通いでも行かれんことはなかろうけど、ちょい遠いいけえねえ。ほいじゃけどまだそこまでは考えとらんねえ。勉強のことで正直いっぱいいっぱいな感じ」
そうなんだ、って改めて聞くと思ってしまう。恭子がそこまで考えてないって、何だか珍しい気がする。いつだってずっと先を見て動いてるから。私みたいに目の前のこともろくに考えてない人間じゃないから。
「小春こそどうするん?」
言われて、ふと自分のことを思い返す。何にも考えてないや。私はどうしよう。どうしたいんだろう。
恭子に合わせるとかはまずできないし、恭子に合わせてもらうとかはしたくないし。
「うーん・・私、どうしたらいいんだろうね」
正直、料理関係なら何でもできると思うけど。調理師でも栄養士でも。試験問題見てみたけど、無勉強でもそこそこできてたし。もちろん本当に資格取ろうってなるとそこまで甘いわけじゃないだろうけど。
いっそ聞いてしまおうか。
「恭子はさ、どうしたらいいと思う? 私」
「うーん、うちもそっち系はようわからんけえねえ。でもまあ資格取れるなら取っとくんがええんじゃない?」
「資格かあ。調理師とか栄養士とかかなあ」
やっぱりそうなるよね。民間資格とかならもっと色々あるんだろうけど。
「そういうん取れるとこ行っといたら? 他にやりたいことできた時にも役に立つんじゃない?」
「そんな気持ちでいいのかなあ?」
「大学とかはあくまで必要なもん取りに行くとこじゃけえね。ほんまに大事なんはちゃんといるもん、知識なり技術なり資格なりを取って、そっからどうするかじゃろ」
いるものを、か。私ならやりたいこともたぶん料理関係になるだろうし、資格だけで取っておけばいいのかな。
「うん、ありがと。もうちょっと調べてみて、親とも相談してみるよ」
「大したことも答えられんでごめんね」
「ううん、役に立ったよ。ありがと」
なんにも決まってないけど、とりあえず役に立ちそうなアイテム集めに行くぐらいの感覚でいいのかな。
そんなふわっとした感じなのに進学するっていって怒られないかな。
まあダメだったらまた考えてみよ。時間もそろそろ限られてきてるんだし。
「恭子、この後ご飯一緒に食べない?」
「いいん?」
「うん。恭子に食べて欲しい」
「嬉しいこと言うてくれるねえ。うちあれ、ホットケーキ食べたい。ベーコンのやつ。メープルじゃのうて蜂蜜で」
「ベーコンストリップパンケーキ? あれ美味しいよね。帰りにコンビニ寄って帰ろうね」
「やった」
そうだよね。メープルとかオリーブオイルとか、匂いするの苦手だもんね。かわいいなあ。一生恭子のためにご飯作りたい。
まあうん、やっぱりご飯絡みの資格でも取ろうかな。ふぐの調理免許とか。恭子、釣りに行くとふぐ釣れるらしいし。クサフグっていうのだっけ?
「恭子はさ、私がふぐ捌けたら嬉しい?」
「それは嬉しい。ぶち釣れるんよあいつら。いらんのにから。おじさんが無免許のくせにから持って帰ってシゴウして食べよるけど」
「ふーん」
まあ、色々やってみようかな。あと聞き捨てならないことを言われた気がする。恭子、真似しそう。
やっぱり恭子のそばにいられるような何かがいいなあ。資格でも特技でも。恭子の近くにいられる進路探してみようかな。
我ながら、不純な動機。でもこれが一番純粋。黒で百パーセントだ。
私は、恭子が好き。他のことなんてどうでもいい。だから。




