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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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12/20

門の向こう側

門の向こうには、何もなかった。

いや。正確には、「何もない」という言葉すら正しくない。そこには空間がなかった。


上下もない。左右もない。遠近すら存在しない。ただ、無数の光が浮かんでいる。それぞれが淡い光を放ち、互いに重なりながら、どこまでも続いていた。


「……あれは」


ヴァルドが息を呑む。

俺にも分かる。あれが何なのか。


「魂だ」


門の向こうに浮かんでいるのは、すべて魂だった。

数千。いや、数万。これまでこの地下施設で集められていた魂とは比較にならない。


「こんな数……」


ヴァルドが後ずさる。


「世界中から集めていたのか」


「違う」


俺は門を見つめた。


「集めたんじゃない」


「じゃあ何だ?」


「繋いだんだ」


この門は、どこかへ繋がっている。魂が存在する場所へ。

生きている人間の魂。死者の魂。長い年月をかけて蓄積された魂。それらを無差別に接続し、一本の巨大な術式として利用している。

そして、その中心にいるのが――あの巨大な器だった。


「先生」


ミアが震える声で言った。


「門の中に……人がいます」


俺は目を細めた。

確かにいる。門の向こう。無数の魂の中に、一つだけ異質な魂があった。

巨大だ。他の魂を束ねるように存在している。


そして、その魂の形は――俺と同じだった。


「……またか」


俺は呟いた。

俺の顔。俺の身体。俺と同じ魂の形。ただし、あれは俺ではない。


「先生の……」


ミアが言葉を失う。俺は門へ手を伸ばした。

その瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。


白い塔。千年前と同じ光景。だが、今回は違う。俺に似た男が二人いる。一人は、魔法陣の前に立っている。もう一人は、その男に向かい合っている。


『これ以上はやめろ』


声が聞こえた。


『魂を器にするなんて、そんなものは人間じゃない』


『人間だよ』


『違う』


『魂が人間を決めるなら、器が何であろうと関係ない』


俺は息を止めた。二人とも、俺と同じ顔だった。


『身体は交換できる』


『魂も移せる』


『ならば、死など克服できる』


『それは不死ではない』


もう一人が答える。


『ただの永遠の逃避だ』


映像が途切れる。俺は目を閉じた。


「……そういうことか」


「何が分かった?」


ヴァルドが尋ねる。


「魂魔法は、最初から一つではなかった」


「どういう意味だ?」


「二人いた」


俺は門を見る。


「俺と同じ顔をした男が二人」


老人が震えた。


「……思い出したのか」


「まだ全部じゃない」


「だが、それで十分だ」


老人が苦笑する。


「やはり、お前は……」


「俺は何だ?」


老人は答えなかった。代わりに、巨大な器が動き始めた。


ドクン。心臓のような音が地下室に響く。


ドクン。二度目。三度目。そのたびに、周囲の魂が吸い寄せられていく。


「まずい!」


老人が叫んだ。


「器が起動する!」


「なら止める」


俺は巨大な器へ近づく。


「先生!」


ミアが叫んだ。


「危険です!」


「分かっている」


「でも――」


俺は振り返る。


「ここにいる全員を助ける」


ミアは何も言わなかった。

俺は再び器を見る。表面には無数の魔法陣が刻まれている。その中心に、一本の線がある。魂と器を繋ぐ線。


「これを切ればいい」


俺は手を伸ばす。


「《魂魄切断》」


魔法が発動した。だが――弾かれた。


「……なるほど」


俺は手を見る。


「俺の魔法を拒絶するように作られている」


老人が笑った。


「当然だ」


「何が当然だ?」


「その器は、お前の魂魔法を解析して作られた」


「だから?」


「お前自身を殺すためのものだ」


老人の言葉と同時に、器の表面が割れた。中から黒い腕が伸びる。

ヴァルドが剣を抜いた。


「下がれ!」


黒い腕が振り下ろされる。

ヴァルドが受け止めた。


轟音。床が大きく陥没する。


「ぐっ……!」


「ヴァルド!」


「問題ない!」


ヴァルドが剣を振る。黒い腕に深い傷が入る。

傷口から無数の魂が流れ出した。


「くそっ!」


「斬るな!」


俺が叫ぶ。


「中に魂がいる!」


「分かった!」


ヴァルドはすぐに距離を取る。

俺は黒い腕を見る。肉体ではない。魂を素材にした疑似生命体。しかも、一つの魂ではない。何百もの魂を無理やり繋ぎ合わせている。


「こんなものを……」


俺は呟く。


「人間と呼べるわけがない」


その瞬間。門の向こうから声がした。


『ならば、お前は何だ?』


俺は顔を上げた。声ではない。直接、魂へ響いている。


『お前も同じだ』


「違う」


『身体を捨てる』


「必要ならな」


『魂から身体を作る』


「患者を救うためだ」


『死者を蘇らせる』


「魂が残っているなら可能だ」


『ならば、お前も我々と同じだ』


「違う」


俺は即答した。


「俺は患者を道具にしない」


門の向こうの存在が沈黙する。


「お前たちは魂を集めた」


俺は巨大な器を見る。


「人間を材料にした」


そして門を見る。


「俺は違う」


「俺は一人ずつ治す」


その瞬間、門が大きく震えた。

無数の魂が一斉に揺れる。


「先生!」


ミアが叫ぶ。

俺は構わず魔法を発動する。


「《魂魄解析》」


巨大な器。門。魂のネットワーク。すべてを同時に解析する。

そして見つけた。たった一つ、この巨大な術式を支えている核。


「……あった」


俺は笑った。


「これなら治せる」


老人の顔が青ざめる。


「何を見つけた?」


「この術式の病巣だ」


「病巣?」


「そうだ」


俺は核へ向かって歩く。


「お前たちの研究は間違っている」


「何を……」


「魂を集めすぎた」


俺は手を伸ばす。


「だから、壊れた」


黒い核が脈打つ。その周囲には、無数の魂が絡みついている。まるで巨大な腫瘍だった。


「なら、切除する」


「待て!」


老人が叫ぶ。


「そこを切れば、門が消える!」


「そうだな」


「すべての魂が――」


「死ぬと思っているのか?」


俺は老人を見る。


「だから、治療するんだ」


俺の指先から魔力が伸びる。

一本。二本。三本。無数の魂を傷つけないよう、一本ずつ絡みついた術式を切り離していく。


時間がかかる。だが、確実だ。

そして最後の一本に触れた瞬間、俺の頭の中に、また記憶が流れ込んできた。


白い塔。二人の男。そして――その二人の間に立つ、一人の少女。

少女は泣いていた。


『お願い』


少女が言う。


『二人とも、やめて』


俺はその少女を知っている。名前まで思い出せる。

だが――その名前が出てこない。


記憶が黒く塗り潰されている。そして、映像の中の俺が少女へ手を伸ばす。


『大丈夫だ』


その声を聞いた瞬間、俺は理解した。

千年前、俺はこの魔法を使った。誰かを救うために。


そして、その結果――魂魔法は生まれた。


「……そうか」


俺は静かに呟く。


「俺は、最初から医者だったのか」


その瞬間、門の向こうにいた巨大な魂が、初めて明確な形を取った。


俺と同じ顔。そして、その口が動く。


『ならば思い出せ』


俺は目を細める。


『お前が、誰を救えなかったのかを』


地下室に、門の轟音が響き渡った。

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