第5話 ミッションスタート
その日、チュウヤソフトは朝から騒然としていた。
「ちわーっ、大野田急便です。荷物どこに運べばいいですか」
社長が自ら飛び出してくる。
「こっちだ!おいっ誰か会議室を開けてくれ」
「すいません着払いです、ここにサインお願いします」
USB装置『ニューラル・コネクタ』1万セットが運び込まれる。
運送業者からは、商品1万個とだけ伝えられ中身は電子部品となっている。
ラップで巻かれて紐を掛けられた状態の塊である。
受付の中谷政子さんが怪訝そうに配達伝票を見ている。
「普通木箱や段ボール箱に入っているんじゃありませんの?」
搬入に際し、開発1課のメンバーに集合が掛かった。
日頃めったにない光景に、ヤジウマという社員が集まってくる。
会議室の長テーブルに積み上げ直されたパッケージ。
幅1メートル、長さ3メートル、高さ75センチの塊である。
高縞さんが電卓で計算している。
「だいたい、1箱のサイズが、5センチ、15センチ、3センチだから、横20個縦20個高さで25段っすねそれで、1万個、合ってるっす。中身は何っすか」
森さんがテーブルの周りをグルグル回っている。
「こうしてみると1万個ってたいした事ないのね、パッケージも無地の紙箱だし、安っぽーい」
開発2課のメンバーもちらちらと覗いていく。
「あなた、ちょっといらして」
にこにこしながら荷物を見ていた社長だが、突然現れた社長夫人に腕を掴まれて社長室へ連れていかれた。
「榎本君なんとかしてくれー」
情けない悲鳴を残して社長は連行されていった。
「榎本課長、もしかしてこれって宴会の日に、ハワード・木村って人が売ってたやつじゃないんですか?」
「ああ、君はあの日に見たんだな。あの何日かあとにハワードさんがうちにきてデモをしていったんだよ」
「デモって、あれはフルダイブって言ってましたよね、そのデモですか?」
「そうだ、私も試したんだが、まぁフルダイブと言っていいと思う、夢を見ているようだったが」
オレの中では、予感があった。
自宅パソコンのNVRでヘルプエージェントのMayaが、『NVRStage 2に移行するには、有料の拡張部品(Nコネクタ)が必要です』
と言っていた。
確証はないがこの、USB装置『ニューラル・コネクタ』のことではないのか?
そうだとして、NVRStage 2に移行したらどうなるのだろう?
そして、それはどうすれば移行できるのだろうか。
USBポートに差すだけでいいのだろうか?
「社長が一発OKを出して先週契約したんだ、それがこれだ」とUSB装置の塊を指さす。
ハワード氏が売り込みに来た日からこの件はマル秘扱いとなっていたため、
これが何なのか知らない社員がほとんどである。
胃の辺りを手で押さえた社長が戻ってきたが顔色が悪い。
「社長大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ、このUSBの山をなんとかするために対策室を設置する。とりあえずメンバーは、榎本君と七海君、きみはあのパブから知ってるだろう、あとは高縞君か」
「いえ、高縞は酔いつぶれていただけですので、まず少人数で方針を決めましょう」
「うむ、そうだな、この場で決めてしまおう」
フルダイブVRが実現できるのは分かっているそうだ。
オレ自身はまだ体験していないのだが、Mayaの存在もあり、実現できるのだろうと思う。
「どんなゲームをどうやって作るかは、この際後回しだな、七海君どうかね」
「単純にフルダイブゲームを作り、USB装置『ニューラル・コネクタ』とペアで販売するというのが直ぐ思いつく方法ですが、課長どうでしょうね」
「できなくはないと思うが駄目だろうな、いくら宣伝しても、頭から信用されないだろう。作ったゲームが催眠術だなどと言われると話がややこしくなる。おまけに、販売ルートをどうするかという問題も出てくる。委託販売もどうかな信用されるかが問題だしな……」
社長も否定的だ、「販社を立ち上げるにしても時間も費用も掛かるし、1万個程度では割に合わん。これ以上負債を抱える訳にもいかん」
といって再び胃を押さえる。
「手形の期限は3か月だ、何とかならんか」
「ゲームを作って大々的に広告というか、フルダイブを世の中にアピールできればなんとかなりませんかね、世界初だーとか言って?」
「七海君そんなうまい話があるのかね?」
「日程は後で確認できますが、2か月とちょっと先に幕張で東京ゲームフェスティバルが開催されるはずです。テレビで宣伝してるのを見ました」
