一年目四月 あなたがくれる憂鬱
やっぱり王道が一番かわいい。一番好き。
私は、彼女が好きだ。
初めてそれを自覚したのは、一体いつのことだっただろうか、そんな事すら最早思い出せないけど。
それでも、私は彼女が好きだ。
クラスメイトと談笑する彼女の事を、机に突っ伏した顔を少しあげて眺めながら、ぼんやりとそんな事を思った。
彼女は昔から人当たりと外面が良い。そして入学してまだ二週間しか経っていないというのに、本当に羨ましいくらい人に好かれやすい。
ちょっとつり目でぱっちりした切れ長の目に、ほっそりとして整った顔立ち。百六十九センチと女性にしては中々に背が高く、細身に見えるがしっかりとした筋肉が全身に付いていて、まるで野生の猫科の動物のよう。背中を覆うほど長くてまっすぐ延びる、強烈なほどに艶やかな黒髪が、ますますそれを連想させる。まるで黒豹のよう。
こうしてみると、私は彼女と真逆のように感じる。
脱色しているのかと間違われるほど色素の薄い髪。しかもすぐにうねってしまうため、横髪を残して短く整えている。とてもあんな風には伸ばせない。身長だって百五十センチにはギリギリ届いていない。ちびで地味な私には、羨ましく思える。
何より私には、彼女の様に理屈なしに人に好かれる様な魅力がない。話しかけ難い雰囲気とか出ているんだろうか。それにトーク力もないし人見知りも激しいし。
それに比べて彼女は、物怖じもしないしコミュニケーション能力も高い。何より彼女には、見た見の麗しさ以上に華がある。人を惹き付ける魅力がある。ほんの十分ほどの短い休憩時間でも、誰かしらから話し掛けられている。清楚で品があり、知識も豊富で喋っていて面白いし飽きない。人が彼女の元に集まるのは当然と思う。
隣の芝が青く見える反面、実は誰にも言えない優越感もある。
それは私だけが、本当の彼女を知っているから。
幼少期から一緒にいて、普段外では見せない姿まで、私は知り尽くしている。本当の彼女は、学校で見せているような頼りがいのある物腰の柔らかい美人なんてものではない。むしろ真逆で、いい加減で適当なことばかり言ってるだらしない女の子。彼女なりに外面よくうまく隠してるのは、見栄なのか、壁なのか。普段の姿を見たことあるのって、どれぐらいいるんだろ。
そんな事を考えていたせいか、それとも彼女の事を見ていたせいなのか、休憩の時間はあっという間に終わり、授業が始まった。高校に入ってから、どうも苦手科目が増えた。授業だけでは理解しきれない。
とはいえ午後のこのニ時間が終われば、今日はもう終わり。家に帰るのが何よりの楽しみな私にとって、午後の授業は大抵あっという間に終わる。集中してないって言われたら、耳が痛いけどさ。
理解しきれないなりに頑張っていると、おしまいの鐘が響く。むしろここからが本番の私は、荷物を纏めて一人さっさと帰路に着く。
「ただいま」
家に帰ると必ず言うようにしているが、返事が帰ってくることはあまりない。父は当然ながら仕事で、母もパートに出ている事がしょっちゅうだから。私が中学校に入学してからは、大抵そう。それでもたまに母が、時折父が、稀に二人ともいたりすることもある。挨拶は欠かせない。
今日は返事はなかった。急いで築十年ぐらい経ってるけど全然小綺麗な一軒家の二階の私の部屋に行くと、スクールバッグを置き、制服を脱ぐよりも先にゲーム機とテレビの電源を入れ、操作をしながら朝まで着ていた寝間着に着替える。
制服をハンガーに吊るしたりわちゃわちゃしながらも、オンラインのロールプレイングゲームにログインする。赤ちゃんみたいな小ささの、小動物のような私のキャラが街に降り立つ。
『こんにちは』
キーボードで入力すると、信じられないほどの速さで返事が返ってくる。
『おっすおっす』
そして流れてくる個別チャット。
『やほい。今どこおるん?』
『いつものとこ』
『ほいほい、すぐ行くけえ待っとって』
