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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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2/20

右腕の値段

夜も深くなった頃、診療所の扉が開いた。

入ってきたのは、三十代ほどの男だった。左手で右肩を押さえている。その先にあるはずの右腕は、肘から先がなかった。


「そこに寝ろ」


「……ああ」


男は素直に診察台へ横になった。顔色が悪い。出血は止血処置によって抑えられているが、呼吸は浅い。


「腕を失ったのはいつだ?」


「半日前だ」


「原因は?」


「魔物に食いちぎられた」


「魔物の種類は?」


「黒牙狼」


黒牙狼。大型の狼型魔物で、牙に神経毒を持つ。噛まれた人間は傷口から毒が入り、手足の感覚を失う。その後、毒が全身に回れば死ぬ。


「右腕以外に傷は?」


「ない」


「そうか」


俺は男の身体を診察する。傷口そのものに問題はない。だが、男の顔色が妙に悪い。右腕を失ったことによる失血だけなら、ここまで衰弱するのは少しおかしい。


「三日前から右手に痺れはなかったか?」


男が目を見開いた。


「……あった」


「指先から始まったか?」


「ああ」


「徐々に広がった?」


「そうだ」


「なら、魔物に襲われる前から毒に侵されていたな」


「そんな……」


男の顔が青ざめる。


「右腕を失ったから毒がなくなったと思っていたか?」


「……そうだ」


「残念だが、黒牙狼の毒は魂にまで作用する」


俺は男の肩を見る。


「すでに魂へ侵食している」


「魂に……?」


「ああ」


男は唾を飲み込んだ。


「それも治せるのか?」


「治せる」


「本当に?」


「俺のところに来たんだから、それくらいは期待しているんだろう?」


「……ああ」


男はしばらく黙っていた。そして、意を決したように尋ねる。


「いくらだ?」


「金貨三百枚」


男の顔が固まった。


「……三百?」


「金貨三百枚」


「冗談だろ?」


「冗談を言っているように見えるか?」


男は黙り込んだ。この国では、金貨一枚あれば庶民がしばらく暮らせる。金貨三百枚ともなれば、普通の人間が簡単に払える金額ではない。


「高すぎる」


「なら正規の医者へ行けばいい」


「右腕を元通りにできるのか?」


「無理だろうな」


「……」


「俺ならできる」


俺は椅子から立ち上がった。


「だから三百枚だ」


男は拳を握った。


「払う」


「そうか」


「家を売る。それでも足りなかったら、借金してでも払う」


「治療が終わってから考えろ」


俺は男の胸に手を置いた。


「これから魂を抜く」


男の表情が強張った。


「それをやったら……死ぬんだろ?」


「ああ」


「本当に死ぬ?」


「死ぬ」


「……怖いな」


「目が覚めたら治療は終わっている」


「その間のことは?」


「何も覚えていない」


男は目を閉じた。


「分かった。頼む」


「では始める」


俺は魔力を集中させた。


「《魂魄離脱》」


光が男の身体から抜け出す。瞬間。男の肉体から完全に生命が失われた。

心臓が止まる。呼吸が止まる。脳の活動も止まる。

男は死んだ。だが、俺の前には一つの魂が浮かんでいる。俺はそれを両手で包み込む。


魂魔法。俺が持つ唯一のスキルにして、俺が医者として生きていくための力。魂には、その人間の肉体情報が刻まれている。

骨格。筋肉。臓器。血管。神経。脳。そして、現在の肉体がどういう状態だったのかという情報まで。


俺は魂の内部を調べる。右腕の欠損。黒牙狼の毒。そして、それによって生じた神経系の異常。


「やはりな」


毒はすでに右腕だけの問題ではない。魂の一部にまで侵食している。このまま肉体を再構築すれば、同じ毒を持った身体が完成してしまう。だから先に魂を治療する。

俺は魂に魔力を流した。黒く染まった部分を少しずつ取り除いていく。慎重に。ほんの少しでも魂そのものを削れば、肉体を再構築したときに重大な欠陥が生じる。魂魔法による治療で最も難しいのは、肉体を作ることではない。魂を傷つけずに異常だけを取り除くことだ。