「「それだ!」」
「フェスティバルでゲーム&USBを物販するんじゃなく、世界初のフルダイブアプリを大々的に宣伝する。それができれば、大手ゲーム会社も、デバイスメーカーも、銀行も向こうから近寄ってくること間違いなしだ!」
「よし、榎本課長、君がリーダーで、必要なメンバーを選定してくれ、参加準備は今すぐスタートだ」
社長の顔色はだいぶ良くなったように見える。
「しかし、2か月前でしょう?出展申し込みが間に合わないんじゃないですか、普通無理ですよ?」
「わからん、関係ありそうな知り合いに相談してみよう、何か手はあるはずだ」
榎本課長が、対策室として決めたのは、開発1課の開発室(社員の席がある部屋)の隣にある工作室となった。
この工作室は、壁際に様々な計測装置や電源部品などを積み上げたメタルラックとパーツキャビネットが並び、壁に貼られたペグボードのフックには雑多なケーブルが引っ掛けられていて、床の隅っこに並んだコンテナには工具類が詰め込まれている。
工作台の上には液晶モニターやマイコンの部品やパーツ類、半田ごてやら色々な工具が雑然と置いてあるといった所謂、”秋葉原のジャンク屋を彷彿とする”部屋である。
この部屋をよく使うのは、課長とオレくらいで偶に高縞さんがサボりにくるくらいだ。
山積みのUSB装置『ニューラル・コネクタ』も工作室の隅に移された。
森さんが「何ここー汚い部屋」とか言ってるが、そのとおりである。ごめんねと心の中で謝っておいた。
「ちょっと散らかっているがみんな適当に座ってくれ」
榎本課長が、工作室に集められたメンバーの前に立つ。
「みんな忙しいところ集まって貰って悪いな、社長の特命で東京ゲームフェスティバルの対策チームを作ることになった。今ここにいるメンバーが主軸だ、勿論不足するようならマンパワーは逐次投入するつもりだ」
東京ゲームフェスティバル、略して、TGフェスの対策チームメンバーは、以下の通りである。
榎本開発1課長が、プロジェクトリーダーを務める。
開発1課から、七海がメインプログラマー。
同じく1課から、森サクラコが本業のグラフィックデザイナーで参加する。
開発2課から、富山十三子が開発サポートで参加する。これには尾崎開発2課長の強い推薦があった。
社長は、ここにはいないが、対外的な交渉事を行うそうだ。今は裏技的に、参加企業の共同出展を狙って走り回っている。
「チームの目的は、TGフェスへの出展だ。そのための出展物であるフルダイブVRゲームの開発だ。期限はTGフェスまでの2か月」
社運を賭けたミッションスタートである。
「まず、各自が今抱えている業務を終わらせてくれ、誰かに引継げるならそれでもいい。目処が付いたら、作業場所をここに移すようにしてくれ、一応マル秘案件だからな」
「榎本課長、FD電機の資材課さんへの納品で改造仕様書が残っているんですが、高縞さんに引継いでいいですか?」
「納品期限はまだ先のはずだし、高縞も今はヒマなはずだ、いいだろう、この後引き継ぎしてくれ」
「課長、わたし丁度ポスターの納品終わったとこですう」
「私が受け持っていた案件は尾崎課長が引き受けてくれました」
「よし、みんな午後からここに移動できるな、一旦解散する準備してくれ」
十三子が「わたし掃除しますね」
まあ確かに、掃除はありがたい。
森さんも「暇だし、わたしも手伝いまーす」
「パーツや工具類は置き場所があるから、そこら辺隅に寄せといてくれないかな、オレが後で片付けるから」
その日の午後、
TGフェス対策チームは、だいぶ奇麗になった工作室、いや、『TGフェス対策室』に再び集合した。
榎本課長はUSBの山から5箱持ってくると、油性マジックで、USB装置とパッケージにそれぞれ1から5の数字を書いた。
「これは社内開発用に割り当てる。番号を振ったので紛失しないように十分注意してくれ」
十三子が、「これを使ってフルダイブを実現するって、動作原理はどうなっているんですか?」
そういえば、あまり説明されていない、オレもこのニューラル・コネクタという装置について詳しくは知らないのだ。
榎本課長は、ハワード氏からの受け売りではあるがチームメンバーに掻い摘んで動作原理を説明してくれた。
「それと開発用機材として、ノートPCを2台用意する。不足するようなら追加するから言ってくれ」
森さんは「わたしタブレット持ってきまーす」と出て行った。
ノートPCが準備され、オレと十三子に渡された。
