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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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20/20

医者の仕事

朝。窓から差し込む光で、俺は目を覚ました。


「……朝か」


身体が重い。ベッドから起き上がるだけで、少し息が切れる。昔なら、この程度の疲労など感じなかった。千年以上生きてきた身体は、いつの間にか人間の身体に戻っていた。


魔力もない。スキルもない。魂魔法も使えない。俺は自分の手を眺める。何の変哲もない、人間の手だった。


「先生、起きた?」


扉の向こうから声がする。


「起きてる」


「朝ご飯できてるよ」


「分かった」


扉が開く。リゼが顔を出した。


「今日は患者さん、来るかな」


「来るだろ」


「どうして?」


「診療所を閉めてないからな」


「そういう意味じゃなくて」


リゼが笑った。俺は椅子に座る。

机の上には簡単な朝食が置かれていた。以前なら食事など必要なかった。魔力さえあれば、生きていけた。


今は違う。腹が減る。喉も渇く。眠くなる。そして。食べれば美味い。


「……悪くない」


「それ、褒めてる?」


「褒めている」


リゼが笑った。

食事を終えたところで、診療所の扉が叩かれた。


「先生!」


ミアの声だった。


「開いてるぞ」


扉が勢いよく開く。


「大変!」


「何だ」


「患者さん!」


「患者なら診る」


「そうじゃなくて!」


ミアが息を切らしている。


「王都中から患者さんが来てる!」


俺は窓の外を見る。診療所の前には、人が並んでいた。十人。二十人。いや、もっといる。


「……多いな」


「そりゃそうだよ」


ミアが呆れたように言った。


「昨日まで死にかけてた人たちが、みんな先生に診てもらったって話になってるんだから」


「俺が治したことは知られてないはずだ」


「誰が治したかは知らなくても、先生の診療所から生きて出てきた人が大勢いるんだよ」


「なるほど」


俺は立ち上がる。


「じゃあ、診るか」


「待って」


リゼが俺を見る。


「先生、今の身体で大丈夫なの?」


「大丈夫だ」


「魔力もないのに?」


「医者に魔力は必須じゃない」


「でも魂魔法は?」


「もう使えない」


俺は答えた。


「使う必要もない」


リゼは少しだけ寂しそうな顔をした。俺はそれに気づいた。


「何だ」


「ううん」


彼女は笑う。


「ただ、先生が普通の人になったんだなって」


「普通で悪いか?」


「ううん」


リゼは首を振った。


「その方がいいと思う」


診療所の外から、また扉を叩く音がした。


「先生!」


患者の声。


「早く!」


「順番に入れ」


俺は診察室へ向かった。

最初の患者が入ってくる。老人だった。


「先生……」


老人は苦しそうに胸を押さえている。俺は椅子を勧めた。


「座れ」


「はい」


「いつから痛む?」


「三日前からです」


「食事の後に悪化するか?」


「……します」


「熱は?」


「ありません」


俺は脈を取る。胸の音を聞く。目を見る。舌を見る。手を握る。


「胃だな」


「分かるんですか?」


「分かる」


俺は薬を出した。


「これを食後に飲め。三日で改善しなければまた来い」


老人は薬を受け取る。


「いくらです?」


「銀貨二枚」


「……安い」


「普通だ」


老人は何度も頭を下げて出ていった。

二人目。三人目。四人目。患者は途切れない。俺は一人ずつ診察した。

病気を見つける。薬を処方する。必要なら処置をする。

昔とは違う。魂を見ることはできない。身体の中を直接確認することもできない。

それでも、俺は患者を診られる。それで十分だった。


昼を過ぎた頃。ミアが診察室に入ってきた。


「先生」


「何だ」


「外に変な人がいる」


「患者か?」


「分からない」


「なら通せ」


しばらくして、一人の男が入ってきた。

黒い服。長い髪。顔は見えない。


「医者」


「何だ」


「お前に聞きたいことがある」


「患者じゃないなら帰れ」


「そう急くな」


男が顔を上げる。俺は目を細めた。知らない顔だ。だが。妙な既視感がある。


「お前は魂魔法を使えるか?」


「使えない」


「本当に?」


「本当だ」


男は黙って俺を見る。


「では、あの門は?」


「知らない」


「王国中の魂を救ったのは?」


「知らない」


「なら、なぜお前だけが生き残った?」


「俺が聞きたい」


男はしばらく俺を見つめ、突然、笑った。


「なるほど」


「何がだ」


「本当に何も残っていない」


俺は眉をひそめた。


「何者だ?」


男は答えなかった。代わりに、懐から小さな黒い欠片を取り出した。あの黒い金属。ヴァルドが持っていたものと同じだった。


「……それをどこで手に入れた」


「遠い場所だ」


「何のために来た?」


男は黒い欠片を握る。


「確認しに来た」


「何を?」


「魂魔法が、本当に終わったのか」


俺は答える。


「終わった」


「そうか」


男は笑った。


「なら、安心した」


立ち上がる。


「何の話だ」


「そのうち分かる」


男は診療所を出ていった。

俺はその背中を見送る。


「先生?」


リゼが隣に来る。


「今の人、何だったの?」


「さあな」


俺は椅子に座り直した。


「ただの変人だろ」


「……本当に?」


「知らん」


そして、次の患者が入ってきた。


「先生、お願いします」


「座れ」


「はい」


俺は患者を見る。

顔色が悪い。呼吸が少し浅い。手に震えがある。


「いつからだ?」


「昨日からです」


「分かった」


診察を始める。それだけだ。それだけでいい。俺はもう、世界を救わない。死を克服しない。すべての魂を一つにもしない。目の前にいる一人を診る。


治せるなら治す。治せないなら、その理由を探す。金が払えないなら。……まあ、そのときは考える。


「先生」


「何だ」


「助かりますか?」


患者が不安そうに尋ねる。

俺は少し考えた。そして答えた。


「助ける」


それだけ言った。

患者の顔から、少しだけ緊張が消えた。窓の外では、太陽が傾き始めている。

長い一日だった。だが。明日もきっと、患者は来る。


俺は医者だ。それなら、明日も仕事をするだけだ。


――そして。誰も知らない遥か彼方。

黒い空間に、一つの巨大な門が浮かんでいた。

その門の向こう側には、無数の魂が存在している。

しかし、もう、誰もそれらを束ねてはいなかった。


一つずつ。それぞれの場所で。それぞれの命として静かに存在している。


その中心に一つだけ、小さな光があった。

それは魂だった。誰のものかは分からない。だが、その魂には、たった一つの記録だけが残されていた。


――治療を続ける。光が消える。門も消える。世界は、静かになった。


そして翌朝、診療所の扉が叩かれた。


「先生!」


俺は目を覚ます。


「……今行く」


新しい患者が来た。それなら医者の仕事を始めよう。

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