二年目十二月 待っててくれるよね
朝起きて思ったのは、ああ、とうとう来てしまった、だった。十二月二十四日。いわゆるクリスマスイヴ。
けど今はそれは正直どうでもいい。私にとって重要なのは、指輪の日だということ。
交換するんだよね。ほんとにするんだよね。なんかとっても恥ずかしい気がしてきた。凄く嬉しいけど。
とは言っても、それは夜に。日中はひとまず、今年も恭子とデート。
二人ともお金がないわけじゃないけど、指輪高かったし、あんまりお金も時間も使わない方向にしようかなってことになった。だから今回行くのは商店街とその近くのイルミネーション。昼ご飯も夜ご飯も、私が作って私の家で食べる。あんまりデートらしくはないデートだけど、料理を食べてもらえるのは嬉しい。
時間もお昼ご飯前に恭子がうちに来て、ご飯を食べて片付けしてからから出発っていうプラン。
そんなわけで私は、朝から夜ご飯の支度をして、それが終わったら昼ご飯を作るっていう日程。ケーキを二種類と、鶏肉を使った料理。あとは副菜をいくつか。いつか七面鳥とかも料理してみたいけど、高いんだよなあ。料理したいだけで、別に食べたい訳じゃないから余計なんだかなあって。
全部温め直すだけで食べれるようにして、冷蔵庫に閉まっておく。時刻は十時半。今からご飯作れば丁度ぐらいにくるかな?もう作っちゃおうかな。うん、作っちゃおう。ただ待つのって暇だし。
テレビでクリスマスが何たら言ってるや。本当は、クリスマスなんてどうでもいいんだけどね。クリスマスとか誕生日とかより、ただの日常の方が好きだし。恭子は好きなのかな? 私はたまにはいいか、ぐらい。楽しいけど、出掛けるのとかはどうしても疲れちゃうし。お散歩ぐらいならいいんだけど。人混みは苦手だし、出不精だしね。
あとほんとに個人的な理由なんだけど、特別な日に特別な事をするより、普通の日に普通にご飯食べたり、普通にくっついたりしてる方がいいから。
恭子はイベント事とかも好きだから、そこは全然付き合うし合わせちゃうけど。ただ薄荷とか言っちゃうぐらいだし、彼女は彼女なりに、日常をより楽しむためなんだろうなって思う。
私も夜ご飯は少しご馳走っぽくする代わりに、お昼は凄く普通にしようかなって決めてた。
あ、鍵開く落としたや。恭子きたかな。
「おかえり。ご飯もうできるからね」
「うん、ただいま?」
「おかえり?」
なんでおかえりって言っちゃったんだろ? 恭子も笑顔だけどクエスチョンマークが見えた気がした。でもおかえりっていうの、同棲とか新婚とかみたいでいいなあ。恭子もただいまって言ってくれたし。
「これ運んでいいん?」
「うん、お願い」
作るのは私が全部やるけど、運ぶのとか手伝ってもらって、二人でご飯を食べる。片付けをして、ちょっとだけ支度をして、出掛ける。二人で並んで歩く。
こんなごく普通のことが、何より幸せと感じる。ずっと、一緒にいたい。
やっぱり、ただ一緒にいられるだけでいい。特別な日なんて、私はいらない。今のところ。そのうちそういうのも欲しくなったりするのかな? 私も色々、変わっていったりするのかな?
「どうしたん?」
足が止まっていたらしい私に、恭子は手を差し出してくる。
「ううん、何でもないよ」
「そう? 行こ」
私はその手を取って、指を絡める。恭子はその手を引きながらゆっくり歩いてくれる。そのまま二人で手を繋いで歩いた。
目的の商店街は、そこそこに混んでいた。
「結構人いるね」
「ほうじゃねえ。去年の遊園地の方が人少ないんでない?」
「確かに。なんか割と空いてたよね」
「ああいう所の方が逆に穴場になるんかねえ」
「案外そうなのかもね。けどこういうところで済ませて、その分おいしいの食べたり良いもの買ったりする人もいるんじゃないかな?」
「あー、まさにうちらじゃねえ」
そう言ってくすくすと恭子が笑う。まあうん、確かに指輪、高校生が買うには高かったけどね。
「けど別に私たち、お金の都合でこうしてるわけじゃないしなあ」
「まあほうなんじゃけどね。遊びに行ったりとかが減った分、むしろお金は余裕あるしねえ」
勉強のしすぎで成績とか凄い上がっちゃって、目指してた所じゃあ物足りなくなって、最近恭子、進路を日本一難しいって言われてる大学に変えたらしい。ますます勉強に力入れてて、お出かけとかは殆んどしてないしなあ。
「私は家でゆっくりするの好きだからいいんだけどね」
「うちはたまに薄荷が欲しいねえ。日常が勉強漬けじゃけえ余計そう思う」
また言ってる。けど恭子、ドロップが好きなわけでも薄荷味とかミント味が好きなわけでもないんだよね。
もしかして薄荷って、私のところでぐうたらすること? それはなんかやだなあ。
「私は、恭子がいる日は全部特別だよ?」
「お、おう。ありがと」
何か予想外びっくりしてるや。笑っちゃう。
しばらくぶらぶら適当に店を見て回って、一回喫茶店に入って休憩。ちょっとお買い物はしてるけど、何か暗くなるまで時間を潰してる感じもする。楽しいけどね。恭子と一緒にいるんだから、楽しくないわけないけどね。
コーヒーをブラックで飲む私を見て、恭子は不思議そうな顔をした。
「いつの間にブラック飲むようになったん?」
「夏ぐらいかな? 一回飲むようになったらはまっちゃって」
「ほうなんじゃねえ」
そういう恭子は、最初はブラックで飲んで、途中から砂糖とミルクを入れるようにしている。長居する時は二杯目は気に入った方で飲む。私の作ったのにはしないけど、外では結構味変とかするんだよなあ。
店を出ると、もう少しぶらぶらする。
お肉屋さんの前で、恭子が立ち止まる。コロッケ食べたいのかな?