「七海君の方はいいんだが富山君、悪いがそいつは購入したばかりの新品で、まだセットアップしていないんだ、やってもらえるか」
「はい、わかりました。アカウントはどうしますか、今回専用とかあります?」
「仮でいい、今の開発2課の自分のを使ってくれ」
オレは、USBポートにマジックで1と書かれたニューラル・コネクタを差してみた。
「あれ?反応がない……榎本課長、USBを差してみたんですけど、これドライバとか要るんですか?どこかからダウンロードするとか?」
「ああ、やっぱり要るのか、USB装置と一緒に届けられたんだが、装置のドライバーとデモプログラムだ」
これだ、と一辺が9センチ四方くらいの平べったいプラスチックケースを渡された。
「え、えええええ!?これもしかして、フロッピーディスクじゃないですか?今時!実物は初めて見ました」
「そんなに驚く事か?組み込み分野では今でもフロッピーディスクを使うことはあるぞ、こんな手作り開発品のUSB装置とかは自動認識してくれないことが多いからな」
組み込み分野というハードや部品から作るぞーみたいな感じの仕事があるらしいけど、知らない世界だなあ。
「でもこのフロッピーディスクって、どうやって使うんですか」
榎本課長はメタルラックの横のキャビネットをなにやらゴソゴソ探していたが、
「このマルチデバイスアダプタを使え普通にUSBで接続できるぞ」
デカい外付けハードディスクみたいな、装置を渡された。
何をつなぐのか分からないソケットがいくつも付いている。
3.5FDと書かれた細長い穴が1つ空いている、ここに入れるみたいだ。
マルチデバイスアダプタなる装置から伸びているケーブルをノートPCのUSBポートに繋いだ。
受け取った3.5インチフロッピーディスクを1つしかないスロットに『かしょん』と入れる
カチャカチャ音がするのかと思ったが意外に静かだ。赤いLEDがチカチカするだけで
ニューラル・コネクタのドライバはインストールが完了した。
「七海君、わたしのノートもセットアップ終わったから、それやってくれない?」
富山さんのノートPCに、2と書かれたニューラル・コネクタを差して同じようにドライバをインストールした。
「向こうで描きかけCG整理してて、遅くなりましたー」
森さんも戻ってきた。
「そのノートPCは自宅に持ち帰って構わないが、社外持ち出し申請を出しておいてくれ
ノートもUSBも紛失しないよう十分注意してくれよ」
「課長、わたし何やればいいですか?」
森さんが3番のUSBをいじっているが、今使えるパソコンがない。
「今はそれ程急いでいないんだが、TGフェスに向けて我が社のポスターを頼んでいいかなブースで使うと思う」
「はーい、デザイン考えますね」
「とみ……富山さん、動いた?」
「・ ・ ダメみたい、そっちは?」
貰ったフロッピーディスクから、デモプログラムをコピーして動かしてみるのだが、どうもうまく動いているように思えない。
LEDが少しだけチカチカと明滅するがすぐ止まってしまう。
「駄目っぽいな。インストーラーとか、設定するソフトが要るのかなー」
デモプログラムを動かそうと、二人で色々試してみるが、ことごとく失敗する。
そうこうしているうちに、退社時間になった。
「課長、ノートPCとUSBを”社外持ち出し”しますね、申請書出しときます」
「ああ、まだ始まったばかりだ、あまり根を詰めるなよ」
『TGフェス対策室』は、しばらくは関係者以外立ち入り禁止とされた。
その頃ハワード・木村は、潜伏先のビジネスホテルで、イラついていた。
情報局の連絡員に任務完了を報告したのだがいくら待っても帰国指示が出ないのだ。
1億円の約束手形は、念の為中国大使館に郵送して預けてある問題ないはずだ。
連絡員に問い合わせても、確認中だ対象を監視しつつ待機しろと言われるばかりだ。
新人工作員のリー・ハオランがまさかあの欠陥USB装置を売り切った。と聞いた中国情報局の上司は、驚くと共にニヤリと笑った、その1億円巻き上げてやるか。
しかしその上司は手形が既に中国大使館に送られているとは知らなかった。
ともあれ、ハオランへの帰国指示は当分出そうになかった。
その後、ハオランは渋々チュウヤソフトを見張っていたが、見た目大きな変化はなく
そして……飽きてきた。
こうして2か月先の東京ゲームフェスティバルまでダラダラ付き合うことになるのである。
下っ端はつらいね。
次回「ラスボスとの邂逅」




