↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

国という患者

空が裂けた。王都の上空に巨大な亀裂が走り、その向こうから無数の眼がこちらを見下ろしている。


一つではない。十。百。千。数え切れないほどの眼が、王都にいる人間を見ていた。


「……何だ、あれは」


ヴァルドが呟く。俺は答えなかった。すでに診断を始めている。王都にいるすべての魂を、同時に見る。

三十二万八千四百十二。その数字が頭の中に浮かんだ。

全員の魂に黒い線がある。だが、完全に同じではない。

軽症。中症。重症。そして――末期。


「まずいな」


「何がですか?」


ミアが聞く。


「時間がない」


王が王座から立ち上がろうとする。


「国民を救えるのか?」


「救える」


「本当に?」


「全員は無理かもしれない」


王の顔が曇る。


「だが、やる」


俺は王を見る。


「それが医者の仕事だ」


「……そうか」


王は目を閉じた。


「ならば、頼む」


その瞬間、王の魂から巨大な黒い線が伸びた。


「来るぞ!」


ヴァルドが剣を構える。天井を突き破り、黒い腕が落ちてくる。俺はそれを見た。以前見たものと同じだ。魂を無理やり束ねた腕。だが、今度は規模が違う。腕の一本一本が、何千もの魂で構成されている。


「ヴァルド」


「分かっている」


「斬るな」


「またそれか」


「中に患者がいる」


「……了解した」


ヴァルドは剣を収めた。


「なら、俺は何をすればいい?」


「守れ」


「誰を?」


「全員だ」


「簡単に言うな」


「できるだろう?」


ヴァルドは一瞬だけ俺を見る。そして笑った。


「無茶を言う医者だ」


彼が王とミアの前に立つ。

俺は魔法陣へ手を伸ばした。


「《魂魄分離》」


黒い線が一本切れる。

次の瞬間。王都のどこかで、一人の魂が術式から解放された。俺はその魂を追う。場所を特定する。身体の状態を確認する。魂に残った傷を治す。そして身体を再構築する。


「一人目」


魂を身体へ定着させる。


「二人目」


別の魂を切る。


「三人目」


また一人。


「四人目」


五人。十人。百人。俺の魔力が王都全体へ広がっていく。

一人ずつではない。同時に治療する。魂を切り離し、損傷を確認し、必要なら修復し、身体を作る。そして魂を戻す。


これまで一人の患者を治療するために使っていた魔法を、何百人、何千人という規模で同時に行う。


「……無茶苦茶だ」


ヴァルドが呟いた。


「何が?」


「お前がやっていることだ」


「そうか?」


「普通なら、一人の魂を扱うだけでも命懸けだろう」


「慣れている」


「そういう問題か?」


俺は答えない。目の前に次々と患者が現れる。倒れていた兵士。泣き叫ぶ子供。路地裏で眠っていた老人。市場にいた商人。王都に暮らすすべての人間。

一人ずつ、確実に。俺は治していく。


だが――


「先生!」


ミアの声が響いた。


「何だ?」


「王様の魂が……!」


俺は王を見る。王の魂が黒く染まっている。


「まだ術式が残っている」


俺は王へ近づく。


「動くな」


「分かった」


俺は王の魂へ魔力を入れる。

だが、触れた瞬間、弾き飛ばされた。


「……強い」


「治せないのか?」


「そういう意味じゃない」


王の魂に刻まれた術式は、これまでとは違う。

国民の魂から吸い上げた魔力を、王の魂へ集める構造になっている。王自身が巨大な蓄電池になっている。そして、そのエネルギーが空の裂け目へ送られている。


「これを止めるには、王の魂から全部抜く必要がある」


「なら、抜いてくれ」


「死ぬぞ」


王は俺を見る。


「……死ぬのか?」


「魂が空になる」


「そうか」


王は少し考えた。


「なら、やってくれ」


ミアが驚く。


「王様!」


「国民が助かるなら、それでいい」


「だが、お前が死ねば国はどうなる?」


王は苦笑した。


「王が死んでも国は残る」


そして俺を見る。


「だが、国民が死ねば国そのものが消える」


俺は王の魂を見る。


「……分かった」


魔力を集中させる。


「少し痛む」


「構わない」


「かなり痛む」


「それでもいい」


「死ぬかもしれない」


王は笑った。


「それはお前が医者なら、どうにかしろ」


「無茶を言う」


俺は手を伸ばした。


「だが、嫌いじゃない」


「《魂魄抽出》」


王の魂が身体から離れる。王の身体が崩れ落ちる。ヴァルドが受け止める。俺の前に、王の魂が浮かんだ。巨大だ。だが、その大部分は他人の魂から奪った魔力で膨らんでいる。


「……これなら」


俺は王の魂から、一つずつ黒い線を切っていく。

千。一万。十万。黒い線が消えるたび、王の魂が小さくなっていく。


そして――最後の一本を切った。

王の魂は、本来の大きさへ戻った。


俺は解析する。損傷あり。かなり深い。だが、修復可能。


「《魂魄修復》」


傷を塞ぐ。病巣を除去する。そして新しい身体を作る。


「《身体構築》」


王の身体を再構築する。最後に魂を戻す。


「《魂魄定着》」


王が息を吸った。


「……生きている」


「生きている」


「国民は?」


「まだ治療中だ」


「そうか」


王は空を見上げた。その表情が変わる。


「……まだ終わっていないな」


俺も空を見る。裂け目は消えていない。むしろ大きくなっている。そして、その向こうから一人の男が現れた。

俺と同じ顔。だが、これまで見た存在とは違う。身体がある。完全な身体。黒い衣服。白い髪。

そして、その魂は――俺の魂と完全に同じだった。


「……なるほど」


俺は呟いた。老人が震える。


「来た……」


「知っているのか?」


「知っているとも」


老人は恐怖に顔を歪めた。


「あれが、我々が千年間待ち続けた存在だ」


男が空から降りてくる。地面には足をつけない。ただ俺を見ている。


「久しぶりだ」


その声を聞いた瞬間。俺の中に、最後の記憶が蘇った。


千年前。白い塔。俺はリゼを救った。魂魔法は完成した。だが、俺は一つだけ恐れていた。

この魔法が誰かの手に渡れば、人間は死を克服する。それ自体は悪くない。問題は、その先だった。

身体を交換できる。魂を保存できる。


ならば――

「他人の身体を奪うこともできる」


俺はそう考えた。だから、魂魔法を封じようとした。

だが、そのとき、もう一人の俺が現れた。


「世界中の人間を一つの魂にすればいい」


それが、始まりだった。男が俺を見る。


「思い出したか?」


「ああ」


「なら、分かるだろう」


男は両手を広げる。


「私は、お前の理想の完成形だ」


「違う」


「なぜ?」


「俺はそんなものを作ろうとはしていない」


「嘘だ」


男の身体から無数の魂が溢れ出す。


「お前は全員を救いたかった」


「だからこそ、全員を一つにする必要があった」


「違う」


「同じことだ」


「違う」


俺は男を見る。


「患者は一人ずつ治す」


男が笑う。


「非効率だ」


「医者に効率を求めるな」


「では、見せてもらおう」


男が手を上げた。

王都中の魂が震える。


「三十二万八千四百十二人」


「すべてを一人ずつ救えるのか?」


俺は魔力を最大まで解放した。王都全体が白い光に包まれる。


「やってみる」


男の顔から笑みが消えた。


「ならば――」


空が完全に裂ける。


「私は、お前が救えなかった最後の患者になる」


その瞬間、王都全域で、三十二万八千四百十二人分の魂が一斉に俺へ流れ込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。