第4話 それ絶対詐欺ですってば、え違うの?
「社長、来客ですよ。ハワード・木村という方ですが……」
社長室で、来期の売上計画をチェックしていると、ドアがノックされる。
受付兼、秘書兼、経理部長兼、監査役兼、社長の妻である中谷政子が怪訝そうな顔で伝えに来た。
「ああ、聞いている。応接じゃなくて会議室に案内してくれないか」
「はい……でも会議室でいいんですか?」
「ああ、広い方がいいと聞いているから、構わない、あとお茶を頼む」
数日前にアイリッシュパブで知り合った怪しげな営業マン、ハワード・木村氏から電話でアポイントを求められ、話だけでもということなので今日来社してもらった。
「本日はお忙しいところお時間を取って頂きましてありがとうございます」
ハワード・木村は、慇懃にお辞儀をする。
「あらかじめお断りしておきますが、私はS商社のエージェントとして、このデバイスに関する一切の権限を任されております」
お辞儀や握手はよいが、中国式の腕を顔の前で組む、拱手はダメだ、ハワードは咄嗟に我慢した。
自分は西欧から来たことになっているのだ。
ハワードは芝居がかった手つきで鞄を開け、ノートPCと、何の変哲もないUSB型の装置をデスクに並べた。
「開発元から共有されている基本理論をご説明しましょう。このUSB装置は『ニューラル・コネクタ』といいます。」
「ちょっと待ってくれたまえ」
社長は電話を引き寄せ、内線ボタンを押した。
『はい、開発1課です』
『榎本君かね?済まないがちょっと会議室に来てくれないか』
難しい話になりそうだと、社長は榎本課長を応援に呼ぶことにした。
少しして、榎本課長が会議室へ入ってきた。
「社長、お呼びでしょうか」
「こちらの方の話を一緒に聞いてくれないかね」
メンバーが揃ったと見たハワードはプレゼンを再開した。
「社長さん、続きをよろしいですか?
このUSB装置は『ニューラル・コネクタ』といいまして、起動すると特殊な波形となるように変調をかけた高周波を放出するようになる装置です。」
「要は電波を出す装置という事かね」
「大まかにはその通りですが、ただの電波ではないという事ですね。この装置から大体半径1メートルの範囲に入った人間の脳は『ニューロンリンク』という状態になります。ただし、脳波のパターンは個人によって異なるので個別に同調する必要があります。実際は、装置に最も近い場所にいる人との1対1のペアリングになります」
「変調とか特殊パターンとかは重要機密とかで私も聞かされていないので説明できないのですが、
開発元のチーフエンジニアが言うには、えーと、ちょっと済みません」
ハワードはポケットから皺くちゃになったメモ帳を取り出し説明を確認した。
「えー脳がニューロンリンク状態になると、大脳皮質の前頭前野と呼ばれる領域の活動が低下し、視覚野、聴覚野、体性感覚野などの領域にかかっていた活動制限がなくなります。」
ハワードはメモ帳をめくりながら、
「この状態は我々も良く知っている夢を見ている状態に非常によく似た状態です。」
「ここにパソコンから知覚情報を乗せた変調信号を送ってやれば、CPUで作り出した情報を知覚できるつまり仮想世界を体感できるんです」
「つまり、これ1本でフルダイブVRが実現できるということですよ!」
一気に説明を終えたハワードは、ふう、と大きく息を吐いた。
「話だけでは中々理解して貰えないのですがね。」
中谷社長は、腕を組み「うーん、榎本君今の説明が分かったかね」
榎本課長は、
「まあ、説明の内容は理解はできますが、実現性はどうでしょう、納得できませんね。
ハワードさん電磁波で脳に影響を与えるなんて大丈夫なんですか?
