一年目二月 甘い声をもっと聞かせて
恭子は髪の毛よわよわなのはいつかちゃんと書きたいと思ってた。
そして攻めの姿勢を覚えた小春は押せ押せでいくようになったよ。
その日私は、カレンダーにつけられた花丸を眺めていた。それは恭子の誕生日を示す花丸。自分の誕生日のは彼女が書いたけど、こっちは私が自分でちゃんと書いた。
恭子の誕生日があって、そのあとすぐバレンタインもある。恋する乙女の三大イベントのうち二つがいっぺんに来るようなもの。
というわけでちょっと気合入れないとだ。恭子の誕生日のお料理とケーキを作って、チョコは色んな人に配る分も作るから、それの準備も一緒にしないとだ。作る段階までいっちゃえばいいんだけど、どうしても準備段階であわあわしがちだから。
そもそも実はケーキとかお菓子って、そこまで得意じゃないんだよね。普段のお料理って目分量と感覚でざっくり作ること多いから、計量とかきっちりしないといけないのってちょっと苦手。だからどうしてもお菓子を作るこの時期は大変になっちゃう。勿論楽しいし好きでやってるんだけどね。別に義務感とかじゃなくって。普通のお料理でもきっちり計量しないといけないのもあるし。基本完全に目分量とカンで勝負できるから和食が一番得意。
そもそも恭子、誕生日って何か食べたいものとかあるのかな。恭子の好きなものとか作ろうと思っても、恭子割と何でもうまいうまいって食べるし。
あとはそうだ、プレゼント。今のうちにプレゼント何にするか考えとかないとだ。考えてたヘアアクセはクリスマスに使っちゃったし。あれはすごく良かったけど。観覧車でのことなんか、思い出すだけで顔がにやけそうになる。
とりあえずご飯何にするか決めとかないとかな。もう、先に聞いちゃおう。
『誕生日、好きなもの作ってあげるから何がいいか考えといてね』
『ほいじゃああの前作ってくれたサラダ食べたい。あのサイコロみたいな』
『オリヴィエサラダかな?』
『ああ、そう。それそれ』
『いいよ』
前に本で見て真似して作ってみたやつだ。あれそんな気にいったんだ。まあうん、いいけど。じゃあまあ後は何か適当に考えとこ。あ、そういえば前に食べたいって言ってたやつあったし、それ作ろうかな。それなら新しい道具欲しいなあ。うーん、たまには、やり返しちゃおうかな。
『ところで明後日デートしよ』
『ええよ』
返事が早いなあ。まあこの流れも三回目だしね。さすがにこの時期なら誕生日のあれこれってわかってるだろうし。
そこで誕生日プレゼントも選ぼう。一気にできるっていいなあ。
『じゃあちょっと日曜日に。あ、日曜朝ご飯うちで食べてく?』
『食べる』
『じゃあ七時半ぐらいに来て』
『わかった』
そこで一度携帯電話を置いた。一回ちょっと、買うものとかしっかり整理しとこ。携帯電話で色々調べながら、必要な物を書き出していく。
思ったより色々買わないといけないや。デートどころか恭子、荷物持ちになっちゃいそう。謝っとかないとなぁ。
本当に甘えてばっかりで申し訳ないや。
日曜の朝。二人分の朝食を準備していた。荷物持ちさせちゃうし、せめてものお詫びにちょっといいの作ろうかなって。
あ、玄関が開く音した。恭子来たんだ。早いなあ。まだご飯できてないや。あ、クリスマスプレゼントどっちも着けてくれてるや。うへへ。
「おはよう」
「おはよ。アクセ似合うね。かわいい。来るの早いね、ごめんね、まだご飯できてないよ」
「ありがと。ええんよ。暇じゃったけえ早う来ただけなけえ。待ち合わせと違うて小春絶対おるしね。お喋りして時間潰しゃあええんじゃけえ」
「そっかそっか」
椅子に座った恭子の前に、あったかいお茶を置く。お箸と漬物もテーブルに置いた。
「食べててもいいからね」
「ありがと。うわ、おいし。これどこのメーカーの?」
「それ、私が作ったよ。前に漬物がー、って言ってなかったっけ。最近思い出して、試しにやってみたの」
