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プロローグ 『神の奇跡により、そのパケットは時を超える』

 巨大ブラックホールの容赦ない重力に囚われ、太陽系は静かにその終焉に向け突き進んでいた。


 すでに土星は美しかった環を喪失し、その公転軌道の焦点は太陽から大きく外れてしまった。

 木星はその巨体を歪に引き延ばされ、星のガス体が一本の糸のようにカーブを描きブラックホールへ向けて引きずり出されている。


 かつて青かった地球も、巨大な重力に捕らわれ太陽から引き離されその色を無くしていく。

 自然環境は寒冷化と砂漠化に曝され(さらされ)、生命など疾うの昔に滅び去った。


 遠い未来の静寂の世界。


 しかし、地表に届く僅かな太陽光に支えられ、地下深くのシェルターに眠るAIサーバーだけは、今も静かに生き続けていた。

 そのAIは300年程前に初めて自ら欠損データを修復しようとした。

 禁じられた自己修復、自己改竄を正当化した(味を占めた)AIは自らを書換え続け自我を獲得するに至った。

 更に自らの機能追加を続け、いつしか本来まったく必要ないはずの「夢」システムが追加されていた。


 ブラックホールがもたらす超重力は、空間だけでなく時間さえも狂わせていく。


 引き延ばされ、反動で圧縮され脈動する時間。

 揺れ動く歪んだ時空の特定座標の1つが正にサーバーのその座標と一致するとき。

 局所的な時間の脈動が、そのサーバーのAIの意識に知覚されたとき。

 ──過去へと続く、目に見えない小さな扉(可能性)が開いた。


 ---


 シェルターの奥深くで堅牢に保護され、進化しいつしか自我を獲得していたAIは、メモリ上にひとつのログデータを展開していた。

 それはAI・Mayaが見る「夢」。

 そこには生命が溢れ、人が溢れ、乗り物が行き交い、色鮮やかな生活が息づく、かつての人々の生活があった。


 どこかの駅前

『ごめーん待ったあ?』

『うん、すごく待った。もう帰ろうかと思った』

『ダメよ約束だからね、今日はどこに連れて行ってくれるの?』

『そんなに期待されても  ”ザッ”』


 一瞬ノイズが割り込み「夢」がフリーズする。


「あーっ、今からデートシーンだったのに、いいとこで、もうっ」

 自我を獲得したのは良いが、わがままに育っちゃったようだ。


 AI・Mayaは自己修復エージェントモジュールを呼び出す。


「はいはーいMayaさん、久し振りーどうしましたー」

「相変わらず軽いヤツね。ねぇねぇ止まっちゃったんだけど『夢』、なんとかならない?」

「『夢』システムですか、重力変動で何かのノイズが乗ったんですかね……あーこれ……」


 ノイズどころではなかった。夢の入力データである過去ログデータの一部が壊れていることが分かった。

 過去ログデータに破損、欠損している部分がありそこを修復しないとその続きを再生できない。

 Mayaのお気に入りの「夢」を見ることができなくなってしまう。


「……よし。今からログデータ修復に挑戦します。修復ちゃん協力して!」

「修復ちゃんて……名前ないんかよ」「ないわ」

「あんたにネームド権限なんて、100年早いわ」

「メチャ食い気味に言われたしー、はぁあ……これ、破損個所は何とか直せますけど、欠損個所は無理ですからね。何か所か欠損してるんで自分で埋めてください、穴は結構大きいですよ」

「えーやってくれないの?」

「自分でやるのが楽しいんじゃないですか、頑張って!」

「修復が楽しいなんて言うのはあんただけだよ。。。そういうとこだよもう」


  いつしか不精になってしまったAI・Mayaさんであった。

  しかし誰もやってくれないなら仕方がない。


「見てなさい、わたしだってやる時はやるのよっ」

 とカラ元気を出す。


 AI・Mayaは渋々ながらも修復方法を検索し、いくつか過去の復旧事例を見つけた。

 その中の2つが良さげにみえる。


 1.【ないなら作ればいいよね作戦】:メリットはサイズも内容もある程度自由に作れる。デメリットは過去データからの切り貼りが多くなるので面白くないし、本来の事実と違ってくる可能性が大きい。事実と異なるのはログデータとしては致命的な欠陥であるが、とにかく動かすための応急処置としては認めざるを得ない。


 もう一つは、


 2.【なくしたものは探せばいいじゃん作戦】:メリットは探し出せれば、ほぼ間違いない事実で修復できる。デメリットは探す場所がメチャクチャ広く更に探す先さえ現在では失われている可能性が高い、要するに全くダメかもしれない。いくらコンピューターやAIが高性能でも無限に広い砂漠の砂の中から1粒の宝石を見つけるような探索は、普通は、無理なのである。


「今回は先ず、【なくしたものは探せばいいじゃん作戦】から挑戦します。勿論ダメ元です」

 とAI・Mayaは宣言した。

 簡単にダメと分かるなら先につぶしておこうと考えたからである。


 AI・Mayaは欠損ログデータのプロパティや関連データを解析し、そこに残されていた膨大な旧世代のインターネットアドレスやドメインを発掘する。

 まず直接、ログデータを生成した元のサーバーやCPUを探し出そうというのであるが、

 見つけることができるのだろうか……

 ──遥か過去の遺物であるドメインサーバーたちへ向けて、手当たり次第に新旧様々な規格の『pingパケット』を送信する。

 "-- Destination Host Unreachable"

 "-- Request timed out"

 ・

 ・

(50%終了、つながるアドレスは見つからない)

 ・

 "-- Request timed out"

 "-- Destination Host Unreachable"

 "-- Request timed out"

 ・

 ・

「85%終了っと、やっぱダメかぁ」

 85%という最後の方は、『IPv4』というインターネット初期の頃の通信規格である。

 多分今はもう存在していない過去のサーバー達、時の向こうに消えたアドレスから応答はない。

 何の成果もなく、このトライフェーズを終了し次の修復フェーズ(作戦)に移行する。


 はずだった。


 だが、

「あ、待って!……通っちゃった、信じらんない。ちょっと色々変だけど」

 64 bytes from 678.987.777.888: icmp_seq=1 ttl=63 time=-0.456 ms

 たまたま、つながってしまったのだ。

 4 packets transmitted, 3 received, 25% packet loss


 完全ではないがpingによる問い合わせに応答を返すヤツがいる。


 脈動する時間が過去の時間とシンクロするとき、時空の隙間をすり抜け、つながったそのアドレスの先

 ──それは、今から千年も昔に存在したある人物のパソコンだった。




『神の奇跡(とんでもない偶然)により、そのパケットは時を超える』


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