少しだけぼんやり待っていると、画面の中では、真っ赤な体に紫色のモヒカン刈りの大男が駆け寄って来ている。頭の上には、ヱビス丸と書かれている。恵比寿というよりは毘沙門天か何かのような見た目をしているくせに。
彼女はゲームのキャラに、えびすまるだったりヱビス丸だったりと表記の違いはあれど、いつもその名前を付ける。自分の名前が胡だから。胡恭子。それが彼女の名前。
対する私はプリマヴェーラ。名前が銀山小春だから。確か春のイタリア語だったと思う。スマホで適当に調べて語感の良さげなのを選んだ。イタリア語は全然知らない。
『お待ち』
モヒカン刈りの大男がやってきたと思ったら、今日の狩り場のこととかをべらべらと話し始めた。私は毎日のことながら、彼女の正気を疑う。どういうセンスなんだよまったく。
『そんなことよりさ、通話にしない?』
『ほいほい』
彼女から、無料通話アプリを使って電話が掛かってくる。ワイヤレスのヘッドセットに接続して、通話をオンにした。
『もしー』
「大丈夫、聞こえてるよ」
『ほいほい。ほいじゃったらねえ、今日ピラ行こーやー』
「まだ夜ご飯の支度とかしてないからさ、八時からならいいよ」
やっぱり彼女はゲームのことばっかり。少し腹立たしいなあ。もうちょっと色々、興味持ってくれていいのに。例えば私、昨日爪すごく綺麗に磨いたこととか。
目覚ましが鳴り出すのは、毎日六時半。これは例えば土日だろうと祝日だろうとお盆だろうとお正月だろうと、かれこれ5年以上変えたことがない。つい二週間くらい前に今の高校に進学したけれど、近場の学校を選んだためやはり変わらなかった。
とはいえ眠いことは眠い。彼女と一緒にゲームをしていると、どうしても夜更しすることがあるのだ。
火曜と木曜は特にその傾向が強い。そして今日は金曜日。昨夜は一時近くまで付き合わされた。
それはもちろん、彼女のお願いを断りきれない私の弱さのせい、彼女の言う事を聞いていたいという私自身の願いがあるからそうしているだけ。彼女を責めるのはそもそも御門違い。
比較的優等生の私は、両親と共に朝食を摂って、眠気を我慢していつもどおりに学校に向かう。
彼女は今日は、遅刻だった。
毎日の事だけど、学校では彼女とは殆ど話さない。話すことがない訳ではない。共通の趣味である野球の話やゲームの話でもしていれば、時間なんていくらあっても足りない。
勉強の話でもいくらでもできる。彼女は頭が良い。私は逆に頭が悪い。なのに彼女から勉強を教わるといくらでも理解して吸収することができる。驚くほど教えるのが上手いから。多分この学校の教師の誰よりも上手い。私が全てのテストで七十点台から九十点台を取れているのも彼女の力があってこそ。
他にも共通の話題なんていくらでもある。共通の話題でなくてもいくらでも話せる。何ならあの顔を、あの眼を見ているだけでも休憩時間なんて余裕で潰せる。それでは彼女に退屈させてしまうかもしれないけれど。
けどまあそんな話は夜にいくらでもできる。どうせ毎日のように通話してるし。それなら休憩時間なんて最初から、予習や復習や、夜に向けて睡眠に回したほうがいい、と思って学校ではあえて彼女に話しかけなくなった。
彼女はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、やはり学校ではほとんど話しかけてこない。元々いろんな人から話しかけられるからあんまりこっちに来るタイミングないと思うけど。時折こちらをちらりと見て、優しく微笑む程度。胸がきゅんとなる。腹立たしい。
それにしても、今日はいつもにも増してこちらを見てくる。授業中でも休憩時間でも。
理由は判っている。それは、今日が金曜日だから。彼女がしょっちゅうこっちを見てくるせいで、今一つ集中できないまま学校が終わる。学校が終わると、これから彼女にとっては至福の時間が始まる。
