第2話「おログインですわ!」
一撃必殺だった。
俗に言う、オーバーキルである。
獰猛なヒュドラが、今は地面の染みになって広がっていた。
その真っ赤な残滓を、ヒュン! と聖剣を振って打ち捨てる。
サイジはぐるりと周囲を見渡し、頭の中に呼びかけた。
「ええと、アナネムさん?」
『なんですの? あ、わかりましたわ! その聖剣についてですわね!』
「ええ、まあ。えっと、聖剣ってことはエクスカリ――」
『そんな普通のレア武器じゃありませんことよ? その名も、虹閃の聖剣エクスマキナー』
――エクスマキナー。
それが虹ノ剣の名。
サイジはエクスマキナーをトントンと肩に遊ばせる。
重さは感じない。
しかし、振り上げた瞬間、触れる全てを重厚な斬撃が襲った。まさに聖剣、圧倒的な強さである。女神のお墨付きなのだから、この際リセマラとか普通のレア武器とかいう言葉は忘れることにする。
「とりあえず、村を救いたい。結果的に魔王を倒すことになるけど」
『お任せですわっ! さあ、いよいよゲームスタートでしてよっ!』
その時、妙な違和感がサイジを襲った。
勝手に体が動いたのである。
それも、ひどくぎこちない。まるで、見えない糸に操られている人形のようだ。そのままサイジは、怯え竦んだ一匹のゴブリンに斬りかかる。
miss! というエフェクトがみえるかのような、見事な空振りだった。
『あっ、避けましたわね!』
「いや、今のは最初から当たらない……ちょっと、アナネムさん?」
『お待ちになって。キーコンフィグを、こうして、こことここを入れ替えて』
「……本当にゲームなんだ? やれやれ、僕は神様のゲームのキャラという訳か」
理由はわからないが、神様視点ではこの異世界の危機はゲームらしい。
冗談じゃない。
この世界に生きる人間たちの危機なのに。
同時に、思った。思えてしまった。
「うん、面白いね。これぞまさに神ゲーって感じかな?」
『よーし、ガンガンいきますわよ!』
「っととと、しっかし操られっぱなしもなんだか」
そのままよたよたとサイジは、今度はコボルトに蹴りかかる。
そう、聖剣キック!
勿論、全く効かない。
モンスターたちの鳴き声が、自然と戦意を回復を感じさせた。同時に、先程まで村を覆っていた強烈な殺気が戻ってくる。
モンスターたちは手に斧や棍棒を持って、あっという間にサイジを囲んだ。
「アナネムさん、因みにゲーム経験は」
『お任せくださいな! わたくし、こう見えても母上譲りの腕前でしてよ!』
「ん、とりあえずガードしてね、殴ってくる」
『ほぁっちゅー! うおお、どっせーいっ!』
駄目だ、ド素人の動きだった。
サイジはぎくしゃくと逃げ回り、誰もいない場所で剣を振る。
オープニングのデモプレイよりも酷かった。
それはもう、いっそ清々しくなるくらいに下手である。
このままでは村は守れない。
あのお爺さんも、親切だった村人たちも殺されてしまう。
「アナネムさん、えっと……すみません、操作を僕がやっても?」
『ちょ、話しかけないでくださいまし! 気が散りますわ!』
「あー、ん、そうでした。言い方、言い方、っと」
既にモンスターには、あざけりの笑みを浮かべる者もいた。顔や形が違っても、そういう表情は雰囲気で伝わるものである。
侮りの空気が広がる中で、サイジは脳内に選択肢を表示させる。
安穏とした暮らしは破られ、救いの女神はポンコツっぽい。
どうやらこのゲーム、初手からハードモードのようだった。
「アナネムさん、女神様、ですよね? だったら」
『お待ちになって、今、こう……あら! 上下逆でしたわ、こうやって持ちますのね』
「女神様、ここは貴女の手を煩わせずとも、僕が。ほら、オート戦闘とかありますし」
『なんと! べ、便利な機能がありますのね』
「という訳で、僕に身体の操作を預けてくれますか? 戦闘の時だけでいいので」
『わかりましたわ、つまり』
「つまり?」
『お変身ですわねっ!』
「……は?」
次の瞬間、眩い光が迸った。
サイジは、自分から光が溢れ出ていること、そして光そのものになってゆく感覚に驚く。
そして、僅か一瞬で全身の能力が跳ね上がる。
はっきりと体感できた、もともとあった勇者の力が覚醒したかのような高揚感。
そして、何故か胸が重くてキツかった。
