第2話 楽しくて大変な歓迎会
週末になった。
1週間前から予告されていた、開発1課と開発2課合同の新人歓迎会である。
朝のミーティングで中谷社長から、
「今回は新しい仲間が二人も増えたから、みんなで盛大に歓迎しよう。みなさんできるだけ定時退社を心がけてください。」
社内には「はーい」「ほーい」と気の抜けた返事が響いた。
最近はこういう社内の飲み会を嫌がる若手も多いらしい。
勤務時間外まで会社に自分の時間を奪われたくないという気持ちらしい。だけど、会社のおごりで美味しいお酒が飲めるなら、オレとしては悪い気はしないのだけれど。
人それぞれだし、考えを押し付ける気はない。
定時になり、ぽつりぽつりと席を立つ人が出てくる。オレもそそくさと荷物をまとめた。
会社のビルの裏口を出て路地を少し行くと「大判屋」という居酒屋がある。
そこが今日の会場だ。
入口にでっかい赤ちょうちんが下がっているのが目印。
昼はランチタイムをやっている店で、日替わりランチが美味しくてボリュームもある。
良くお世話になっている。
ほとんどの席が埋まり予定時間になったので、
今日の幹事を任された榎本課長が立ち上がる。
「時間になりましたので新人歓迎会を始めたいと思います。社長一言お願いします」
「新しい仲間が二人増えました。みんなで歓迎しましょう。仲良くしてください」
挨拶みじかっ!
「飲み物まわりましたか、では、ようこそチュウヤソフトへ、乾杯!」
「「「「カンパーイ」」」」
「あ、もう始まってる」
遅れてきた高縞さんが、オレの隣に割り込んでくる
「ちょ、高縞さん狭いですよー」
「じゃあ、新入社員から順に自己紹介お願いします。」
宴が始まり、すぐに新入社員の自己紹介タイムが始まった。
名前も知らなきゃ話もできないしね。
まずは1課に入ったグラフィックデザイナーの女の子、森さんからだ。
「桜田サクラコでーす。以上!」
「はあ?」 「え?」
一瞬、全員の手が止まる。そんな芸能人みたいな名前の新人、いたっけ?
一旦座った森さんが改めて立ち上がる。
「桜田サクラコはブログにCGを投稿するときのハンドルネームですよろしくお願いしまーす。本当は森サクラコです。グラフィックデザイナーで入りましたよろしくお願いしまーす。」
「いやいや、どっちで呼べばいいんだよ、紛らわしいな!」
高縞さんのツッコミにドッと笑いが起きる。
本人は飄々と至って平気な顔をしている
なかなかに1課らしい個性的なキャラの新人だ。
続いて、問題の「開発2課の新人ちゃん」が立ち上がった。
「富山十三子です。よろしくお願いします」
「ねえねえ富山ちゃん、カレシとかいるの?」
高縞さんがずけずけとセクハラ発言を飛ばしたが、富山さんはすっと視線をそらし、完全に無視を決め込んだ。
入社初日の第1印象の悪さはかなり強烈であったようだ。
──富山十三子。
オレはその横顔を、じっと見つめていた。
知っていた。社内ですれ違ったときから、見間違うはずがなかった。
元カノだ。
学部は違ったが同じ大学の同級生で、卒業間近の短い期間、オレたちは付き合っていた。
当時は彼女を「トミ」とか「とみとみ」とかあだ名で呼んでいた。
卒業し、就職先の勤務地の都合で距離が離れてしまい、新生活の忙しさから連絡が疎遠になって、結局……なんとなくフェードアウトしてしまったけれど。
オレの視線に気づいたのか、十三子がこちらを向いた。
一瞬、目が合うが、彼女はきまずそうに小さく眉をひそめ、ぷいっと顔をそらしてしまった。
「もう3年経つのか、たぶん色々あったんだよな」
尾崎2課長が一言追加する。
「富山さんは2課でも期待されている優秀な方ですのよ」
宴も酣、程よく酔いも回ってきた。
お酒が進むにつれて席は乱れていく。
「ウェーイ! かんぱーい!」
すっかりパリピと化した森さんと高縞さんが大盛り上がりしている。
十三子の方は、と見ると、仲良くなった開発2課の女子の愚痴につきあっているようだ
「へえ業務の打ち合わせなのに、佐藤さんていうの?担当さんそこで切り上げちゃうんだ」
「そうなの、サトウサトコのシオ対応って社内で有名なんだから」
うん、楽しそうだ。
十三子とは、別に振ったの振られたのではないし喧嘩別れした訳でもない。
互いに拒絶する理由はないと思うのだが、何と言うか会話を切り出すきっかけが掴めない。
「はぁ、普通に話しかければいいだろう、オレ」
と呟く。
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「ではこのあたりでお開きにします。二次会は各自自由にどうぞお疲れさまでした」