私は速やかに家に帰ると、まず二泊三日分の着替えやお泊りセットを用意する。ゲーム機も忘れない。それから愛用の包丁と、特性ミックスの調味料に、昨日仕込んでおいた夜ご飯と朝ご飯用の食材も。
荷物を纏めてリュックサックに詰める。いつものことながら、なかなかの重さ。なるべく軽くなるようにしてるんだけど、こればっかりはどうしても。非力だし。
全ての準備を終えると、お母さんに行ってきますの挨拶をしにいく。
「それじゃあ行ってくるね」
「恭子ちゃんと胡さんに宜しくね」
「うん、わかってるよ。それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
にこりと微笑んで見送ってくれる母ににこりと微笑み返すと、私は踵を返した。
荷物は重いけど、足取りは軽い。好きな人の家に泊まりに行くのだから、当然と言えば当然なんだろう。楽しみで仕方ない。並木道で散歩してる犬と目が合って、手を振った。
彼女の家に着く。呼び鈴は鳴らさない。合鍵を渡されていて、勝手に入っていいって言われてるから。
「お邪魔します」
一応一声かける。誰の返事もないけど、それもいつものこと。腕時計を見ると、やはりいつも通りの時間で、この時間は彼女以外はいなくて、その彼女もたぶんシャワーを浴びている。意外と綺麗好きで、家に帰るとまずシャワーを浴びるタイプだから。
勝手知ったる彼女の家。冷蔵庫に仕舞うものは仕舞って、米を研いで炊飯器に設置だけしてから彼女の部屋に向かう。
荷物を置く。ちょっと疲れちゃった。流石に少し重かったから。
愛用のクッションを枕にごろりと横になると、眠気が襲ってくる。昨夜の夜更しのせいか。
うとりうとりとしていたつもりが、いつの間にかしっかりと眠っていたらしい。目が覚めたときにはベッドの上で、隣には彼女がいる。わざわざベッドに運んでくれたみたい。
すー、すかー、すーすー、すかー、と実に大きな寝息を立てていて、やはり夜更しが強烈に効いているんだなあ、などと思った。時計を見る。午後六時半。そろそろ夜ごはんの支度をしないとなあ。
眠っている彼女の顔をじっと見つめる。ほっそりとした輪郭。長い睫毛。とても綺麗で、壊れそうに見えた。
私は決して、こんな風になりたい訳ではない。高い身長も真っ直ぐの艶のある髪も長い睫毛もいらない。
この人が欲しいだけ。
私は、彼女が好き。どうしてそれは、こんなにも許されない?
寝ている間にキスの一つもしてやりたいと思うけど、決してできない。私は臆病者の根性なしだから。
でもそれでいい。そうやって怯えている限り、彼女にばれることはないだろう。こんな不条理も、いつか消えてなくなるまで抱えて生きていけばいい。
普通の人は隣に、告白してもいないし、付き合っているわけでもない、でも大好きな人が無防備に眠っていたらどんな気持ちになるんだろう。わからないなあ。異端の私には、この世界にはわからないことばかり。別に後悔しているわけではないけれど。
これくらいならしてもいいかな、と彼女のほっぺたを指でついた。
「誑し」
逆恨みのように呟くと、私は彼女を起こさないようにゆっくりとベッドから這い出し、階段を降りて一階のキッチンに向かった。
こうしてご飯の支度なんかしていると、結婚しているみたいだなあ、夫婦みたいだなあ、などと思ってしまってにやけそうになってしまう。にやけているところを見られたこともある。その時は、作ってみたかった料理を作ることができて、などと言って誤魔化した。
ある程度支度がすんだけど、まだ彼女は起きてこない。部屋に戻ると、腹を掻きながら、さっきより少し大きな音でいびきをかいていた。まあ別にいいんだけどね、こんな時間にそんなに寝てよるねれなくなっちゃっても。明日は土曜日だし、多少で済むかはわからないけど、今日も夜更しでも。その寝てる姿は女子としてどうなのかなとは思うけどさ。
私もベッドに横になる。彼女の顔をじっくりと見ることのできる特等席。そもそも彼女が寝ているときでないと、こんなにじっくり顔を見ることはできないし。
