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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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15/20

王の魂

王城にある魂が、異常なほど大きい。

俺は地下施設から地上へ戻る階段を歩きながら、王都全体へ意識を広げていた。


数十万。王都に暮らす人間の魂が、ぼんやりと浮かび上がる。その一つ一つに黒い線が絡みついている。

魂の網。地下施設を破壊したことで大部分は機能を失ったが、完全には消えていない。むしろ、今まで見えなかったものが見えるようになっていた。


「先生」


ミアが隣を歩いている。


「王城に何があるんですか?」


「患者がいる」


「患者……ですか?」


「ああ」


「でも、王様ですよね?」


「だから何だ?」


「いえ……」


ミアは少し困ったように黙った。

俺にとって王も平民も同じ患者だ。身分は治療の難易度に関係しない。ただし、料金には関係する。王族なら、それ相応の金額を請求するつもりだった。


「お前はここで待っていろ」


俺はミアを見る。


「嫌です」


即答だった。


「危険だ」


「先生が行くなら、私も行きます」


「足手まといになる」


「分かっています」


「なら――」


「でも、先生が一人で無茶をするのも分かっています」


俺は黙った。ヴァルドが横で小さく笑う。


「その娘には勝てないな」


「……そうらしい」


俺たちは王城へ向かった。だが、城門へ近づいたところで異変に気づく。兵士がいない。正確には、倒れている。


「魂が……」


ヴァルドが目を見開く。

俺には見えている。兵士たちの魂には、黒い亀裂が走っていた。まだ死んではいない。だが、魂の一部が術式に接続されている。


「全員、動くな」


俺は魔力を広げた。


「ここから先は俺が治療する」


「一人で?」


「三十七人だ」


俺は兵士たちの魂を同時に解析する。


「同時にやる」


ヴァルドが息を呑む。


「そんなことができるのか?」


「できる」


俺は右手を上げた。


「《魂魄分離》」


三十七人の魂から、黒い線が一斉に切り離される。兵士たちの身体が一度大きく痙攣した。だが、死なない。俺はそのまま魂を確認する。

大半は軽傷。一人だけ深い損傷がある。


「こいつだけ先に治す」


俺は兵士の魂を取り出した。黒い亀裂が、心臓に相当する部分まで伸びている。


「かなり進行しているな」


「治せるのか?」


ヴァルドが聞く。


「まだ壊れていない」


俺は亀裂を一つずつ修復する。黒い魔力を除去する。そして魂を身体へ戻す。


「《魂魄定着》」


兵士が目を開いた。


「……ここは?」


「王城の門前だ」


「何が……」


「寝ていろ」


兵士は再び意識を失った。俺は残りの兵士たちも処置する。

数分後。全員の魂から黒い線が消えた。


「行くぞ」


王城の中へ入る。廊下には誰もいない。

いや。いる。倒れている者が多すぎる。

侍女。兵士。文官。貴族。全員の魂に同じ傷がある。


「王都中を繋いでいるのか」


ヴァルドが呟く。


「違う」


俺は首を振った。


「王都は末端だ」


「末端?」


「ああ」


俺は王城の奥を見る。


「この国そのものを術式にしている」


王城の中心。そこから巨大な魂の流れが伸びている。

王都。周辺都市。国境。さらに遠く、この国の外にまで続いている。

そして、その中心にいるのが――王だった。


「急ぐぞ」


俺たちは謁見の間へ向かった。扉を開ける。王座に、一人の男が座っていた。


年齢は五十前後。豪華な衣装を身につけている。だが、その身体はほとんど動いていない。


「……遅かったな」


王が言った。


「俺を知っているのか?」


「知っているとも」


王は笑った。


「お前が来るのを待っていた」


俺は王の魂を見る。その瞬間、異常の正体が分かった。


「お前……」


王の魂は巨大だった。だが、それは本人の魂ではない。無数の魂が王の魂へ接続されている。王自身の魂は、その中心で小さく震えている。まるで巨大な海の中に浮かぶ小舟だった。


