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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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18/20

1人ずつの命

魂が、裂けた。

音はなかった。それでも俺には分かった。


三十二万八千四百十二の魂を無理やり一つに束ねていた黒い線が、一本、また一本と切れていく。巨大な存在の身体が崩れ始めた。


「馬鹿な……」


空中に浮かぶ男が呟く。


「一つに統合された魂を、再び分離するなど……」


「できる」


俺は答えた。


「俺の魔法だからな」


「違う。魂は一度統合されたら、個体としての境界を失う。記憶も人格も生命情報も混ざり合う。それを分ければ、誰が誰なのか分からなくなる」


「だから診る」


俺は巨大な魂に手を触れた。無数の情報が流れ込んでくる。

名前。年齢。身体。病歴。怪我。毒。呪い。記憶。家族。仕事。故郷。好きなもの。嫌いなもの。誰かを愛した記憶。誰かに愛された記憶。


一人分の人生。それが三十二万以上。


「……なるほど」


俺は理解した。

統合された魂は完全に混ざっているわけではない。境界が壊されているだけだ。本来なら、それぞれ別々に存在していた魂の情報が、黒い線によって無理やり束ねられている。だから、戻せる。


「《魂魄診断》」


視界いっぱいに広がる魂を見つめる。その中から一つの情報を探す。

名前。記憶。身体。生命力。それぞれの組み合わせ。一人の人間を構成する情報を拾い上げる。


「見つけた」


光が一つ、巨大な魂から分離した。小さな魂だった。俺の手の中で静かに浮かんでいる。


「まず一人」


「先生……」


リゼが息を呑む。


俺はその魂を診断する。肺に軽い病変。右肩に古い損傷。黒い線が一本。それだけだった。


「治療する」


黒い線を切る。病変を修復する。魂に残った損傷を整える。


「《身体構築》」


身体が作られる。成人男性。身長。骨格。筋肉量。臓器。すべて魂に刻まれた情報通り。


「《魂魄定着》」


身体が息を吸った。一人目が蘇った。


俺は次へ進む。二人目。三人目。四人目。五人目。治療は続いた。


「……十人」


リゼが数える。


「二十人」


さらに十人。


「五十人」


まだ止まらない。


「百人……」


俺の魔力が急速に減っていく。身体も限界に近づいていた。だが、魂の数はほとんど減っていない。


三十二万。その数字は、あまりにも巨大だった。


「先生」


リゼが俺の腕を掴んだ。


「もういい」


「よくない」


「でも、このままだと先生が死ぬ」


「死んだら、そのとき考える」


「そういう問題じゃない!」


珍しくリゼが声を荒らげた。

俺は彼女を見る。


「あなたは昔からそう」


リゼの声が震えている。


「自分が死ぬことを、いつも最後に考える」


「医者だからな」


「違う」


リゼは首を横に振った。


「先生は、昔から自分を患者だと思ってない」


俺は黙った。その言葉は、妙に胸に残った。


「先生だって、人間でしょう」


「……」


「なら、自分も治療してください」


リゼの言葉を聞いて、俺は自分の魂を診た。

黒い染み。魔力枯渇。肉体疲労。魂への負荷。

そして、俺自身の魂の奥に古い傷があった。それは以前から存在していたものだった。リゼを救えなかったときについた傷。

俺はそれを見つめる。


「まだ残っていたのか」


「何が?」


「俺の中の傷だ」


リゼが俺の顔を見る。

俺は自分の魂に触れた。修復することはできる。だが、しなかった。


「これは残しておく」


「どうして?」


「忘れないためだ」


俺は再び患者へ手を伸ばした。


「忘れたら、また同じことをする」


空中の男が、じっと俺を見ていた。


「……理解できない」


「何がだ」


「なぜそこまでして他人を救う?」


「医者だからだ」


「それだけか?」


「それ以上必要か?」


男は苦しそうに顔を歪めた。


「私は、お前から切り離された記憶だ」


「知っている」


「お前が千年前に捨てたものだ」


「それも知っている」


