二年目四月 本当はもっとずっと
恭子は優しいんじゃなくって過保護なんだよね。
飯と過保護で繋がる関係。
けしからん下着は高校生にしては攻めてるなって程度のけしからん具合。言うほど攻めに攻めた下着ではないよ。
春休み真っ最中の、四月の平日の早朝。
今日は早起きしてお弁当を作っている。
昨日桜がどうこうとか、明日は温かいとか、そういうニュースを見て、急なんだけどお花見とかしたらいいかもって思ったから。
前日に急に連絡したのに付き合ってくれる恭子には感謝本当にしかない。こんな無軌道で無計画で、思い付きで動くようなことして申し訳ない。
しかも場所とかそういうのは全部恭子が考えてくれるって言ってくれたし。小春はお弁当をお願いって。優しい。
リクエストされたメニューとかもあるし、お礼も兼ねて、折角だから良い感じにしたいなって思って早起きして色んなおかずを作ってる。
色々と作った分を冷まして、弁当箱に詰めていく。品数も彩りも良い感じじゃないかな?
できたお弁当をもう少し冷ます。その間に余った分をおかずにして朝ご飯を食べる。たしか十時ぐらいに迎えに来るって言ってたっけ。まだ七時にもなってないや。急ぎすぎたかな?
歯磨きだけして一度部屋に戻ると、カーテンと窓を空けてからベッドにごろりと横になる。うん、あったかくて気持ちいい。これだと昼には少し暑くなっちゃうかな? ずっと今ぐらいならいいのに。
そんな事を考えながらごろごろしていたら、気付いた時には眠っていた。
目が覚めると、恭子が目の前にいた。
「あれ?」
「おはよ」
「うん、おはよう」
答えてから、私は大きなあくびを一つした。
「眠たい」
「早起きしたん?」
「六時前かな」
もうひとつ大あくび。あくびが止まらない。
「あ、時間!」
「大丈夫よ、まだ九時半じゃけえね」
びっくりして上体を起こした私を見て、恭子はくすくすと笑う。そっか、良かった。あ、でも支度しないと。
もう一度あくびしてから、私はベッドから降りた。うん、ちょっと恥ずかしいところ見られてしまった。油断したなあ。いや、それよりとりあえず支度しないとだ。
ひとまず顔を洗ってきて、ささっと化粧して、それから服を着替える。上着いるかな? 一応カーディガン着とこうかな。
「あ、それ使いよるんじゃねえ」
「え?」
「その赤いけしからんやつ」
ああ、そうだった。クリスマスに貰ったやつ。なんかまあ、去年は恥ずかしかったけど、今年はもうなんか意外と平気だなあ。
「うん、ありがたく使ってるよ。サイズぴったりだったし。何でサイズとか知ってんの?」
「小春がお風呂行っとる時にね、ちょいとタンスの中見てサイズ調べて、ほいで上はちょい大きいのにしたんよ」
そんなことしてたんだ。油断も隙もあったもんじゃないなあ。まあいいっちゃいいけど。うん。まあうん、下着ぐらい。裸とかなら、さすがに、その、告白とかしてもらって、付き合ったりとかしてから、うん。いや、何考えてんだろ、私。
「ていうか何でそこまでわかるかなあ」
「いや、さすがにわかるよ。去年に比べて明らかにでこうなっとるもん。もうね、見た目から違う。Cいったん?」
「いったよ。一年でそんななるかなあって感じ」
「良かったじゃん」
「いいのかなあ?」
「ええことよ」
よくわかんないなあ。いいのかなあ?
「あ、それが夏用のかぼちゃパンツ?」
「ドロワーズだって。うん、今日は夏用」
「どれどれ。あ、ほんまに違う。生地から違う」
「うん、全然違うよ。さすがに真夏だとこれでも暑いけど」
着替え終わると、今度は荷物の支度。自分の必要なものを大きめのかごバッグに詰める。
「今日は鞄大きいねえ」
「お弁当も入れるからね」
「ああ、そっか」
「うん。あともうお弁当入れたら行けるよ」
「ほいほい」
台所に行くと、作っておいたお弁当と水筒もバッグにしまう。
「お待たせ、もう出れるよ」
「うん、ほいじゃあ行こうか」
「ごめんね、待たせちゃって」
「大丈夫よ。待ち合わせと違って、早う来てもすぐ会えて待つこともないけえね。ほいで早う来とるんじゃけえ」
ありがたいなあ。優しい。
向かったのは、ちょっと山の方にある大きめの公園。バスで公園の近くまで行って、そこから徒歩で行く。マップで見せてもらったけど、一キロ以上ありそう。しかもこれ、多分上り坂だ。
バスを降りる。やっぱり上り坂だったや。
歩き出す。鞄は恭子が持ってくれてるけど、ずっと上り坂。しんどい。着ていたカーディガンもすぐに鞄に入れた。
「大丈夫?」
「きつい」
答えると恭子が苦笑いを浮かべる。恭子にとっては全然なんてことないのかもしれないけど、私はすごくきつい。汗かいてきちゃった。
「ちょっと体力なさすぎ?」
「なさすぎなねえ」
そうだよね。標準以下なのはわかってる。そもそも私のこの体つき見てもらえばすぐわかると思うけど。ちびで痩せっぽちだし。
恭子が私の手を取った。
「ほら、もうちょいじゃけえ」
