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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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3/20

金貨三百枚の代わり

「こっちです!」


少女に手を引かれながら、夜の街を走る。

少女の名前はミア。それだけは、診療所を出る前に聞いていた。母親の名前は知らない。聞いても教えてくれなかった。そんな余裕がなかったのだろう。


「あとどれくらいだ?」


「すぐです!」


ミアは必死に走っている。何度も転びそうになりながら、それでも立ち上がる。俺はその背中を見ながら、少しだけ歩く速度を落とした。患者の家に着いたのは、それから十分ほど経った頃だった。

古びた木造の家。扉を開ける。


「お母さん!」


ミアが中へ飛び込んだ。俺も続く。部屋の奥。粗末なベッドの上に、一人の女性が横たわっていた。

顔色は悪い。胸は動いていない。すでに死んでいる。


「いつ死んだ?」


「分かりません……」


「最後に息をしていたのは?」


「私が帰ってきたときには、もう……」


「何時だ?」


「一時間くらい前です」


一時間。それなら、まだ間に合う。俺は女性の身体に触れた。冷たくなり始めている。死後硬直もまだ始まっていない。

俺は目を閉じる。魔力を流す。魂の痕跡を探す。


「……いた」


ミアが顔を上げる。


「お母さんは……?」


「魂は残っている」


「じゃあ……」


「ああ」


俺は頷いた。


「まだ蘇生できる」


ミアの目に涙が浮かんだ。


「お願いします!」


「ただし、勘違いするな」


俺は女性の身体を見る。


「これは治療じゃない」


「……?」


「この身体はもう死んでいる」


俺は手をかざした。


「使えない」


ミアが息を呑む。


「じゃあ……」


「新しく作る」


俺は魔力を集中させた。女性の身体が淡い光に包まれる。ミアが不安そうに見つめている。


「何をするんですか?」


「魂を抜く」


「でも……」


「もう死んでいる」


俺は淡々と答える。


「だから問題ない」


「……」


「それに、魂が残っているなら俺は治療できる」


俺は女性の胸へ手を置いた。


「《魂魄離脱》」


光が身体から抜け出した。魂が現れる。女性の姿をした魂。目を閉じたまま、空中に浮かんでいる。もちろん、何も話さない。

俺は魂を見つめる。そして、すぐに違和感に気づいた。


「……なるほど」


「どうしたんですか?」


「病気だ」


「お母さんが?」


「ああ」


魂の中に、黒い斑点が広がっている。心臓。肺。肝臓。腎臓。複数の臓器に異常がある。

だが、もっとも問題なのは魂そのものだった。病気によって長い時間をかけて肉体が蝕まれ、その情報が魂にも刻まれている。このまま肉体を再構築すれば、病気まで再現される。


「かなり長い間、病気を患っていたな」


「……はい」


ミアが答える。


「ずっと病気でした」


「病名は?」


「分かりません」


「医者には?」


「お金がなくて……」


俺は黙った。なるほど。治療を受けられないまま、病気が進行した。そして死んだ。ありふれた話だ。この国では珍しくない。

俺は魂の状態を調べ続ける。


「病気そのものは治せる」


「本当ですか?」


「ああ」


俺は魂に魔力を流した。


「ただし、身体だけ作っても意味がない」


魂に刻まれた病気の情報を一つずつ取り除いていく。

肺の異常。心臓の異常。腎臓の異常。長い年月をかけて染みついた病気を、時間をかけて消していく。

ミアは何も言わず、俺の作業を見ていた。

やがて魂から黒い影が消えた。


「終わった」


「……」


「これで、病気はない」


俺は魂を確認する。問題ない。肉体を作る。俺は魔力を集めた。

骨が生まれる。筋肉が生まれる。血管が生まれる。内臓が生まれる。そして、心臓。

先ほどまで病に侵されていたものとは違う。健康な心臓だ。

そして女性の身体が完成した。俺はその身体を診察する。


「問題ない」


そして魂を重ねる。


「《魂魄定着》」


魂が身体へ吸い込まれていく。しばらくして女性の胸が動いた。一度。二度。三度。肺が空気を取り込む。心臓が動き始める。


「……」


女性の指が動いた。ミアが駆け寄る。


「お母さん!」


女性の目が開く。


「……ミア?」


その声を聞いた瞬間、ミアは母親に抱きついた。


「お母さん!」


「ミア……どうしたの?」


「よかった……」


泣きながら母親の胸に顔を埋める。女性は困惑している。当然だ。彼女には死んでいた間の記憶がない。自分が死んだことも、身体が作り直されたことも、何も知らない。ただ、病気で苦しんでいたはずなのに、身体が驚くほど軽い。