キスしたり抱きしめたりしたいなあ。たぶん私が根性なしだから、そんな日は一生こないんだろうなあ。しょうがないことだけど、寂しいことだよなあ。報われたい訳ではなくて、一生隠し通したままでもいいから、ずっと彼女と一緒にいたい。でも報われて、そういう関係になりたい。キスしたり抱きしめたり、それ以上のこともしたい。嫌われるリスク、恋人になるリターン。ノーリスクノーリターンか、ハイリスクハイリターンか。矛盾や不条理ばかりで本当に嫌になる。
ふーっと全ての息を吐き出して、ゆっくりと息を吸う。落ち着くのだ。私は何も間違っていない。例えどうなったとしても、何一つ間違いでない。自分の心にだけは、嘘を付いてはいけない。告白してもしなくても、付き合えても付き合えなくても、好かれても嫌われても、どうあっても私は彼女が好き。
漸く落ち着きを取り戻した頃、彼女の手が私に巻き付いてくる。抱き癖があるのだ。やんわりと抱きしめられる。胸が締め付けられて、鼓動が早くなるのがはっきりとわかる。折角取り戻した落ち着きがどこかに飛んでいった。くそったれ。わざとやってるだろこいつ。
もう一度深呼吸をして、心を落ち着ける。
火は止めてある。気掛かりはなにもない。折角向こうからこんなことをしてきたのだ、満喫させてもらおう。
頭の下まで腕が巻き付いてきて、どんどん逃げにくくなっていく。
この先きっと、私の望む未来は来ないだろう。そして私は何もしてこなかった、いや、何もできなかったから、望んでいた今もない。だったらもう高望みはしない。昨日も明日ももういらないから、今のこの時間を永遠に欲しい。
それでもこんな時間は、あっという間に終わってしまう。私の願いなんて、絶対に叶わないから。
うっすらと彼女の目が開く。
「おはよう」
私が声をかける。思わず不機嫌そうになってしまった声のことは気にしないでくれて、寝惚けた様子で私の頭を撫でてくる。薄っすらと開いたとろんとした目が、何とも艶かしい。間の抜けた顔になりそうなのを噛み殺して答える。
「おはよう。夜ご飯、ほとんど出来てるよ」
「ありがとー。後三十分ぐらいしたら食べたい。低血圧でふわふわするんよ」
「知ってるよ。大丈夫。丁度良くなるように作ってる」
「ありがと」
一度ふわふわと大欠伸をすると、彼女はもう一度目を閉じた。寝るわけではなく、起きるまでの儀式だ。五分か十分か、彼女はこのまま目を閉じている。そして寝惚けながらも頑張って目を開けて立ち上がるのだ。壁や家具にぶつかったりしながら。
そしてふらふらしながら彼女は部屋を出ていった。起きると必ず一番にトイレに向かう。それもいつも通り。別に行きたくなくても必ず行くから。
私も部屋を出ると、台所に行く。炊飯器のスイッチを入れる。これで炊けるまで三十分。おかずもぼちぼち作り始めて良いかな。
「ただいま」
調理器具や食材を用意していると、彼女が漸くやってきた。真っ先にテレビの野球中継を付ける。彼女は贔屓の球団の試合を全部見れるサブスクに登録してるから。私は野球は元々は興味なかったけど、彼女に合わせるために覚えて一緒に見るようにした。今では私もけっこう楽しみにしてる。
「夕飯何?」
「肉」
「よっしゃ」
別段肉が大好物という訳でもなくて、魚も野菜もよく食べてくれるが、彼女は喜んでくれている。というより、何を作っても喜んでくれる。昔は張り合いがないものだとも思った。今は自分の腕に少し自惚れている。どうだ、私の作るメシは旨いだろう、と。
そもそも彼女の好みの材料というよりは、彼女の味覚に合わせて作っているから何でも喜ばれるのたろうが。出汁が濃い目で塩や醤油控え目の物を彼女は好む。
おかずが出来上がる頃に丁度ご飯も炊けた。こうやって丁度良くなるように作るのにも慣れたものだ。
「もう出来るよ」
「わかった」
