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闇医者の俺、魂を抜いて身体を作り直します  作者: 大豆


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11/20

千人分の治療

「治療を始める」


俺がそう言った瞬間、地下室にいた老人の顔が引きつった。


「やめろ」


「断る」


「貴様には、この術式を止められない!」


「止める必要はない」


俺は巨大な魔法陣を見る。


「治療するだけだ」


「同じことだ!」


老人が叫ぶ。


「その術式は何十年もかけて完成させた!

何千人もの魂を使い、ようやくここまで――」


「何千人?」


俺は言葉を遮った。


「なら、時間がかかるな」


「……何?」


「全員救う」


老人は絶句した。


俺は魔法陣の前に立つ。

この術式は複雑だ。無数の魂が繋がっている。一本の線を切れば、別の魂へ負荷が流れる。無理に切れば、魂が壊れる。だから、一人ずつ切り離す。そして、その魂を修復する。


俺は最初の魂へ手を伸ばした。


「《魂魄分離》」


黒い線が一本、切れた。球体が淡く光る。中から一人の男の魂が現れた。


俺はすぐに解析する。肉体情報は残っている。記憶も大部分が残っている。ただし、長期間の拘束によって魂の一部が摩耗している。


「修復が必要だな」


俺は欠損部分へ魔力を流した。壊れた記憶を無理に復元するのではない。魂に残っている情報から、本来あるべき形を組み立てる。


「《魂魄修復》」


魂の亀裂が閉じていく。そして身体を作る。骨。筋肉。血管。内臓。神経。脳。最後に魂を定着させる。


「《魂魄定着》」


男が息を吸った。


「……ここは?」


「診療所ではないが、治療は終わった」


男は自分の手を見る。


「俺は……死んだのか?」


「一度な」


「そうか」


男は呆然とした。


「……生きているのか?」


「ああ」


男は泣いた。俺はそれを気にせず、次の魂へ手を伸ばした。

二人目。三人目。四人目。作業を続ける。


一人を治療するのに数分。単純計算でも数千人なら何日もかかる。だが、問題は時間ではなかった。


「……魂が減っている」


ヴァルドが言った。


「分かるのか?」


「俺の目にも、術式の光が少しずつ弱くなっている」


「そうだ」


俺は答える。


「魂が解放されるたび、この術式は弱くなる」


「なら、急げ」


「急いでいる」


五十人。百人。二百人。地下室に次々と人間が増えていく。

身体を作り直された者たちは、最初は混乱していた。だが、自分が生きていることを理解すると、互いに支え合って出口へ向かっていった。


「おい!」


その中の一人が叫んだ。


「外へ出られるぞ!」


「本当か?」


「身体が動く!」


「俺もだ!」


地下室にざわめきが広がる。老人はそれを呆然と見ていた。


「……ありえない」


「何が?」


「魂を分離したら、人格が崩壊するはずだ」


「しない」


「記憶の混線は?」


「修復した」


「肉体は?」


「作った」


「そんな簡単に……」


俺は老人を見る。


「簡単ではない」


「……」


「俺が何年、この魔法を使っていると思っている?」


老人の顔が歪んだ。


「貴様は……」


その言葉を聞いた瞬間、俺は手を止めた。


「何だ?」


「何年、だと?」


老人がこちらを見る。


「貴様はいったい何歳だ?」


「さあな」


「さあな、だと?」


「数えるのをやめた」


俺は再び治療を始めた。

老人は黙り込んだ。しばらくして、低い声で言った。


「やはり……」


「何がだ?」


「お前は、あの方と同じだ」


俺は手を止めた。


「誰だ?」


老人は答えない。代わりに、巨大な肉塊へ視線を向ける。


「この器は、お前を再現するために作られた」


「それは聞いた」


「だが、あの方が欲しがっているのは身体ではない」


「なら何だ?」


老人は笑った。


「お前の記憶だ」


俺は老人を見た。


「俺の?」


「ああ」


「何のために?」


「魂魔法の完成形を知るためだ」


その言葉に、俺は違和感を覚えた。