「先生……」


ミアが振り返る。


「ありがとうございました」


俺は頷いた。


「治療は終わりだ」


「お金……」


「そうだな」


ミアの顔が曇る。


「……金貨三百枚ですよね」


「ああ」


「ありません」


「知っている」


「家もありません」


「そうか」


「だから……」


ミアは深く頭を下げた。


「ごめんなさい」


「何がだ?」


「治療してもらったのに、お金を払えません」


俺は少し考えた。本来なら帰す。俺は慈善事業をしているわけではない。

金貨三百枚という治療費を設定しているのには理由がある。魂魔法は極めて危険だ。患者の魂を抜き、肉体を再構築する。失敗すれば本当に取り返しがつかない。だからこそ、治療にはそれだけの価値がある。

しかし。俺はミアを見る。小さな身体。痩せた腕。穴の開いた靴。母親も、どう見ても金貨三百枚を払える人間ではない。


「分かった」


「……え?」


「今回は金を取らない」


ミアが目を丸くした。


「本当に?」


「ああ」


「どうして……?」


「代わりに仕事をしろ」


「仕事?」


「俺の診療所で働け」


ミアが固まる。


「私が……?」


「掃除。洗濯。薬品の整理。食事の用意。それくらいはできるだろ」


「できます!」


即答だった。


「明日から来い」


「はい!」


ミアは涙を拭きながら頷いた。母親が申し訳なさそうに頭を下げる。


「本当に……ありがとうございます」


「礼はいらない」


俺は二人を見る。


「金貨三百枚分、しっかり働いてもらうだけだ」


「はい!」


ミアが笑った。その顔を見て、俺は診療所へ戻ろうとした。だが。


「先生」


母親が俺を呼び止めた。


「なんだ?」


「一つだけ、聞いてもいいでしょうか」


「答えられることなら」


女性は自分の胸に手を当てる。


「私の病気は……どうやって治したんですか?」


俺は少し黙った。そして答えた。


「秘密だ」


「……そうですか」


「知らないほうがいい」


女性は不思議そうな顔をした。俺はそれ以上何も言わず、家を出た。外へ出ると、夜風が吹いていた。


「魂魔法」


誰にも知られてはいけない力。知られれば、俺は医者ではなく犯罪者になる。この国では、魂への干渉は禁忌だ。ましてや、人間の魂を抜き取って肉体を作り直すなど。まともな人間から見れば、死者を弄ぶ邪法としか思われないだろう。だから俺は、表の世界では医者になれない。それでも構わない。

患者が来る。俺は治す。金を払えるなら金を取る。払えないなら、別のものをもらう。それだけだ。

そう思って診療所へ戻った。


翌朝。診療所の扉を開けると、ミアが立っていた。


「おはようございます!」


「早いな」


「今日から働くので!」


「まず掃除をしろ」


「はい!」


ミアは嬉しそうに箒を持った。俺は診察室へ入る。机の上には、昨日の治療費として受け取った金貨三百枚が置かれている。それを眺めながら、今日も暇だろうと思った。


だが、昼を過ぎた頃、扉が叩かれた。


「先生、患者です!」


ミアの声。


「入れ」


扉が開く。入ってきたのは、見慣れない男だった。

黒い外套。腰には剣。その身体からは、隠しきれない殺気が漂っている。そして男は、左手で右目を押さえていた。


「……ここが、どんな傷でも治す闇医者の診療所か?」


「ああ」


「俺の目を治してほしい」


「見せろ」


男が手を離す。右目は潰れていた。ただの外傷ではない。俺は目を細めた。


「これは……」


目の奥。神経。そして魂。すべてに異常がある。俺は男を見る。


「お前、誰にやられた?」


男は答えなかった。代わりに懐から袋を取り出す。机の上に置く。


「金貨五百枚」


「……」


「これで足りるか?」


俺は袋を開けた。確かに金貨が入っている。


「十分だ」


「なら頼む」


男は椅子に座った。俺は彼の右目を見る。


「治療はできる」


「そうか」


「ただし、一つ問題がある」


「なんだ?」


「お前の目を潰したものは、普通の武器じゃない」


男の表情が変わった。


「分かるのか?」


「ああ」


俺は男の魂を見る。そして、そこに刻まれた異常を見つけた。右目から魂へ伸びる、奇妙な傷。まるで何かが魂そのものを切り裂いたような傷だった。


「これは……魂を斬る武器だ」


男が黙り込む。


「知っているのか?」


「ああ」


俺は椅子から立ち上がる。


「だから面白い」


男が息を呑む。


「お前の目を治すには、まず魂そのものを修復する必要がある」


そして俺は手を伸ばした。


「治療を始めるぞ」


その日、俺の診療所に初めて――

魂そのものを傷つける武器によって傷ついた患者がやってきた。

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