「ならば分かるだろう」


男は胸を押さえた。


「私は、お前が耐えられなかったものすべてを背負っている」


俺は黙って聞いた。


「リゼが死んだこと」


「……」


「救えなかった患者たち」


「……」


「何千年経っても繰り返される死」


男の声が震える。


「お前は、それを見続けることに耐えられなかった」


「だから記憶を捨てた」


「ああ」


男は頷いた。


「そして私は考えた」


その顔に、かつての俺と同じ苦悩が浮かぶ。


「一人ずつ救うから間に合わない」


「……」


「ならば全員を一つにすればいい」


俺は男を見つめた。


「お前は俺の絶望だったんだな」


「そうだ」


「だから、俺と同じ顔をしている」


「そうだ」


「そして、お前が作ったこの国全体の魂のネットワークは……」


「お前の願いを完成させるためのものだ」


男が両手を広げた。


「死をなくす」


「違う」


俺は首を横に振った。


「お前は死をなくしたかったんじゃない」


「……」


「失うことをなくしたかったんだ」


男は答えなかった。俺は再び患者へ向き直る。


「でも、それはできない」


「なぜだ」


「人間だからだ」


一人が生まれれば、いつか死ぬ。誰かと出会えば、いつか別れる。大切なものを手に入れれば、失う可能性も生まれる。それを完全になくすことは、人間として生きることそのものを否定することになる。


「だから俺は、死を克服しない」


「……」


「死にそうな奴を、その都度救う」


俺は手を伸ばした。


「一人ずつな」


また一つ。魂が分離する。診断する。修復する。身体を作る。魂を戻す。また一人。そしてまた一人。

時間の感覚がなくなっていく。


百。千。万。魂の数が減っていく。

やがて巨大な魂の塊は、少しずつ小さくなっていった。


だが、その中心に。一つだけ。異質な魂が残っていた。

俺は手を止める。


「……これは」


そこにあったのは、一人の魂だった。だが、他の魂とは違う。黒い線に繋がっていない。呪いもない。病気もない。欠損もない。完全な魂。


そして、その魂に刻まれていた情報は。

俺自身のものだった。


「先生?」


リゼが近づく。俺はその魂を見つめた。


「これが最後か」


空中の男が言った。


「そうだ」


「お前なのか?」


「違う」


男は首を横に振る。


「私はお前の記憶だ」


「では、これは?」


「お前自身だ」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが繋がった。

千年前。俺は魂魔法を完成させた。リゼを救うためだった。だが、そこで終わらなかった。死を克服できる可能性を知った俺は、さらに研究を続けた。そして気づいた。


魂を完全に保存できるなら。肉体を作り直せるなら。死者を蘇らせることができる。ならば。すべての人間を救えるのではないか。

その考えが、少しずつ変質していった。


一人を救う。それでは足りない。百人を救う。それでも足りない。国を救う。世界を救う。そして最後には、世界そのものを一つの魂にする。


その途中で、俺は恐ろしくなった。だから記憶を切り離した。そして、残された記憶が一人で研究を続けた。

俺が忘れていたことを。俺が捨てたものを。俺が見たくなかった未来を。すべて知っている存在として。


「……馬鹿だな」


俺は呟いた。男が苦しそうに笑う。


「そうだな」


「俺も」


「そうだ」


二人とも笑った。

そして俺は、最後に残った魂へ手を伸ばした。


「じゃあ、治療するか」


「待て」


男が声を上げる。


「それを治療したら、お前は――」


「分かっている」


俺は答えた。


「これは俺自身だ」


自分の魂を診断する。そして、初めて気づいた。そこには病気があった。毒も。呪いも。魂の損傷も。そして長い年月をかけて蓄積した、巨大な魔力の歪み。

俺は苦笑した。


「……患者は最後まで自分だったか」


リゼが静かに言った。


「先生」


「ああ」


「今度は、自分を救って」


俺は目を閉じた。そして、自分自身の魂へ手を伸ばす。


「《魂魄診断》」


世界が白く染まった。

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