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第85話 帰路とカルドへの道

 ヴァルナを発ったのは、封印の翌日だった。


 俺の体力は一晩の休息である程度回復した。魔力の回復には数日かかるが、行動に支障はない。ロードの船が再び北東の海原へ向かって進んだ。


 帰りの航海は行きより穏やかだった。嵐もなく、風が順調に吹いた。ガルダンは今度こそ「問題ない」と言い続け、本当に問題なさそうだった。少し慣れたのかもしれない。


「人間、やればできるものだ」とレオが言った。


「余計なことを言うな」とガルダンが返した。


 航海の間、ヴィクトルとよく話すようになった。カルドの国について、政治の仕組みや文化のことを教えてもらった。


「カルドは大陸の北にある」とヴィクトルは言った。「エルダリアより寒く、山が多い。しかし古い文化が根付いていて、学問が盛んだ」


「古代図書館は王都にあるのか?」とシルヴィアが聞いた。


「山の中だ。王都から馬で二日かかる。岩盤を掘り抜いて作った地下図書館で、千年以上前から使われている」


「地下図書館」とシルヴィアが目を輝かせた。「ヴァルナの大図書館とはまた違う形ね」


「温度と湿度が安定しているから、古い資料の保存に適しているんだ」とヴィクトルが言った。「フォルスハイムの記録もいくつかある。封印に関連する資料も残っているかもしれない」


「深淵の口の封印は強化した」と俺は言った。「でも永続するものじゃない。根本的な解決策が、どこかにあるはずだ」


「そのためにカルドに来てくれ」とヴィクトルが言った。「一人で抱え込まなくていい。カルドの力も使え」


 十二日間の帰路を経て、エルダリアの港に戻った。


 カーラとアルフレッドが迎えに来ていた。カーラが俺たちの顔を見て安堵した表情を浮かべた。


「無事で良かった」と彼女は言った。


「心配かけた」と俺は答えた。


「王がお待ちです」とカーラが言った。「成功したとロードさんから鳥の便りが届いていて、王宮は少しざわめいています」


 王宮の謁見室で、王に報告した。深淵の口の封印が完成したこと、古の災禍の活動が一時的に抑えられたこと、しかし根本的な解決はまだできていないこと。


 王は報告を聞き終えると、深く頷いた。


「よくやってくれた」と王は言った。「しかし根本的な解決のために、カルドへ行くということか」


「はい」と俺は言った。「ヴィクトル王子に招かれています」


「構わない」と王は言った。「行ってこい。ただ——無理はするな。今回のように命がけになる前に、引き返す判断も大切だ」


「わかりました」


 王宮を出た廊下で、ヴィクトルが俺に言った。「王の言葉は正しい。しかし——あなたは引き返さないだろう」


「なぜそう思う?」と俺は聞いた。


「これまでの話を聞いていれば、わかる」とヴィクトルが笑った。「でも、それがあなたの強さだ。そういう人間が必要な時がある」


「買いかぶりすぎだ」


「そうかもしれない」とヴィクトルが言った。「でも——カルドでもそのままでいてくれ」


 三日後、俺たちはカルドへ向けて出発した。


 今度は陸路だ。北へ向かう街道は整備されていて、王国軍の護衛も付いた。ヴィクトルが先頭を歩き、俺たちが続く。


「また旅だ」とレオが言った。


「今さらか」とガルダンが言った。


「まあな」とレオが笑った。


 北の空が青く広がっていた。遠くに山脈の影が見える。カルドへの道が、始まった。

 カルドへの道は六日かかった。


 エルダリアの平野を北へ進むと、次第に木々が深くなり、空気が冷えてきた。四日目を過ぎると、道の両脇に雪をかぶった山々が連なり始めた。


「寒い」とリナが外套の前を合わせながら言った。


「カルドはこれより寒い」とヴィクトルが当たり前のように言った。


「もっと寒いんですか」


「慣れれば快適だ」


「慣れるまでが問題です」とリナが言った。


 六日目の午後、城壁が見えてきた。エルダリアの白い石壁とは違う、暗い灰色の石で作られた堅固な壁だ。旗には銀の鷲の紋章がある。


「カルドの王都イグナルだ」とヴィクトルが言った。「ようこそ」


 城門をくぐると、イグナルの街は予想以上に活気があった。石造りの建物が整然と並び、人々が行き交っている。服が厚手で色が落ち着いているのがエルダリアと違う点だが、市場の賑わいは同じだ。