短く答えてから、彼女は箸やお茶を並べ始める。ふとちらりとこっちを見た。
「唐揚げ?」
「そう」
「漬物とか欲しゅうなるねえ。今度作って」
「流石にそっち方向にスキルツリー伸ばしてないよ。浅漬けとかならできるかもしれないけど」
「まあいつか作ったら食べさしてね」
「うん、まあいつかね」
自分で漬物まで作って食事に出せるような、そんないつかが来るといいなあ。そんななら、私は何だって作っちゃうのに。漬物どころか、味噌だって醤油だって。
今だってこんなにも彼女に尽くしていて、それを無上の喜びとしているのだ。私の望む見返りを貰えさえすれば、私はこの身と心の全てを尽くし尽くすのに。
本当に難儀なものだ。報われない、というものは。
「御馳走様」
私が半分と少し食べた頃には、彼女の皿は綺麗になっていた。私より多かったのに。どうにも私は食べるのが遅い。
彼女は皿を流しに持っていくと、慣れた手付きで洗い始めた。
「食べ終わったらお風呂行ってきんさいや」
「そうするよ。油跳ねたし」
「お皿置いといていいけえね」
「わかった。ありがと」
本当に決まりきったみたいにいつも通りに時間が進んでいく。この後私がシャワーを浴びて彼女の部屋に戻ると、恐らく彼女はまた寝ているだろう。
「それにしても」
シャワーを頭から被りながら、私は口を開く。
「何でもうちょっと規則正しく寝起きしないんだろ」
そうすれば私も、もう少しくらいゲームとかにも付き合えるのに。そこまでしてゲームしたい訳ではないから私はいいんだけど。というか、私はゲームがしたいのではなくて、ただ彼女と遊びたいだけなんだから。
彼女が可愛いと思ってくれればいいなあなんて思いながら買った、猫の柄の黄緑色の寝間着に着替えて部屋に戻る。やっぱり彼女は眠っていた。
私は鞄からゲーム機を取り出し、ログインした。こういう時こそ、やっておきたかった事を済ませる。装備を買ったり、スキルやステータスを整えたり。ネトゲ廃人に付き合ってやってるからお金はたっぷりと余ってるし、この際少しくらい高くても遠慮なく使ってしまおう。彼女と楽しく遊ぶためなら、別に惜しくもない。それにお金はかければかけた分、快適になる。ついでに見た目装備も買っちゃお。
特に私のプリマヴェーラは、私と一緒で極端に偏ったピーキーな子だから、うまくクセの強さを活かしてあげたいし。
彼女は何かと極端に癖の強い物を好む。それこそ令和に生きる女子高生とは思えない程に。映画なんかは昭和のヤクザ映画シリーズだとか戦争映画シリーズだとか。
音楽に至ってはさらにたちが悪い。色んな方向に突き抜けすぎていて、彼女の好きな歌手やバンドは聞いたこともなかったりした。確かに聞いていて、なぜマイナーなのか不思議なほど素晴らしいものばかりだったけど。
そんな訳で私も極端に偏ったキャラにしたのだけど、彼女はげらげら笑いながら、茨の道だと言った。私は思わず、うっさい、と言った。
たっぷりと貯まっていたお金を吐き出して、装備を整える。間違いなく彼女が喜ぶだろう。
フィールドの雑魚敵相手に試し打ちをしていると、彼女は再び目を覚ました。
「あー、あーーー、小春ー、こーはるーーー」
「どしたの」
「こはるー、ぎゅー」
多分変な夢でも見たんだろうなあ。稀にあることだ。以前は殺人鬼に追われていたら、私が改造人間に変身して飛び蹴りをして倒したと言っていた。
「ぎゅーしてー」
中々にたちの悪い寝惚け方をしてるなあ。そんなことを思うけど、私はなんの躊躇いもなく彼女を抱きしめる。普段からしたくても出来ない事をしてくれと言うのだ。こんな有り難いことがあるものか。
うごうごと蠢いていた彼女は、動きを止めた。
「こはるー、すきー」
「うんうん、私も恭子が好きだよ」
「ありがとー」
そのまま抱きしめるようにしながら背中や頭をよしよししていると、ほどなくしてフゴッ、と変な息を上げた。
「あー」
かなり寝惚けていそうで、何がなんだか判っていなそうだ。