「なんだ……身体は、動く、けど。これは」
『おログインですわ! さ、わたくしを操作なさいな。こう見えても、体力には自信ありましてよ』
「つまり、これは……僕が、アナネムさんになってる?」
ちらりと聖剣エクスマキナーを見る。
虹の刃に、見るも可憐な少女が映っていた。
ツインテールにまとめられた、長い長い銀髪。整った目鼻立ちに、星空を凝縮したような瞳。そして、ほっそりとしていても出るとこが出すぎたナイスバディだ。
声まで変わってしまって、小鳥が歌うようだ。
その声音が今、自分が思った通りの言葉をさえずる。
「まあ、とりあえず……自由に動けるなら、今だね」
『やっておしまいなさいな、勇者サイジ!』
「うい」
先程にもまして、身体が軽い。
サイジが馳せれば風が割れて、ツインテールの銀髪が螺旋と揺れる。
あっという間にサイジは、まとめてゴブリンを五、六匹同時にブッタ斬る。しかも、かなり力を抑え込んでの手加減だ。先程みたいに全力で振るえば、エクスマキナーはこの村一つくらい消し飛ばしてしまいそうだからだ。
『いい調子ですわね! お勝利ですわ、モンスターが逃げていきますの』
「ふう。ま、こんなとこかな。それより」
『ええ! ええ、ええ! ええっ! 見えてましてよ、おスクショタイムですの。ああん、戦うわたくしも美しいですわ! ……これでようやく、世界が救えますのね』
不意に、能天気で高飛車な声色が潤んだ。
女神アナネムは、静かにサイジに語りかけてくる。
『わたくし、どうしてもこのゲームをクリアせねばなりませんの。サイジ、どうか力をお貸しになって』
「いいですよ」
『まあ、いいお返事! お即答ですのね』
「ゲームはもう始まってしまった。なら、ゲーマーとしては見過ごせませんよ」
それに、改めて知った。
この世界はもう、どこにも平和な場所などないのだ。
戦いを強制されなかったので、ちょっとしたバカンスみたいな気持ちでこの片田舎に引きこもっていたのである。それがまさか、神様視点では『ゲームの中でゲームをしてるサボリ勇者』という状況だったとは。
だが、それももう終わりだ。
救世の勇者としては出遅れたけど、遅過ぎはしないだろう。
そう思っていると、再び光に包まれ身体が元に戻る。
『改めて、感謝ですわ。戦ってくれてありがとう、サイジ』
「いえ、これが僕の本来の役目だったんでしょうし」
『では、改めて託しますわ……虹閃の聖剣エクスマキナーを。そして、虹の刃にふさわしい七つのスキルを説明――』
「ん、ちょっと待って。なにか来る」
明らかにモンスターとは異質な気配が近付いてくる。
というか、突進してくる。
思わずサイジが身構えた、その時だった。
森を突っ切り、村の柵を超えて躍動する、影。それは、長柄の槍斧を軽々片手で携えた戦士だった。長身の少女が、ビキニアーマーで全力疾走してきた。
「おーいっ、サイジくーん! ひさしぶり、げんきにしてたーっ? たすけにきたよー!」
あっという間にその少女は、目の前にやってきてそびえ立つ。見上げるサイジは、この童顔のロリロリなアニメ声とは知り合いだった。
「やあ、ルル。久しぶり」
「うんっ! ……あれえ? そのけんは? なんか、ピッカピカしてる!」
「ああ、ただの最強武器だよ。聖剣だって」
「わわっ、すごい! じゃあじゃあ、あの……いつもいっててゴメン、またいうよ? あの、いっしょにたたかってほしいの」
「うん、僕も戦うよ。今日もルルは、王国のお使いで来たんだろう?」
「そっかあ、たたかうかあ……トホホ、だめかあ……ほへ? いま、たたかうって!」
「だから、僕も勇者として魔王軍と戦う。一緒に来てくれるかい? ルル」
ルルと呼ばれた少女は、パアアと満面の笑みになる。そして、まるでデカいシベリアンハスキーみたいにサイジにじゃれついてきた。純真無垢な幼子のような無邪気さである。
頭の中では、女神アナネムの声がシステムメッセージのように浮かれて響いた。
『早速、旅のお仲間ですわ! 今こそ旅立ちですわー!』
こうしてサイジは、偽りの平和に別れを告げる。
今度の度は、アナネムにとってはゲームでも、実際に戦うサイジにとっては決死の進軍になるだろう。そういう時、決して準備を怠らず、石橋を叩いて渡るのがサイジというゲーマーのありかたなのだった。




