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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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19/20

最後の患者

白い。何もない。音もない。光すらない。俺は、自分の魂の中にいた。目の前には、巨大な魂が浮かんでいる。

いや。巨大に見えているだけだ。これは俺自身の魂。千年以上生き続けてきた俺の、すべてだった。


「……ひどいな」


思わず呟く。

身体の情報は正常。心臓も、肺も、脳も問題ない。だが、魂は違った。無数の傷が刻まれている。

古い傷。新しい傷。修復された痕跡。自分で無理やり繋いだ跡。そして、その中心に巨大な黒い亀裂があった。


「これが……」


俺は亀裂に触れる。その瞬間、記憶が流れ込んできた。

千年前。白い塔。研究室。俺。そして、ベッドの上で眠っているリゼ。


「先生……」


当時のリゼが弱々しく笑っている。


「私、助かるの?」


俺は答えられなかった。まだ魂魔法は完成していなかった。

肉体は作れる。魂も保存できる。だが、死にかけた魂を完全に戻すことだけができなかった。


そして。リゼは死んだ。


「……」


俺は目を閉じた。その光景は、何度見ても慣れない。俺はその後、魂魔法を完成させた。だが、間に合わなかった。だからリゼの魂を探した。


見つけた。だが、魂は欠けていた。俺はそれを修復しようとした。

何度も、何度も、失敗した。そのたびに魂は壊れた。それでも諦めなかった。

そしてある日、俺は気づいた。魂を修復するのではなく、魂が壊れる前に、すべてを保存すればいい。人間の魂を。記憶を。身体の情報を。全部。

そのために作ったのが、魂のネットワークだった。


「……最初から、間違えていたわけじゃない」


俺は呟いた。

最初は、本当に人を救いたかった。一人の少女を救いたかった。だが一人を救えなかった。

だから次は百人。百人を救えなければ千人。千人を救えなければ国。国を救えなければ世界。

いつの間にか。


「救うこと」が目的ではなくなっていた。


「失わないこと」が目的になっていた。


俺は黒い亀裂を見る。そこには、無数の黒い線が繋がっている。国中の魂へ。その先には世界中へ。さらにその先には、俺が知らない場所へ。


「これが代償か」


俺は理解した。

魂魔法は、何でもできる魔法ではない。魂を救うたびに。魂を作るたびに。俺自身の魂にも、その患者の情報が少しずつ刻まれていた。

俺は千年以上。数え切れないほどの人間を救ってきた。そのすべてが俺の魂に残っていた。俺の中には、何万人もの人間の痕跡がある。だから俺は死ななかった。死ねなかった。俺の魂が、一つの人間の魂ではなくなっていたからだ。


「……なるほど」


俺は笑った。


「俺自身が、最初の魂のネットワークだったわけか」


背後から声がした。


「そうだ」


振り返る。


そこには、もう一人の俺がいた。


「お前が人を救うたびに、その情報はお前自身に蓄積された」


「だから千年生きた」


「そうだ」


「そして俺が記憶を捨てたあと、お前はその情報を使ってネットワークを作った」


「ああ」


「つまり」


俺は男を見る。


「俺を殺せば、このネットワークは全部消える」


男は黙った。それが答えだった。


「……そういうことか」


俺は理解した。

この国を救うだけでは足りない。ネットワークを壊すだけでも足りない。俺自身が核になっている。俺が存在する限り、魂魔法は世界に繋がり続ける。


「だからお前は俺を最後の患者と呼んだんだな」


「ああ」


男は頷く。


「お前自身を治療できなければ、すべては終わらない」


「なら、簡単だ」


俺は自分の魂へ手を伸ばす。


「治す」


「できない」


「なぜだ」


「お前の魂には、お前が救ってきたすべての魂の情報が混ざっている」


「なら分ける」


「それをやれば、お前は千年以上積み重ねてきたものを失う」


「記憶を?」


「それだけではない」


男は静かに言った。


「力も」


俺は自分の魂を見る。これまでのスキル。覚えた魔法。身につけた知識。積み重ねてきた経験。そのすべてが、俺の魂に刻まれている。

それを切り離せば。俺は普通の人間になる。


「……それなら」


俺は笑った。


「別に構わない」


男が目を見開いた。


「何?」


「医者に必要なのは、世界を滅ぼせる力じゃない」


俺は自分の魂に触れる。


「患者を治す技術だ」


黒い亀裂へ指を入れる。痛みはなかった。ただ、今まで生きてきたすべてが、指先から流れ落ちていく。

魔法。知識。戦闘技術。スキル。千年間の記憶。


その一つ一つが、黒い亀裂から剥がれていく。


「やめろ!」


男が叫んだ。


「それを捨てれば、お前は何も残らない!」


「違う」


俺は首を横に振った。


「残る」


一つだけ。俺が最後まで捨てなかったもの。


「俺は医者だ」


その瞬間、魂が光った。黒い亀裂が消えていく。俺自身の魂から、無数の情報が分離していく。

三十二万八千四百十二の魂。それぞれの魂に、本来あるべき情報が戻っていく。

王。リナ。ヴァルド。エリナ。名も知らない患者たち。これまで俺が救った人間たち。

その魂から、俺が預かっていたものが返っていく。俺の魂が、軽くなる。身体から力が抜ける。魔力が消える。何千年分もの記憶が消えていく。


それでも不思議と怖くなかった。


「先生!」


遠くでリゼの声が聞こえた。

俺は目を開く。白い世界が崩れていく。空が見える。地面が見える。そして俺の前にリゼがいる。


「……大丈夫?」


「ああ」


立ち上がろうとして膝から崩れた。


「先生!」


リゼが支える。

身体が重い。息が苦しい。こんな感覚は、何百年ぶりだろう。

いや。もっと昔だ。人間だった頃以来だ。


「魔力が……ない」


俺は自分の手を見る。

何も感じない。魂魔法も。他の魔法も。何も。


「本当に……全部捨てたの?」


リゼが聞く。


「たぶんな」


「後悔してない?」


俺は少し考えた。そして答える。


「してない」


そのとき。空に浮かんでいた男が、ゆっくりと消え始めた。


「俺も……消えるのか」


「ああ」


「そうか」


男は穏やかに笑った。


「これで、ようやく終われる」


「……お前も俺だったからな」


「いや」


男は首を横に振った。


「俺は、お前が捨てたものだ」


そして最後に。


「でも、お前が俺を否定しなかったことだけは……嬉しいよ」


光が消える。男の姿も消えた。同時に空を覆っていた巨大な門が崩壊した。

無数の魂が、それぞれの身体へ戻っていく。一人。また一人。王国中で、人々が目を覚ましていく。


誰も何が起きたのか理解していない。

ただ。生きている。それだけだった。


俺は地面に座り込んだまま、空を見上げた。

長かった。あまりにも長かった。千年。俺は死を恐れていた。失うことを恐れていた。だから、何でもできる力を手に入れた。

けれど。最後に俺が選んだのは。何もできない自分だった。


「先生」


リゼが俺を見る。


「これから、どうするの?」


俺は少し考える。そして。


「診療所に戻る」


「……それだけ?」


「ああ」


「また闇医者をやるの?」


「金は取る」


「そこは変わらないんだ」


「当然だ」


俺は立ち上がった。身体は重い。魔力もない。スキルもない。千年間の知識も、そのほとんどが消えている。


それでも、一つだけ残っている。


患者を診る。病気を見つける。治療する。それだけなら今の俺にもできる。


俺は歩き出した。

その背後で、最後の魂が、静かに光った。


そして遠い空の彼方。まだ誰にも知られていない場所で、一つの目が開いた。

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