「あんたなんしてんの」
「あんたのリクエストよ」
「そっかー」
普段信じられないほどハイスペックのくせして、なんでこんなにバカなんだろうなあ、こいつ。ああ可愛い。愛しい。ちくしょうめ。
「太ももやおいな」
「セクハラ?」
「いや、単純になんかええなあって。私の固いけえさ」
「羨ましい悩みじゃない。私のほうが痩せっぽちなのに足は細いなんてさ」
はあ、と一度息を吐いて、彼女は言う。
「太ももはね、太いけえ太ももっていうんよ」
いちいち正気なのか狂気なのか判断し辛いけれど、彼女は本気で言っているんだろう。この手の事で、変な冗談を言う人間ではない。正気で狂気だ。
言いながら、彼女は私の太ももに顔を埋め、弄ってきた。
「ちょっと、顔突っ込まないで、足揉まないでよ」
拾った枕を彼女の頭に押し付けると、彼女は手を止めた。止めた手でがっちりと太ももをホールドすると、ますます顔を埋める。本気で嫌がってる訳じゃないけど、一応ちょっと抵抗する。
「ぎゃあ!」
思わず変な声が出てしまった。持っていた枕もなかなか激しく彼女の頭に叩き付けてしまった。
「臭い嗅がないでよ!」
もう一発叩いてから、私は彼女の頭を押し退けてベッドから降りた。今更多少のセクハラでどうとは思わないけれど、多少でないセクハラは耐え難い。
「枕って結構痛いねえ」
「自業自得」
ちょっとの怒りと沢山の恥ずかしさが混じって仕方がない。ちゃんと言ってくれれば、嗅ごうが触ろうが舐めようが、好きにしてくれていいのに。この馬鹿。
「何でえよ」
馬鹿は何が悪いのか全くわかってない様子だ。
「まん」
私は持っていた枕を彼女の顔にフルパワーで投げ付けた。ただの馬鹿じゃなかった。大馬鹿だった。
「痛いよ」
「嫌ならそのコンプライアンス違反止めてよ」
「まだツーアウト満塁サヨナラのピンチぐらいじゃない?」
「危険球退場よ」
もう一度彼女の顔に枕を押し付けると、ぎゅう、と変な声を上げた。
こんなところを嗅ぎたければ、ちゃんとそういう仲になってからしてくれればいいのに。こっちはそう言ってさえくれれば、いつだっていいのに。
「ごめんよう」
顔を上げ、彼女は申し訳なさそうに笑った。
「調子に乗りすぎたね。ごめんねえ」
「よかったね、あんたで。あんたじゃなかったら殴ってたよ」
額に手を当てて大きく息を吐く。彼女には何をされても結局は許してしまうのだ。惚れた弱みだ。
「押せばどこまででも行けそうだ」
「押すより告白してよ」
「私の罪を」
あっはっはっは、と彼女は高笑いをした。はぐらかされているような気がして、何とも言えない気持ちになる。
「やれ、ちょっと失礼」
「はいはい」
短く言って、彼女は部屋を出て行った。トイレと、飲み物でも取りに行ったんだろうな。
しばらくしてから彼女は、飲み物を持って戻って来た。飲みながらちょっとだけまったりしていたが、時計を見て彼女は言う。
「さて、そろそろログインするかい」
「そうね」
ゲーム機を取ると、電源スイッチを押した。さっとログインする。
「あ、なんか可愛いなっとる」
「さっきちょっと色々弄ってみたよ。装備とかスキルとか」
「へー。ほんなら対人戦やりたい。可愛いなったん見せびらかしに行こうや」
だと思っていた。二人で対人戦をするのが、私も嫌いではない。それも元々は彼女に付き合って初めたんだけど。そして一人でもできるけど、彼女としか組んだことはない。
「ほいじゃあ二対二やろうか」
頷くと、彼女も頷き返してくれた。癖強コンビの出撃だ。彼女の癖に合わせてるから自動的に癖強になるんだけどさ。
オンライン対戦が始まる。私は補助魔法をかけまくる。彼女は弱体化魔法をかけまくる。むこうはどうやら、攻撃と防御のキャラと、支援タイプのキャラ。
「引き付けるよ」
「オッケー」
チャットのやりとりを介さないで意思疎通の出来る私達は、多分ずるっ子なんだろうなあ。ノータイムで意思疎通できるんだもの。相手はチャットか雰囲気で判断しないといけないのに。