「ついに漬物にまで手え伸ばし始めたんね」
「まだお試しだけどね。意外と時間も手間かかるからあんまり作れないかなあ」
用意できてる物から順に、どんどん恭子の前に置いていく。
「ご飯、おかわりもあるから」
「ありがとー」
全部運んで、自分の分も運ぶ頃には恭子はご飯のおかわりを注ごうとしていた。ほんと朝からよく食べるなあ。
「食べ終わったら先に部屋行っててくれる? お皿そのままでいいから」
「うん、わかった」
彼女は先に食べ終わって部屋に戻っていく。私も食べ終わると洗い物を済ませてから部屋に戻った。
まだ八時にもなってない。さすがにちょっと早すぎるかな。うーん、まあもう着替えといていいかな。まだ寝間着だったし。
軽く化粧をしてから服を着替える。
「相変わらずかぼちゃパンツ履いとるんじゃね」
「ドロワーズって言ってよ。あったかいんだよ、これ」
「薄げに見えるのにねえ」
「実は結構凄いよ」
「そうなん?」
恭子が近寄ってきて、スカートをめくった。
「ちょっと、当たり前のようにめくらないでよ」
「今更でない?」
「今更なのはわかるけど、うーん、なんかいやだなあ」
「それはごめんね。あ、ほんま。結構しっかりしとるねえ」
ごめんね、なんていいつつ止める気はないみたいで、むしろドロワーズの生地を触り始めた。まあうん、そうだろうとは思ってたけどね。
「特にこれ冬用だからね。案外凄いよ」
スカートを直してから私も恭子の隣に座った。
「夏用とかもあるん?」
「あるよ。ていうか夏にこれ履いたら熱中症で死んじゃう」
「かぼちゃパンツ怖っ」
「ドロワーズだってば。それより九時ぐらいになったら出よっか」
「ほいほい」
多分覚えてないね、これ。
駅ビルに着いて、真っ先に私は言った。
「誕生日プレゼント、何欲しい?」
「直球じゃねえ」
「だってわかんないんだもん。元々はね、誕生日プレゼントヘアアクセにしようと思ってたんだけどね、クリスマスにしちゃったから。もうノープランで。恭子あんまアクセとか使わなさそうだし」
「まあそうじゃね。あんましアクセとかそういうんはせんと思うかねえ」
「だからさ、何がいいのかもう聞いちゃえって思って」
「ほいならもうちょいヘアアクセ欲しいかな」
自分の髪に着いたヘアアクセを触りながら、恭子は言った。
「これのおかげで鬱陶しい髪の毛が鬱陶しゅうないなったけえね」
「そっかそっか。それじゃあそれ買ったお店行こっか」
正直あれで良かったのかって思ってたから、本当に良かった。そんな風に思ってくれてるなんてね。そういうの聞く機会なかったから嬉しい。
「ほいでね、折角じゃけえ似合いそうなん選んでくれる?」
「うん、わかった」
私が頷いたのを見て、彼女は私の手を取った。
「ほいじゃあ行こうか」
「うん」
お店に移動してから、似合いそうなのをいくつかピックアップして、色々試してもらう。
「長いから色んな髪型できていいよね」
「髪切るのが嫌いなだけなけどね。うん、こうゆうんすりゃあ邪魔にもならんでええね。うちに続けれるかはわからんけど」
「慣れれば当たり前になるんじゃない? 今日あれするからあの髪型にしとこー、みたいに」
「ああ、うん、そっか、慣れか」
「毎日のことだし、すぐ慣れるよ。それにさ、折角なら私も色々見たいしね」
「そっかー。ちょっとやってみようかねえ」
髪の毛をいじりながら彼女はそう言うと、改めて色々試し始めた。
結局前髪と後ろ髪の分を一つずつ買った。どれがいいか二人でせーので選んだら、一致してちょっと嬉しかった。
他にも料理に使いたい道具とか材料とかを色々買って、その日はそれで家に帰った。
家に帰って、荷物を開ける。今日も恭子が殆んど持ってくれた。優しい。非力だから本当に助かっちゃう。
「割と買うたねえ。この鉄串とか何に使うん?」
「それは当日のお楽しみだよ」
「まあ何が出てきても美味しいけえええけど」
