第93話 黒外套の影
朝食を終えた後、ライトはセイラとレインを連れて市場へ向かった。
フォルクとナディアには引き続き情報収集を頼み、案内人への接触も依頼した。今日の優先事項は、昨日セイラたちが掴んだ情報の続き——黒い外套の集団の正体だ。
「どこから当たる?」とセイラが聞いた。
「昨日、話を聞いた商人のところからだ」
市場の中ほどにある香辛料店。昨日セイラが立ち寄ったという店の主人は、五十がらみの小太りの男だった。ライトたちの顔を見て、心なしか表情が曇った。
「また来たのか……」
「もう少し詳しく聞かせてください」ライトは穏やかに、しかしはっきりと言った。「黒い外套の集団のことを」
「あまり深く関わらない方がいい」主人が声を潜めた。「あいつらは——普通の連中じゃない」
「何者なんですか」
「名前は聞いたことがある。《蒐集者》と呼ばれている」
その名を聞いて、レインが微かに反応した。ライトは続きを促した。
「遺跡の遺物を集めて回っている集団だ。売買目的じゃない——ただ集めて、どこかへ運ぶ。それだけらしい」
「どこへ運ぶか、わかりますか」
「わからん。だが——東の方向だという話は聞いた」
東。《滅びの原》がある方向だ。
「ありがとうございます」ライトは礼を言い、店を出た。
三人で路地を歩きながら、レインが口を開いた。
「《蒐集者》——聞いたことがある」
「知ってるのか?」
「噂程度だ。古い遺物や封印に関わる物品を組織的に集めている連中がいると、以前いた場所で耳にした。目的は不明だった」
「何かを解放しようとしているのかもしれない」セイラが言った。「《滅びの原》に封じられているものを」
ライトも同じことを考えていた。遺物を集めて東へ運ぶ。もし《滅びの原》の封印を解こうとしているなら——それは非常にまずい。あの場所に封じられているものが何であれ、今でも「終わりを求める声」として滲み出ているほどだ。解放されれば、どうなるかわからない。
「急ぐ必要がある」ライトは言った。
「急ぐって、どこへ?」
「《滅びの原》だ。《蒐集者》が動いているなら、先に状況を把握しておきたい」
セイラが少し顔を引き締めた。昨夜の「一人では行かせない」という言葉を、今も覚えているだろう。
「わかった。フォルクたちに連絡しよう」
宿に戻ると、フォルクとナディアはすでに帰っていた。
「案内人に話をつけた」フォルクが言った。「明後日なら動けるそうだ」
「明後日じゃなく、明日にできないか」
フォルクが眉を上げた。ライトが《蒐集者》の話をすると、老冒険者の表情が変わった。
「……《蒐集者》が東へ向かっているのか」
「ええ。もし《滅びの原》の封印を狙っているなら、時間がない」
フォルクが考え込む。ナディアが口を開いた。
「私も《蒐集者》の名前は聞いたことがある。規模は小さくないはず。正面からぶつかるのは得策じゃない」
「ぶつかるつもりはない。ただ——先に現地に着いて、状況を確認したい」
「案内人に掛け合ってみよう」フォルクが立ち上がった。「だが、ライト。一つ聞かせてくれ」
「何ですか」
「お前は——本当に《滅びの原》に入るつもりか」
部屋が静かになった。全員の視線がライトに集まる。
ライトは一人一人の顔を見た。フォルク、ナディア、セイラ、レイン。それぞれが心配と、そして覚悟の入り混じった顔をしていた。
「入る」ライトは答えた。「でも——一人じゃない」
誰も何も言わなかった。でも、全員が小さく頷いた。それだけで十分だった。
フォルクが案内人の元へ向かっている間、ライトは宿の部屋で装備の確認をしていた。
砂漠での長旅と遺跡での消耗を経て、いくつかの消耗品が減っていた。回復薬、魔力補充の薬草、砂避けの布——補充が必要なものをリストアップしていく。
「私も一緒に補充に行く」セイラが部屋に顔を出した。
「一人で行けるぞ」
「わかってる。でも一人でいると考えすぎるでしょ、あなた」
ライトは否定しなかった。
二人で市場に出て、必要なものを揃えていった。セイラは交渉が上手く、いくつかの品を思ったより安く手に入れてくれた。
「得意なんだな、交渉」
「昔から。お金がなかった時期に鍛えられた」
さらっと言ったが、重い話だとライトは感じた。深くは聞かなかった。
帰り道、露店の並ぶ通りを歩きながら、セイラが急に立ち止まった。
「ライト、あそこ」
小声で、視線で示した方向を見る。
路地の入口に、黒い外套の人間が二人立っていた。こちらを見ていた——いや、見ていたのかどうかわからない。外套のフードが深く、顔が見えない。
だが、ライトは確かに感じた。視線を。
「……行こう」ライトは普通の歩調で言った。「急がず、自然に」
セイラが頷き、二人は歩き続けた。
角を曲がったところで、ライトはそっと後ろを確認した。黒外套の二人は動いていなかった。ただそこに立っているだけだ。
「つけてきてない」とセイラが言った。
「ああ」
「でも——あれ、こっちを見てたよね」
「見ていた」ライトは確信を持って答えた。「俺たちを、特定していた可能性がある」
「どうして俺たちのことを?」
考えられる理由は一つだった。ダラント遺跡の封印が解けたこと。《蒐集者》が遺物絡みで動いているなら、遺跡に関わった人間を調べていても不思議ではない。
「急いだ方がいいかもしれない」ライトは宿への足を速めた。
戻るとフォルクが帰っていた。案内人との交渉は成功し、明日の早朝に出発できることになったという。
「良かった」ライトは報告をしながら、市場での出来事も伝えた。フォルクの顔が険しくなった。
「《蒐集者》がこちらを特定しているなら、夜は気をつけろ。見張りを立てた方がいい」
「そうしよう」
夜、交代で見張りを立てながら、五人は翌朝の出発に備えた。エスナルの街は夜も賑やかだったが、ライトたちの宿だけは静かに、張り詰めた空気が漂っていた。
《滅びの原》へ。明日、動き出す。
深夜、ライトの見張りの番になった。
椅子を廊下に出して座り、耳を澄ます。宿の外から虫の声と、遠い音楽の名残が聞こえる。静かだ。
ライトは《スキル無限》を静かに展開した。感知系のスキルを薄く広げ、周囲の気配を探る。不審な人影はない。今夜は大丈夫そうだ。
でも——気を抜けない。
(《蒐集者》は、何を知っている?)
遺物を集めているなら、《滅びの原》に何が封じられているかも知っているはずだ。そしてそれを解放しようとしているなら——目的がある。ただ力を求めているのか、あるいは別の何かのためなのか。
ライトには、まだわからないことが多すぎる。
でも、動くしかない。考えながら、動く。それが今のライトにできる全てだ。
見張りの時間が終わり、次はレインの番になった。ライトは部屋に戻り、寝台に横になった。
今夜は——すぐに眠れた。
明日のことは、明日考える。今夜は体を休めることだけを考えた。
エスナルの夜が終わり、砂漠の夜明けが近づいていた。《滅びの原》への道が、静かに口を開けて待っていた。