彼女が二人を引き付けている間に、私は更に強化を重ねた。
「回復お願い」
「ほいほい。僧侶潰して」
「オッケー」
彼女の回復を受ける。そこに自分の装備の回復効果が重なり、体力は満タンになった。
私のキャラが、必殺技を放つ。満タンパンチ。体力が満タンの時にしか使えないけど、必殺の威力を持つ。こんな技を対人戦で使われるとは思っていなかったらしく、敵の僧侶は一発で倒れた。
後は適当に支援を掛けながら逃げていればいい。彼女は強いから、タイマンならほぼ負けない。
それでも一応いつでも攻撃できるように備えていると、彼女が中々に苛々した声を出した。
「やっちゃって」
「ほいほい」
私の満タンパンチはよく勘違いされる。一回こっきりの大技と見せかけて、実際には何回でも撃てる。消費が激しく連発出来ない大技ではない。二人でげらげら笑いながら考えたもので、満タンでないと撃てない代わりに、満タンならば何度も撃てるのだ。私はそうやって何度も、逃げ回って遅延行動に走り、一騎打ちを望む彼女を失望させた相手を狩ってきた。
「まんたーん、ぱんち」
相手が一撃で消し飛ぶ。バフやデバフを積んだなら、この一撃を受けきれる人なんてほぼいない。
「よっしゃ、イエーイ!」
「いえー」
ハイタッチを要求してくる彼女の手を軽くぱちりと叩くと、私はちょっと深呼吸した。どうも対人戦は疲れるなあ。
しかしながら彼女は、まだまだ続けたい様子だった。いいけどね、疲れるけど楽しいのは判るし。報酬も美味しいし。
そのまま四回か五回か連勝を続けたところで、漸く負けそうな相手に出会した。
知ってる名前。過去に何度も戦った相手。こっちの手の内を知り尽くしている相手。
「どうする?」
「開幕ぶっぱして。そっからはひとまずいつも通りでいこう」
「おっけ」
言われた通り、いきなり満タンパンチをして吃驚させてから、バフを積んでいく。向こうもこっちの手口を理解しているようで、妨害をしつつ削ってくる。
「攻撃上げて」
「了解」
言われた通りに彼女の攻撃力を上げると、今度は彼女が必殺技を放つ。幼馴染のなせる技で、彼女が何をして欲しいか大体想像はつく。こうだろうなって考えながら動くから、指示がはまると気持ちいい。
「食らえ! バッドフェスタ!」
私しか聞いてないのに食らえとか言われてもなあ、と思いつつも彼女はノリノリである。彼女は基本的に強敵と戦うのが好きだから。
威力は然程でもないが、毒やら麻痺やらデバフやらを大量に吹っ掛けられるのが彼女の必殺技。私はすかさず満タンパンチを仕掛ける準備をする。彼女がぴったりのタイミングで回復をしてくれた。
結果満タンパンチは見事に決まったが、それでも沈めることはできなかった。恐らく満タンパンチの特性を把握しているのであろう、連打をさせないように私に加撃してきた。
しかしながら彼女が追撃を繰り返して一人を倒した。油断しなければ、このまま押し切れるだろう。
そのまま押し切って、私達は勝利した。
「休憩しようか」
ん、と短く答えてから私はゲーム機を置く。確かに少し疲れた。多分彼女はもっと疲れてるんだろうな。
私は正直そこまでネットゲームに拘りはないから、こうして一緒にゲームしてても彼女の拘りは今一つ理解できない。もうちょっとその拘りを、私に向けてくれたらいいのに。
「もうちょっとその拘りを私に向けてくれたらいいのに」
何か声に出てた。それもがっつりと。察した彼女は、何とも言えない様子で目を丸くしながら顔を少し赤くした。
「あー」
あー、あー、と何回か繰り返した後、彼女は少し俯いた。
「今日は早う寝て、明日どっか行かん?」
珍しいお出かけの誘いだった。
「いいよ」
彼女が誘ってくれるのなら、私は例えトイレだろうとホテルだろうとホイホイ付いて行っちゃう。二つ返事で返した。ただし期待はしないでおく。彼女がデートプランなんてまともに考えられる訳が無い。