「そもそも恭子の嫌いなのとか基本出さないか、わからないようにしてるしね」
「そうよねえ。ほんま助かるよ」
色々しまうために棚を開けると、恭子が後ろから覗き込んできた。
「何これ? 見たことないんが山ほど。全部調理器具なん?」
「そうだよ。言っとくけど、見たことなくてもそれで作ったの食べてるからね?」
「はー。どれで何作ったんじゃろ」
恭子は感心したように息を吐いた。棚いっぱいの調理器具はコレクションとかじゃなくて全部実用品。勿論あんまり使わないのとかはどうしてもあるけど。
片付け終わると、簡単だけど昼食を作って二人で食べて、部屋に戻る。いいこと思いついた。
「ねえ恭子、座って」
「うん? どしたん?」
そうは言っても素直に座ってくれる。私はさっき買ったヘアアクセを取り出す。
「触るよ」
恭子の髪に触れる。
「ひゃっ!」
あ、可愛い声。甘ったるい声。ほんと弱いんだなあ。でも気にせずに続ける。
「んぅ、ふぅ……っ。ちょ、ねえ、あっ、小春、こそばいいよ……」
「もうちょっと我慢だよ」
髪をアレンジする手を動かしながら、そう答えた。
「ぁっ……ちょいなんか、はっ、小春、目付きが……っ」
うん、申し訳ないけどちょっと楽しい。
「あっ、やあっ!」
ほんとすっごい声出すなあ。その甘い声、もっと聞かせて欲しい。
「んっ、んぅっ、あっ」
最後に髪留めで束ねておしまい。変形ハーフアップ。
「できたよ。誕生日にはちょっと早いけど、今日プレゼントしちゃう。当日はご飯とカードだけになっちゃうけどね」
「……あー、うん……」
「ほんとに敏感なんだね。それは髪切るのも嫌がるよねえ」
「ほうなんよ。我慢するんしんどうて。今は小春と二人なけえええけどさあ」
あー、くすぐったいのも嫌だけど、それよりもそれを我慢しないといけないのが嫌なんだ。
「ほいじゃけど小春、何でこんなんできるん? 小春髪の毛ずっと短いよねえ?」
「豚肉とか結んだりしてたからかな?」
「チャーシューじゃないんじゃけえ」
「でもうん、かわいくできたよ。ほら」
鏡を見せると彼女は苦笑いを浮かべた。
「うちがこんなんでええんかねえ」
「可愛い方がいいんじゃない? 私はいいと思うよ」
「うーん、ほいならええけど」
とはいえ何か違和感でもあるのか、しきりにうんうんと唸っている。かわいいのは似合わないとか、かっこいい系じゃないと、とか思ってたりするのかな? かわいいのにねえ。
「もっと別の髪型にしてみる?」
「いや、ええよ。あとは自分で研究してみるけえ」
困ったように笑いながら、彼女は手を振ってみせた。あの声も、我慢してるところも可愛いのに。
「小春、なんか目が怖いよ?」
「そんなことないでしょー」
そんなことないよねえ。たぶん。
「あ、そうだ。今日夜ご飯どうする?」
「夜はちょっと外食の予定なんよ。お父さんがスシ食べたい言うてねえ」
「あ、そうなんだ。珍しいね、外食」
恭子が外食って殆んどしてない気がするんだけどなあ。うちもだけど。うちは私が作っちゃうからなあ。
「お父さんがねえ、小春が作れるもんは他の店行くより小春に小遣いあげて作ってもらうほうがええ言うとるんよ、家では。ほいじゃけどさすがに作れんもんは食いに行くしかない言うとってねえ」
「握り寿司だよね。できるよ? 作ろうか?」
「ええ……」
恭子は散々悩んだ末に、さすがに急過ぎて申し訳ないし、次はお願いするかも、と答えた。
誕生日には、骨付きの鶏腿肉の炭火焼きを作った。帰省した時に食べたお店のがまた食べたいって言ってたから、真似して。私それ食べたことないからなんとなくだけど。
恭子には、もうこれがないと生きていけん、と言われた。大袈裟。
恭子のお父さんには、一本千円払うても惜しゅうない、と言われた。大袈裟。
バレンタインにはオランジェットを作って配りまくった。お金払うからもっと売ってくれ、と言われた。みんな大袈裟。
普通なのにねえ。




