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第1話 物語は普通平凡な日常から始まるもんだ

「今日はここまでにするかなあ」

 日曜の夜、オレは趣味のゲーム制作にのめり込んでいた。


 新しく作り始めた3Dオープンワールドゲームの編集中だ。


 いつも使っているUfinityのUpdateが入りバージョン7.3.2LTSになった。

 新しいバージョンの使い勝手を見るためちょっと触るくらいのつもりで始めたのだが……ハマってしまった。


 Ufinityとは基本フリー(無料)で使うことができるゲーム開発アプリ&ゲームエンジン(ゲームを実行する機能)を一つにまとめたソフトウェアである。世界中に500万人以上のユーザーを抱えている知る人ぞ知るゲーム開発ソフトだ。

 Dクエなどコンシューマーゲームのビッグタイトルにも採用されたこともある。


 『Ufinity、あなた(U(You))に無限(Infinity)の可能性を与える』がキャッチフレーズだ。


 休日にパソコンを触り始めるといつも長期戦になるので、前もって近くのコンビニで食料を買い込んできた。


 準備万端いざっ!と始めたのが昼の2時、今は夜の11時。

 なんと9時間もパソコンのモニターと向き合っている。


 会社の仕事は仕様書でガチガチに縛られたプログラム作成で少しの勝手も許されない、厳しくも退屈なものである。

 良かれと思って効率的なコードでプログラミングすると、良いものであることは認められるのだが『じゃ仕様書のほう直しとくから』とため息交じりに渋々採用される程度。

 余計なことするな感が溢れている。

 頑張っても喜ばれることがない仕事はモチベーションが上がらない。


 その反動で趣味のプログラミングは自分の好きなものを自由に作る。誰に文句を言われることもなく作る。作るゲームのネタはいっぱいある。


 そりゃあ、時間も忘れるよ。


「普通に動くとこまでできたし満足満足、でもさすがに疲れたー」

 製作中のゲームを保存する。


 保存する名前は『The_World_In_Creating(作りかけの世界)』である。


 ふと見るとUfinityの通知エリアに"Super Upgrade 到着!"と表示されている。

「アップグレード?今日アップデートしたばかりなのだが?」


 妙な通知に違和感を覚えながらも、アップグレード実行をクリックすると、本当に実行しますか?的な何時も良く見るメッセージが表示される。

「いつものではあるね、やっておきますか、ほい実行っと」

 暫く(しばらく)かかりそうなので、冷蔵庫から缶ビールを取り出しプシッ


「んー終わりそうにない、長く掛かるタイプか。失敗したかも、まあ後は風呂入って寝るだけだが……」


 ---


 翌朝、普通に目覚め、普通に朝食、といっても昨日コンビニで買っておいたパンとコーヒーだが。


  パソコンのモニターを見るとまだアップグレードをやっている。

  『ダウンロード中です 23%』

  「一晩で23%か、手ごわいなー、よし放置しよう!」

  モニターの電源だけOFFにする。付き合ってられないので勝手にアップグレードしてもらおう。

 好きなだけアプグレすればいいよ。


 毎朝の習慣でテレビを点けると、いつもの朝のニュースをやっている。


 ――都営新宿線の架線事故の影響で京王電鉄各路線、東京メトロ各線の列車に遅れが生じています。──

「え~」


 ――NASAアメリカ航空宇宙局の発表によりますと巨大なブラックホールが新しく発見されました。太陽系はそのブラックホールに引っ張られている訳ではないのですが、天の川銀河の中で元々その方向に向かって移動していたという話です。

 担当職員の話では、

『いずれ太陽系全体がブラックホールに飲み込まれるかもしれないね-。でもそれは千年以上も先の話だよ今心配することじゃないさハッハッハー』 ──

「そんな先の話……朝から陽気なアメリカ人を見てしまった」


 ――株と為替の値動きです。東証トピックス先週末の終値を受け──

「天気予報は……いっか」

 テレビを見ながら身支度を終えて玄関ドアを開ける「いってきまーす……」勿論返事なんかないのだが。


 通勤電車に揺られながらスマホのメールをチェックする。課長から1件着信(き)ていた。

 なになに『頭数を当たっている、今度の飲み会どうする?』

 あー新人歓迎会だっけ今度の週末と聞いたな『お疲れ様です。はーい出ますよ。よろしくでーす』っと。

 4月って飲み会が多いな、花見もあるし。


 と、ここでいきなりの車内アナウンス。

『お客様にお知らせします。本日早朝発生しました都営新宿線の架線事故の影響で当列車は次の駅で約30分間の運転停車を行います。お急ぎのところ申し訳ありませんがご理解とご協力をお願いいたします』