ほとんど素面の榎本課長がサクッと締めて一次会は散会となった。
「二次会いくぞー、七海君付き合いたまえ」
中谷社長に後ろから襟首をつかまれた。
「えー! いや、オレ、ちょっと富山さんと……」
「あーれー」と情けない声をあげるオレの横で、同じく捕まった榎本課長と高縞さんも諦め顔をしている。
十三子は、と目で探すと開発2課の仲間と数人で連れ立っていく。カラオケに行くようだ。
(しょうがない、十三子と話すのは今日でなくてもいいか)
「ちょっと変わったとこに連れて行ってやるぞ」
通りを二筋程渡ってしばらく歩くと、社長はアイリッシュパブへ入っていく。
それ程変わったところではないのでは?と思うが確かに普通に来る手の店ではない。
店内は海外の酒場やスポーツバーのようなガヤガヤとした活気に満ちている。
どうやら社長が事前に予約していたらしい。
「いやー、近頃この店が気に入っていてね。フィッシュアンドチップスとギネスビールが旨いんだよ。ここは私が持つから好きなもの注文してくれ」
「社長ごちそうさまです」「社長ごちになります」「社長頂きます」
と一斉にお礼を言って各々注文する。
黒ビールで再び乾杯する。
店内は結構騒がしく、自然声も大きくなる。
「七海君近頃どうかね仕事の不満はないかね」
「はい、不満なんかないですよ。色んなシステムの仕事ができて楽しいです」
社長の夢を何度も聞かされ、もう何杯目かのお代わりのジョッキを傾ける。
高縞さんが「……フッシュアンドチイプスってただの白身魚っしょ、それ程うまいもんじゃないっすよね……」
アルコールがまわっているのか毒舌に遠慮ない、舌も回ってない。
「七海君!ボクはねえバーチャルをやりたいんだよ、ば・あ・ちゃ・る」
社長も怪しくなってきてる。
「はいはいVRですか?VRMMORPGとか面白そうですよね、やったことないですけど」
「そうだよ君、フルダイブ!の、VRMMORPGだよ、はああ作りたいなあ!」
(空に浮かぶ鋼鉄の城に魅入られた人なんだろうなあ。でも作る方かよ、わが社の規模じゃあ無理でしょうねえ)
面倒見の良い榎本課長が立ち上がり、
「社長、高縞がつぶれそうなんで、連れて帰ります七海君もあとよろしく頼む、お先に」
「はーい、課長お疲れさまでした」
「ほらこっちだ」榎本課長が高縞さんの肩を支えて店を出て行った。
と、その時、近くの席でバンと激しくテーブルを叩く音がした。
周りのみんなが注目し一瞬店内は静まり返る。
「そんなんじゃ儲けがでねえだろうがっ、話にならん帰るっ」
「おいっお前、もうウチにツラだすんじゃねえぞ!」
と男が怒鳴り散らして乱暴に席を立ち、店を出ていく。
相手をしていた陰気な感じの男が手を伸ばすが振り払われている。
見事な商談失敗の場面のようだが、あのガラの悪さは、まともな商売相手ではなかったのかも知れない。
あまり関わりあいになりたくないなあ。
ざわめきが戻る店内で社長はマイペースだ。
「なーなーうみくん、ぼくはねえ絶対にやりたいんだよお」
「はいはい社長今日はもう帰りましょうよ」
先ほどの陰気な男がため息をついて席を立った。
身形はきっちりしている、何のセールスマンだろう。
帰るのだろうかと思って見ていると、しばらく逡巡した後ため息をつき、こちらのテーブルに近づいてきた。
「社長さんバーチャルに興味があるんですか、フルダイブの」
内緒話をするように顔を近づけて、
「実はわたしズバリ言いますとフルダイブ用のデバイスを扱っているんですよ」
「……本当かね」
フルダイブという単語にピクリと反応した社長が顔を上げる。
「ええ興味がおありでしたら説明いたしますよ、モノはこれです」
男がポケットからパソコンのUSBポートに差し込むような小さな電子部品を取り出し、親指と人差し指で摘まんで見せた。
「お名刺を頂けませんか?ここはうるさいので、後日正式に御社へご挨拶に伺いましょう」
つい今しがた商談失敗したのだろうに、めげない人だな。
というか、こちらの会話を盗み聞いて、この場でダメ元でもと、営業掛けてきたのか、逞しいな。
だがいかにも、胡散臭い話だ。
しかし、社長は意外にもスッと立ち上がり、真顔で名刺交換している。
名刺をちらりと覗くと『ハワード・木村』と読めた。
胡散臭さは増すばかり。
「社長、そろそろ帰りましょう。大丈夫ですか?」
ハワード某を置き去りにし、中谷社長を支えて店を出た。
夜風が冷たい週末の夜。
だが、明日は休みだやっほー。
奇特にもここまで読んでくださった方のために、
次回予告「憂鬱な日のかわし方」
アップグレードの正体がわかりますよー