俺は自分の魂魔法を独学で身につけたと思っていた。少なくとも、そう記憶している。

だが――俺の頭に、またあの光景が浮かんだ。


白い塔。巨大な魔法陣。俺に似た男。


『魂魔法は完成した』


そして――


『次の器が必要だ』


「……」


俺は頭を押さえた。


「先生?」


ミアの声がする。


「大丈夫ですか?」


「ああ」


俺は顔を上げる。


「少し記憶が引っかかっただけだ」


「記憶?」


「昔のことだ」


俺は自分の魂を見る。

普段は意識していない。自分の魂を診ることなどほとんどない。


だが、今なら分かる。俺の魂にも、何かがある。他人には見えないほど深い場所。


封じられた記憶。俺自身が知らない過去。


「……なるほど」


老人が笑う。


「気づいたか」


「お前、俺の過去を知っているな」


「少しだけだ」


「なら、聞こう」


俺は老人の前まで歩いた。


「俺は何者だ?」


老人の顔から笑みが消えた。


「……知らない」


「嘘だな」


「本当に知らない」


「では、あの方とは誰だ?」


老人は答えなかった。俺は老人の魂を見る。そして眉をひそめる。


「お前にも術式がある」


「……」


「口封じか」


老人の魂にも黒い魔法陣が刻まれている。

だが、これまで見たものとは違う。自壊術式ではない。

記憶封印。一定以上の情報を話そうとすると、その記憶そのものを消す仕組みだ。


「お前も利用されている」


「……そうだ」


老人が初めて弱々しく答えた。


「私は研究者だった」


「過去形か」


「ああ」


老人は巨大な肉塊を見る。


「最初は、人を救うための研究だった」


「死を克服するため?」


「そうだ」


「なら、なぜ魂を混ぜた?」


「必要だった」


「誰に?」


老人は口を開いた。だが、突然苦しみ始めた。


「ぐっ……!」


魂の魔法陣が黒く輝く。


「先生!」


ミアが叫ぶ。俺は老人の魂へ手を伸ばした。


「動くな」


「無理だ……」


「黙れ」


俺は魔法陣を解析する。

やはり記憶封印。だが、解除できる。俺は魔法陣を一つずつ切り離した。


「《魂魄切除》」


黒い術式が消える。

老人が大きく息を吐いた。


「……助かった」


「話せ」


老人はしばらく黙った。

そして――


「この研究を始めたのは、千年前だ」


「……千年前?」


ヴァルドが驚く。


俺は老人を見る。その姿はどう見ても五十代だ。だが、魂には長期間生きてきた痕跡がある。


「どうやって生きている?」


「器を変えてきた」


「身体を?」


「そうだ」


老人は自分の胸に手を当てた。


「魂を新しい身体へ移す。それだけだ」


俺は黙った。それは俺の魂魔法と同じ原理だった。


「……誰に教わった?」


老人は俺を見つめた。


「お前に」


「……俺?」


「千年前の、お前にだ」


地下室が静まり返った。俺は何も言わなかった。


俺自身が知らない記憶。俺と同じ魂魔法を使う存在。そして千年前の研究者。すべてが一本に繋がり始めていた。


だが、その直後。地下室全体が大きく揺れた。


「何だ!」


ヴァルドが叫ぶ。

天井から砂埃が落ちてくる。俺は魔力の流れを見る。


「……術式が暴走している」


「止められるか?」


「まだだ」


巨大な肉塊が震えている。無数の魂が抜けたことで、器を維持できなくなっている。


「崩れるぞ!」


老人が叫ぶ。


「このままでは地下施設そのものが潰れる!」


俺は周囲を見る。まだ魂が残っている。全員を救うには時間が足りない。


そして――巨大な肉塊の中心から、黒い魔力が噴き出した。


その奥に、巨大な門が開く。門の向こうから何かがこちらを見ている。俺はその存在を見て、確信した。


こいつが、この研究の本当の目的だ。


「……なるほど」


俺は魔力を集中させた。


「なら、先にあいつを治す」


ヴァルドが叫ぶ。


「お前、あれを治すつもりなのか!?」


「ああ」


俺は門へ歩き出す。


「魂があるなら、患者だ」


そして俺は、誰も知らない場所へ続く門の前に立った。

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