『お客様にお知らせします。本日早朝──』

 車内には、『えーウソー、マジか やべー、もう降ろせよ』の声が溢れる


 あちゃー朝のニュースで言ってたヤツか、本当に自分にヒットするとはなー。

 会議とか打ち合わせとかが決まっていて、電車が遅れると本当に都合が悪い人もいるかもしれないが、不可抗力で遅れるのは大目に見て貰いたいものだよね。

 オレの会社のルールは決まっている。降りたときに遅延証明をもらえば良い、それだけ。


 まるで測ったように30分遅刻しました、タハハ。


 会社は、雑居ビジネスビルとでも言うか、古くはないが新しくもないといったビルの3階にある。ほかに建築設計事務所とか生命保険会社とか1階にスマホショップとか入居しているが良く知らない。


 事務所のドアをこっそり開けて、こそこそと入室する。

「すいませーん遅刻しましたー」

 小声になるのはしょうがないじゃん。我ながら小心者だなあ。


「高縞さんおはようございます。榎本課長が見当たらないんですけど知りません?」


 2年先輩の高縞さんに挨拶する。その後ろの席では、新入社員の森さんがタブレットで何かのポスターを描いている。


「おう、おはよう重役出勤だな、課長なら会議室だよ。今日入社する新人の配属調整だって」

「遅刻は、電車が遅れたんですよ、新人が入ったんですか?」


 遅刻したおかげで今日入社する新人さんの紹介に間に合わなかったようだ。


「うん中々の美人なんだけど、なんか冷たいんだよねー、美人だなーってじーっと見てただけなのに」

「ははは、目付きが嫌らしかったんじゃないですか」

「何おうっ、エレベーター待ってる時ってヒマじゃん顔見てただけでなんで嫌われないといけないんだよ、そんなに女が偉いのかよっ」

「ははは、そうですよね」

 ご立腹のようだ。


  聞くところでは何とかして話しかけようとしても毛虫を見るような目で見られたらしい、どれだけ第1印象が悪かったのやら。

 益体(やくたい)もない話をしていると、会議室から榎本課長が戻ってきた。


「課長、おはようございます。すみません、電車が遅れてしまって、遅延証明出しときますんで、お願いします。」

「ああ、おはよう、結構遅延したらしいな、2課のメンバーも二人ほど遅れたって尾崎課長が言ってたよ」


 新人紹介に間に合わなかったと言うと、その新人さんは大手製薬関係のソフトウェア子会社から転職してきたと簡単に説明してくれた。あんな大手のいい会社から、なぜ年中人手不足の我が社へ?と思ったが、年中人手不足のわが社にすれば、ありがたいことである。


「開発2課に配属が決まったよ。うちには一人入っているし残念だったな」

「へえ、2課ですか、優秀なんですね」


 我が社の開発2課は、通信大手の系列会社からシステムの受託開発を請け負う、手堅い稼ぎ頭の部門だ。

 真面目の塊のような尾崎課長が率いている。

 対して、オレがいる開発1課では、自由にしていいよ、と言われながらも指示された通りのソフトウェアの作成を行っている。

 でも、たまに舞い込む面白い案件にワクワクしたりする職場だ。


 先日も、UmeboshiS・pieとかいう変な名前のラズパイを真似したマイコンボード(パッケージには日本語で『梅干しス・パイ』と書かれている)に、各種センサーをこれでもかと繋いで「工場の環境監視にいかがですか!」と売り込みに連れていかれた。

 実験的で面白いことをやる課で、ガチガチの仕様書に縛られる2課より、オレはここが気に入っている。


 わが社は、チュウヤソフト株式会社というのだが、社長が中谷(なかたに) 忠(ただし)だからチュウヤソフト。昼夜問わず働いているからでは、多分ない。

 過労死して異世界に飛ばされたりはしないぞ!


 その中谷社長が言うには、

『わたしの夢は、歴史に残る自社開発のゲームを作ることだ!』だそうだ。


 ゲームですか、マジで?そういうところも大好きである。


 何はともあれ、お堅い開発2課所属となった新人ちゃんとはあまり関わることもなさそうだ。


 ちなみに帰宅すると、パソコンのアップグレードは終了していて、ご丁寧にも自動シャットダウンされ電源も切れていた。


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