「思ったより大きい街だ」とレオが言った。


「人口はエルダリアより多い」とヴィクトルが言った。「北の大国と呼ばれるだけのことはある」


 王宮に案内された。カルドの王が俺たちを迎えた。五十代の、ヴィクトルに似た銀髪の男性だ。目が鋭く、しかし声は穏やかだった。


「エルダリアの魔法顧問か」と王が言った。「息子から話は聞いている。深淵の口の封印、お疲れだったな」


「お気遣いいただき、ありがとうございます」と俺は言った。


「ここでゆっくり休んでくれ」と王は言った。「古代図書館は急がなくていい。まず体を休めることだ」


 その夜、王宮の客室に泊まった。部屋は暖炉が焚かれていて、外の寒さが嘘のように温かかった。


 ベッドに横になりながら、俺は旅の記憶を辿った。


 追放の日から始まって、五つの遺跡、フォルスハイム、王都、ルードの集落、ヴァルナ、深淵の口、そして今カルドにいる。あの日、城門を追い出された俺が、今は異国の王宮に客として泊まっている。


 なんて話だ、と俺は思った。


 しかし——一歩ずつ歩いてきた。仲間と一緒に。それだけのことだ。


「ライト、起きてるか?」と隣の部屋からレオの声がした。


「起きてる」と俺は答えた。


「寒くないか?」


「暖炉がある。大丈夫だ」


「そうか。なら良かった」


 少し間があった。


「……お前が深海に潜っている間」とレオが言った。「正直、怖かった」


 俺は天井を見た。


「俺も怖かった」と俺は言った。


「そうか」とレオが言った。「まあ、無事で良かった。おやすみ」


「おやすみ」


 暖炉の火が揺れる音だけが聞こえた。


 カルドの夜は静かだった。明日、古代図書館へ向かう。答えが、また一つ近づいている。

 翌朝、全員で古代図書館へ向かう準備をしていると、ヴィクトルが俺を呼んだ。


「一つ、事前に話しておきたいことがある」と彼は言った。


「何だ」


「カルドの古代図書館には、閲覧が制限されている区画がある」とヴィクトルが言った。「私の許可があれば入れるが——その中には、父も知らない記録がある」


「知らない記録?」


「代々の王に直接受け継がれてきた秘蔵の資料だ。私は第三王子だから、本来は閲覧できない立場だ。しかし——父に頼んで、特別に許可を取った」


「なぜそこまで?」


 ヴィクトルが真剣な目をした。「封印の記録が、そこにあると思っている。ヴァルナの大図書館が封印の方法を記していたなら、カルドの秘蔵記録には——封印を不要にする方法が書かれているかもしれない」


「根本的な解決策か」と俺は言った。


「そう」とヴィクトルが頷いた。「もしそれが見つかれば——五百年ごとに誰かが危険を冒す必要がなくなる」


 俺はヴィクトルを見た。この男は最初から、その記録のために俺を呼んだのかもしれない。しかし不思議と、嫌な気持ちはしなかった。


「行こう」と俺は言った。「答えがあるなら、見つけに行く」


 ヴィクトルが頷いた。「ありがとう、ライト」


 出発の準備が整った。馬に乗り、王都の北門を出た。遠くに山脈が見える。その山の中に、千年以上の歴史を持つ図書館がある。


 レオが馬を並べた。「また何か大事な話をしてたな」


「まあな」と俺は言った。


「面白そうか?」


「面白いと思う」と俺は答えた。


「なら十分だ」とレオが笑った。


 北の山へ向かって、馬が走り始めた。


 答えへの道が、続いている。

毎日更新中!エルダリアへ帰還、次はカルドの古代図書館へ!次話もお楽しみに!

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