「どういう状態だ?」


ヴァルドが尋ねる。


「王が術式の核になっている」


俺は答えた。


「この国にいる人間の魂を集めている」


王が苦笑する。


「その通りだ」


「なぜだ?」


「生きるためだ」


俺は黙った。王は続ける。


「私は十年前、病に倒れた」


「病名は?」


「治癒魔法でも治せない病だった」


俺は王の魂を見る。確かに病巣がある。だが、それだけではない。


「その病気を治すために魂の研究を始めた?」


「ああ」


「そして、あいつらに利用された」


王の表情が変わった。


「……あいつら?」


「魂を集めている連中だ」


「知らぬ」


「嘘だ」


「本当に知らぬ!」


王の声が響く。俺は王の魂を見る。嘘ではない。少なくとも本人には本当に分かっていない。


「……操られているな」


「何?」


王の魂の奥。そこに小さな黒い魔法陣がある。これまで見たものとは違う。命令を送るものでもない。魂を媒介として、他人の意思を王へ流し込む術式。


「王自身の意思と、他人の意思が混ざっている」


「では、私は……」


「自分が何をしているのか、完全には理解できていない」


王が青ざめた。


「私は国民を殺していたのか?」


「まだ殺してはいない」


「……まだ?」


「この術式は魂を消費している」


俺は王の魂を見る。


「あと数日もすれば、国民の魂は回復不能になる」


王が立ち上がろうとする。だが、身体が動かない。


「止めろ」


「治療する」


「今すぐ止めてくれ!」


「だから治療すると言っている」


俺は王の前へ歩く。


「ただし、問題が一つある」


「何だ?」


「お前の魂を治すには、他の魂を一度全部切り離す必要がある」


王の顔が強張る。


「切り離したらどうなる?」


「一時的に術式が崩壊する」


「国民は?」


「俺が一人ずつ治す」


「何人いると思っている?」


「治療が必要なのは三十二万八千四百十二人だな」


ヴァルドが絶句した。ミアも言葉を失っている。

王だけが俺を見つめていた。


「……できるのか?」


「できる」


「何日かかる?」


「分からない」


「それでも?」


「ああ」


王はしばらく黙った。やがて、ゆっくりと王座へ腰を下ろした。


「頼む」


俺は頷いた。


「分かった」


そのときだった。謁見の間の天井から、黒い光が落ちてきた。床に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「遅かったな」


聞き覚えのある声。

俺は顔を上げた。そこに、白髪の老人が立っていた。地下施設にいた研究者。


「どうやってここへ?」


「私は研究者だ」


老人が笑う。


「逃げ道くらい用意してある」


「お前は何をした?」


「何もしていない」


老人は王を見る。


「すべては予定通りだ」


「何?」


王の魂に刻まれた黒い魔法陣が光る。俺はすぐに手を伸ばした。


「まずい」


「先生?」


「王の魂が――」


黒い魔法陣が砕ける。

その瞬間、王の魂から、巨大な黒い柱が伸びた。

王都の空へ。さらにその先へ。遠く離れた場所にある無数の魂と繋がっていく。


「始まった」


老人が呟く。


「これで、王国全体が一つの魂になる」


「そんなものを作って、何をする?」


「門を開く」


「もう開いただろう」


「違う」


老人が笑った。


「前の門は試作品だ」


俺は目を細める。


「本物は?」


老人が王を見る。


「この国そのものだ」


その瞬間、王城の外で、巨大な鐘が鳴り響いた。

一度。二度。三度。

王都中の魂が、一斉に黒く染まっていく。


俺は王の魂を見る。そして理解した。今までの事件は、すべて前段階だった。

本当に治療すべき患者は――王一人ではない。

この国そのものだった。


「……面倒な患者だ」


俺は魔力を解放する。


「だが、治せないとは言っていない」


老人が笑った。


「ならば、治してみろ」


王城の上空で、空そのものが裂けた。その向こうから、巨大な眼が開く。


そして今度は、俺の顔ではなく――王都に住む全員の顔が、同時に浮かび上がった。

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