私の手を引いて歩いてくれる。気持ちは凄く嬉しいけど、私、手汗かいちゃってるのが気になる。恥ずかしい。私は短くうん、とだけ答えた。
そこからさらに坂を登って階段を登って、ようやく公園に辿り着いた頃には私は汗だくになって息を切らしていた。途中、歩きながら、恭子の苦笑いがどんどん苦くなっていくのがわかった。そんなに? って心の声が聞こえた気がした。
「ほら、着いたよ。うん、やっぱしええ感じなよ」
「うん……」
花がどうこうよりとにかくきついや。しんどすぎて花とか景色とか見てる余裕が……。
恭子が私の顔を覗き込んでくる。
「なんか中学の時より体力落ちとらん?」
「どうだろ……」
まあ日頃運動とか一切してないしなあ。少なくとも増えてることはまずないよね。
「ほら、たちまち座ろっか」
ベンチまで手を引いて連れて行ってくれる。私が座ると水筒を渡してくれた。
「ありがと……」
お茶を飲むとやっとちょっと落ち着いたや。冷たいのにしといてよかった。
改めて周りを見回してみる。ああ、確かにここ、桜綺麗。それに遠くまでよく見える。あんまり人いないのは坂のせいだよね。穴場っぽい感じなのかな。
高いところだからなのかな、風が結構吹いてて気持ちいい。
「落ち着いたらもうちいと歩く?」
「えっ?」
「ここ、散歩もできるけえ」
「私、帰れなくなっちゃわないかな?」
「く、下りなら大丈夫じゃろ」
すっごい苦笑い。今日は引かれてばっかり。でもうん、どうなんだろ。恭子が体力ありすぎるだけで、私は体力ないにしても、そんなひどくはないんじゃないのかな?
「まあちょい花の見やすいとこ行こうや。ご飯もそこで食べようや」
「うん、それぐらいなら」
水筒を片付けて鞄を持つと、恭子の後ろをついて歩く。恭子には割とすぐに良さそうな場所を見つけた。
「ここでいいかな?」
「うん、いいと思う」
鞄からシートを出して広げると、二人でそこに腰を下ろした。うん、凄くいい。桜の木の真下じゃなくて真正面なのが、首が疲れなくていい。
水筒とお弁当も取り出す。
「もうご飯食べちゃう?」
「ほうじゃね、食べようか」
大きい方のお弁当を渡す。蓋を開ける。
「うわ凄っ」
うん、かなり豪華にしたよ。超自信作。下手なお店のより見栄えするんじゃないかな。
「気合入れて作ったよ。気合入れすぎてへばっちゃったけど」
「ほいで寝とったんじゃねえ」
「あれはちょっと油断しちゃって」
「よう寝る子なもんねえ」
「うん。暇なら寝ちゃうからね。それより食べてみてよ」
「うん、いただきます。うん、ぶち美味しい」
うん、よかった。そう言ってもらえて何よりだよ。
「あ、これすごい。ぶち好き」
「それ? そんな気に入った?」
「うん、なんか凄いハマる味」
そっかそっか。ほぼほぼ何でも美味しいって言ってくれるけど、そこまで気に入ってもらえるのは嬉しいなあ。
「じゃあもっと食べて。はい」
自分のお弁当からそれを取り、あーんってする。恭子は一瞬動揺したように見えたけど、すぐそれを食べてくれた。
「もっといっぱい入れとけばよかったね。残ってたの、朝ご飯のおかずにしちゃったや」
「大丈夫よ。気にせんといて。ほいでもこれまた作って」
「うん。わかった」
「じゃあこれ最後。はい、あーん」
「んあ」
恭子は鳥の雛みたいに口を開けたので、私はそれを口の中に入れてあげる。
「やっぱ美味しいわこれ。いや、全部美味しいけどさ」
「うん、ありがと」
私の二倍ぐらいあったお弁当を先に食べきって、彼女は空になった弁当箱を片付けた。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
「来年さ、クラス替えないの知ってる?」
「そうなんだ」
「うん。十二年連続でおんなじクラス確定」
「凄いよね。ほんとにこんなことあるんだね」
「狙うたは狙うたけどね。ほいでも物凄い確率じゃあ思うんよねえ」
ようやく私も食べ終わって、小さくごちそうさま、といってから弁当箱を片付ける。
「嬉しいことなよね」
「うん、ずっと恭子と一緒にいれて嬉しい」
「うちもなよ」
けど、あと二年。それで間違いなくおしまい。本当はもっとずっと一緒に。ううん、何でもない。私には無理だろうし。
ちょっとそれ言わないで欲しかったかも。おんなじクラスなのは嬉しいけど、なんかもう二年後のこと考えちゃうから。
泣きそうだけど泣かないでいられるのは、まだ二年あるからなのかな。
私はどうしたらいいんだろ。猛勉強して恭子とおんなじ大学なんて、できると思えないし、できてもついていけると思えないし。モチベーションがどうしてもね。
うん、ちょっとちゃんとじっくり考えないとなあ。考えたくなくて、先延ばしにしてばっかりだけど。
「二年かあ」
「うん、ほうじゃね」
恭子はどう思ってるんだろう。気になるけど、それを聞く勇気は私にはなかった。
家に帰って服を着替える。汗臭い。
一緒にいて汗臭いって思われなかったかな? 恥ずかしい。