極端な話、頭を電子レンジに突っ込むようなものでしょう?」
ハワード氏は『はっはっは』と笑いパソコンの電源を入れ、USB装置をポートに差し込んだ。
「USBの供給電力は数ミリワットです。どんなに頑張ってもコップ一杯の水を1度も上げられない電力ですよ。安全性に問題はありません」
榎本課長は食い下がる。
「では、逆になぜそんな数ミリワット程度の電磁波で脳の状態を制御できるのですか?」
再びメモ帳をめくりながらハワード氏は説明する。
「それは、えーと、あ、これだ、技術的な詳細は極秘事項だそうですが、『共振を利用する』とまでは明かしても良いと言われています。わたしには何のことかサッパリ理解できないんですがね」
「むう、極小電力で脳と接続できるブラックボックス的な技術があるという事か」
「百聞は一見に如かず。デモをやらせてください、ここまで説明させて頂いたことはないのですよ、御社が初めてです」
「よし分かった、私がやろう」
榎本課長が「社長!大丈夫ですか!?」と止めるも、
「なに、たかがパソコンとUSBだろう大丈夫だ」
ハワード氏はデモ用だろうアプリを起動した。
「では社長さんこのパソコンの正面に座ってください、榎本さんは少し離れてください、デモ用なのでほんのわずかな時間ですがフルダイブを体験してください。いいですか、行きますよ」
ハワード氏はデモ用アプリのボタンをクリックした。
「・ ・ ・ ・」
社長の動きがピタリと止まり瞼がおちる。だが眼球は『キョロ』、『キョロ』と動いているようだ。まるでREM睡眠時のように。
約10秒後。
「はっ、ふうなんだこれは!これがフルダイブかっ!」
「確かに今私は万里の長城に立っていた……ような気がする、 いや、確かに乾いた風の冷たさを感じた、石畳の硬い感触……テレビでよく見る八達嶺長城に確かにそこにいたぞ!」
「いかがでしたか社長さん。まあデモですからこのくらいなんですがね」
ハワードはプレゼン成功を確信してニコリとほほ笑んだ。
「榎本君きみもやってみたまえ、これはわたしの証言だけでは誰も信じてくれん!」
「……わかりました、そこまでおっしゃるならやってみます」
ハワード氏がデモ用アプリを再起動する。
数分後、最初胡散臭い目で見ていたはずが、社長以上に大興奮した榎本課長がいた。
「後はこれを使ってゲームを開発すればいいのですが、
残念ながら私共は装置、ハードウェアの開発が主体でしてゲーム制作のノウハウがないのです」
「ゲームと言えばやはり日本のゲームメーカーが優秀なのでN社やS社や他にも声は掛けたんですが
中々話を聞いてもらえなくて」
ハワード氏はパソコンやUSBをそそくさとカバンに詰め込んで、
(あまり長時間やると問題がばれる、契約は次回にしてさっさと撤収だ危ない危ない)
「本日は貴重なお時間を頂き、また話を聞いて頂きましてありがとうございました。今日はこの後回るところがありまして、時間が押していて申し訳ないのですが続きの商談は後日お願いできますか?」
「ハワードさん、勿論だよ次回は契約までいきたいものだな」
二人はしっかりと握手をした。
「では、これで失礼します……」
夕暮れ迫る街中へハワード・木村は去っていく、一方会議室に残った社長達は、
「榎本君、これはチャンスだ大手や他社を出し抜く大チャンスだ」
「社長これは素晴らしい世界初のものができますよ!」
大騒ぎである。
そして数日後、再びハワード氏が来社し社長と商談を再開する。
「実は契約条件がありまして、このニューラル・コネクタはロット単位での販売になっているのですよ、
1ロットが1万セットなのですがよろしいですか?」
単価1万円という、切りがいい値段だ。
1ロットでも、単価1万円×1万セットでざっと1億円の契約である。
勿論、契約条件も単価もハワードが適当に決めたものなのだが。
フルダイブの夢の実現を確信している社長は二つ返事でOKし、3ヶ月サイトで額面1億円の約束手形を切って手渡してしまった。
社長は上機嫌であるが、
弱小企業であるチュウヤソフトにとって重すぎる負債である。
中谷政子経理部長が、般若の形相で睨んでいるのを、社長は気付いていないのだろうか。
周りから社員がスッといなくなるのは、致し方ないだろう。
さて、このハワード・木村なる人物。
実は国家安全省つまり中国情報局の諜報員である。
ハワード・木村こと、李 浩然彼が国家安全省から課せられているミッションは単純である。
不良品のUSB装置1万セットを売りさばく事、または秘密裡に処分する事。
売りさばく事ができ、普通に出国できればミッション成功、それでよし。
売れなければ海洋投棄して脱出帰国することになっている。
その時はミッション失敗で諜報職員採用試験に失格となる。
と本人には言われているのだが、
実は成功しても失敗しても既に職員には採用されていて、あまり手を抜かれても困るので、上司がわざと本人に知らせていないだけである。
この処分任務はチュートリアル的なゆるーい初任務であったりする。
めったにない中国情報局の粋な計らいであった。
こうして、USB装置『ニューラル・コネクタ』はチュウヤソフトへ、そして七海のもとへ届けられることになるのである。
次回「ミッションスタート」