「デートじゃねえ」
「またそんな事言って。私が本気にしたらどうするのさ」
「小春ならええけどねー」
こいつ嘘ばっかり言うからやだなあ。誰が好き好んで、茨の道の同性愛をしようというのだ。そんな馬鹿は私みたいな馬鹿だけで充分だ。恭子まで苦しむ必要はないんだ。
それに彼女が苦しんでるところや悩んでるところなんて見たくない。何時も元気で笑ってて欲しい。だからそれも、何時も通り冗談って事にしてもらおう。
「私は恭子が男だったら良かったんだけどね」
「それは残念」
「残念って言うならもうちょっと残念そうな顔して言ってよね。それと私もう寝るよ」
「ほいほい。うちももうちょいしたら寝るよ」
本当に寝るのかなと思ったけれど、そんな事言わずにさっさと寝る事にする。電気はつけっぱなしでも気にしないたちだけど、彼女は律儀に部屋の電気を消して電気スタンドの明かりだけにしてくれる。正直あの電気スタンドも結構明るくて中々に眩しいけど、私は別に電気スタンドが眩しくても気にせず寝られるたち。そんな事よりろくに気遣いなんて出来ない彼女が気を使ってくれてる事実の方が嬉しい。
朝六時に起きると、彼女も横で眠っていた。本当にあの後すぐ寝たのかな。夜更しした形跡はないし。
軽く洗面を済ませてから朝御飯の支度をする。と言ってもご飯とお味噌汁を作る程度。殆ど昨日のうちに仕込んでる。
「おはよー」
七時前ぐらいに温かいお茶を飲みながらのんびりしていると、のっそりと彼女がボサボサの頭に気怠い雰囲気で台所にやってきた。
「今日さー、出かけようって言うたじゃろ。まずお腹も空いたしモーニングとか食べ行かん?」
「朝御飯ならもう出来てるよ」
「お、おお」
嘘でしょ、と思った。こんなにもセンスがないのか。何処の誰がデートでこんな朝っぱらから出掛けるのか。そもそも泊まった日は必ず朝御飯も用意しているのに、このタイミングでモーニングに誘うのか。いや、彼女は、まず、と言った。きっと彼女の中にはその後も何らかのデートプランが練られているのに違いない。恐ろしくも悍ましい。朝の七時からデートに誘う女が、朝めしの後に何処に連れて行こうとするのだろう。打ちっ放しとか釣り堀とかかな。デートなんて言うつもり無いんだろうなあ、という寂しさが半分。どこに連れて行こうと言うんだろう、という楽しみが半分。
「ほいじゃったらご飯食べたら運動とかせん? バッティングセンターとか」
バッセンときたかー。本当にセンス無いんだなあ。
いいや、趣味としては少々特殊ではあるだろうけど、そこまでずれた訳でもないのだろう。友達と遊びに行くのなら。
テンションと血圧が同時に下がった気がした。気付きたくなかった。ずれたデートだと思っていたかった。
彼女にとって私は、どこまで行っても友達に過ぎないのだ。デートだなんて言ってはいるけど、彼女にしてみれば友達と遊びに行くだけなんだ。
本当に本当に、すぐ思い違いをさせるような事ばかりを言う。そしていちいち糠喜びしてしまうのがまた情けない。もう少しくらい彼女の言うことなんて、と思えればいいのに。
いいや、私は彼女が好きだ。だからそれが違うと判っていたとしても、そうであって欲しいと願ってしまう。それが良くないのかもしれない。
きっとそれでいいんだろう。糠喜びでも、喜べているだけ幸せなのだ。女同士の恋愛なんて、示し合わせでもない限り結ばれることはない。あんな風に言われて、ひょっとしたらなんて思えるのが、まだ幸せなんだ。
私の本当の気持ちを知ったら、彼女はどう思うだろう。真剣に考えて、ごめんと言うだろうか。それとも気持ち悪いと拒絶するだろうか。どっちにしても、絶対に聞きたくない言葉。
だからこそ、自分の心の臭い物に蓋をする。
まだ四月。長ければ高校の三年間、あと三十五ヶ月もこんななんだろう。なれないといけないよなあ。彼女の思わせ振りと、それにいちいち振り回されてしまう私の憂鬱に。