「食べたいの?」
「揚げ物の匂いって惹かれん?」
「わからなくはないけどね。食べてもいいけど、夜は結構気合入れて作ってるよ」
「じゃあいいや」
掌返し早いなあ。できる限りお腹空かせてたいって思ってくれたんなら嬉しいけど。
日が暮れ始めたらイルミネーションの方に移動する。
ツリーは大きいの飾ってあって凄いんだけど、イルミネーションはさすがに、去年の所に比べるとそれなりって感じ。普通に考えれば、かなり頑張ってるなあって感じるんだけど。綺麗。去年とは違って、二人で沢山写真も撮った。
家に帰ると、二人で台所に行って、私は料理を温める。恭子は食器や料理を私の部屋に運んでもらう。切り分けたり取り分けたりする道具とかも。あとケーキ。今年は本当に頑張った。
「うお、なにこの丸太とお菓子の家!」
「ブッシュドノエルとヘクセンハウス。フランスとドイツのクリスマスの定番のやつだよ」
「すっご。凄い以外の言葉が出んくなる」
「レシピ自体はそこまで難しいやつじゃないよ。見た目には拘ったけど。並べると可愛いよね」
実際ジンジャーブレッドじゃなくてクッキーで作ってるし、だいぶ到着してるんたけどね。
「料理だけでも凄いのにから、ようこんなんまで作ったねえ」
「ちょっと頑張ったよ」
「ちょい頑張った程度でから作れるもんでないと思うけど」
「まあまあ、それより食べよう? 冷めちゃうし」
小さいテーブルに並べられた料理を一度見てから、私は恭子の隣に座る。向かい合ってじゃなくて。顔が見えるより、近くにいる方が好き。
恭子はうまいうまいと言いながら食べてくれる。それが私はとても嬉しい。豪華なディナーとかそういうのはいらない。私の作ったのを食べて欲しい。
料理もケーキも食べ終わって、恭子には部屋で休んでてもらって、私は後片付け。
なんだけど。この後はまあ、うん。
指輪の交換。
ほんとにするんだよなあ。心臓がうるさい。一回一人になって落ち着きたかったから恭子には部屋で休んでもらってるのに、全然落ち着かない。それどころか悪化していく。洗い物が終わった。この状態で行くのかと思うと、凄く恥ずかしい。緊張する。
部屋に戻ると、恭子は落ち着いた様子だった。
恭子はもうテーブルに指輪のケースを置いて待っている。私も机からケースを持ってくる。
「これってさ」
テーブルの上のケースの蓋を開けながら、私は声を出した。小さな声しかでない。
「何か作法とかってあるのかな」
「うーん、どうなんじゃろ」
相変わらずのマイペースな声。
「けどそんな気にせんでええよ。よそはよそ、うちらはうちら。うちららしゅうすりゃええよ」
私の方に体ごと向けながら、恭子は笑うように言う。それを聞いて、ちょっとだけ落ち着いてきた。私も恭子に体を向ける。
「手え出して」
左手を差し出すと、恭子は薬指に指輪を嵌めてくれる。
今度は恭子が私に左手を差し出してくる。その薬指に指輪を嵌めた。
しばらく指輪を見て、それから恭子の顔を見た。
「何で泣いとるんね」
「え、私泣いてる?」
私が手で拭こうとするのを止めて、恭子がハンカチで私の目元を拭う。
「わかんないや。何でだろ」
彼女の隣に移動すると、私は恭子の左腕を抱いて肩にもたれかかる。
「とっても嬉しいのにね。嬉しいからかな」
恭子は何も言わずに私を撫でてくれた。
本当は好きって言いたい。キスとかもしたい。けど、それはもっと先のことにしたい。今言うと邪魔になっちゃうから。私たち二人のそれぞれやらないといけないこと全部終わってから。でも、できれば恭子に言わせたいなあ。
いつになったら、その日なんだろ。待つのは大丈夫だけど、あんまり長いと待ちくたびれちゃうかも。
けど、これからもいっぱい悩んだりとかするんだろうな。色々。だから、どっちかが動くその日まで、待っててくれるよね?
恭子の手に触れると、二人の指輪がぶつかって、小さな音を立てた。