数十分後。毒の痕跡が消えた。俺は続いて、魂に刻まれた肉体情報を読み取る。

本来の右腕。その形。長さ。筋肉のつき方。骨の太さ。神経の位置。すべてが記録されている。


「これなら問題ない」


俺は魂を空中に固定した。


「肉体再構築」


魔力が診療所いっぱいに広がった。

まず骨格が生まれる。頭蓋骨。背骨。肋骨。骨盤。腕。脚。一本一本の骨が組み上がっていく。

次に筋肉。血管。神経。内臓。肺。心臓。そして脳。最後に皮膚が形成される。

一時間ほどかけて、一人の人間の肉体が完成した。先ほどまで診察台に横たわっていた男と、まったく同じ姿。ただし。失われていた右腕がある。俺は完成した肉体を診察する。

心臓、正常。肺、正常。神経、正常。

右腕、問題なし。

そして最後に、魂を肉体へ重ねる。


「《魂魄定着》」


魂が肉体へ吸い込まれていく。しばらくして、男の胸が上下した。心臓が動き始める。呼吸が戻る。


「……う」


男が目を開けた。


「ここ……は……」


「俺の診療所だ」


男はぼんやりと周囲を見る。


「俺は……」


「治療した」


男が身体を起こす。そして右手を見る。


「……腕」


右腕がある。男は何度も指を動かした。

握る。開く。手首を回す。肘を曲げる。何の問題もない。


「本当に……」


男は右腕を抱きしめるようにして呟いた。


「生えてる……」


「元々あったものを作り直しただけだ」


「どうやって……」


「説明しても理解できないだろう」


「そうかもしれない」


男はしばらく右腕を眺めていた。やがて、俺を見る。


「治療費は?」


「金貨三百枚」


男の顔が引きつった。


「……やっぱり三百枚か」


「当然だ」


「もう少しまけてくれないか?」


「嫌だ」


即答した。


「俺は右腕を一本作っただけじゃない。お前の全身を一から再構築した。しかも魂に侵食した毒まで除去した」


「分かってる」


「なら払え」


男はため息を吐いた。


「分かった」


懐から袋を取り出す。


「これで全部だ」


机の上に、金貨が積まれていく。一枚。二枚。十枚。五十枚。百枚。

男は途中で手を止めた。


「……三百枚、確かにある。最初から持っていたんだな」


俺は一枚ずつ確認する。偽造品はない。


「確かに三百枚だ」


「これでいいな?」


「ああ」


「じゃあ、帰る」


男が立ち上がる。そして扉の前で振り返った。


「先生」


「なんだ」


「俺は、先生のことを悪い医者だと思っていた」


「今もそう思っているだろ」


男は苦笑した。


「いや」


右腕を見ながら言う。


「少なくとも俺にとっては、最高の医者だ」


「そうか」


男はそれ以上何も言わず、診療所を出ていった。

俺は机の上の金貨を見る。三百枚。悪くない。

俺は医師免許を持っていない。表の医療機関にも所属していない。治療方法は禁忌。治療費は法外。それでも患者は来る。治せない人間がいる限り、俺の仕事はなくならない。

そう思っていた。


だが翌日の昼。俺の診療所に、一人の少女がやってきた。一人だった。服装は粗末。靴も泥だらけ。手には何も持っていない。

少女は診療所の扉を開けると、俺の前まで歩いてきた。そして深々と頭を下げた。


「先生……」


「患者か?」


「はい」


「どこが悪い?」


少女はしばらく答えなかった。やがて、小さな声で言った。


「私じゃありません」


「では誰だ?」


「お母さんです」


「母親はどこにいる?」


「……家に」


「連れてこい」


少女はうつむいた。


「連れてこられません」


「なぜ?」


「もう……動けないから」


「なら運べ」


「それも……無理です」


少女は唇を噛んだ。そして震える手を握りしめる。


「治療費……」


「金貨三百枚」


少女の顔から血の気が引いた。


「……そんなお金、ありません」


「そうか」


「お願いします」


「金がないなら治療はできない」


少女が顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。


「お願いします……」


俺は少女を見る。


「ここは慈善診療所じゃない」


「……はい」


「金を払えないなら、帰れ」


少女は何も言わなかった。ただ、深く頭を下げた。そして診療所を出ていく。俺はその背中を見送った。別に珍しいことではない。

俺の治療費は高い。金貨三百枚。普通の人間には払えない。だから俺のところへ来る患者は、金を持っている者か、どうしても他に治療方法がない者だけだ。

それでいい。俺はそう思っていた。


ところが、その日の夜、再び扉が叩かれた。


「先生……!」


昼間の少女だった。息を切らし、泥だらけになっている。


「どうした?」


「お母さんが……」


少女は涙を流しながら言った。


「お母さんが、死にました」


俺は黙った。少女は震える声で続ける。


「お願いします……」


「……」


「お金はありません」


「……」


「それでも、お願いします」


俺は少女を見る。そして初めて気づいた。この仕事を続けていれば、いつか必ずこういう患者が来る。金を払えない。正規の医者にも行けない。それでも、俺なら治せる。

俺は椅子から立ち上がった。


「母親のところへ案内しろ」


少女が顔を上げる。


「……え?」


「急げ」


「でも……お金が……」


「治療費の話は後だ」


俺は診療所の扉を開けた。


「死んだばかりなら、まだ間に合う」


少女は泣きながら頷いた。俺は診療所を出る。

この夜。俺は初めて、金貨では買えない患者を診ることになった。

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