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第79話 王都への帰還と新たな依頼

 王都エルダリアに戻ったのは、山を下りて四日後のことだった。


 城門をくぐると、いつもの街の喧騒が出迎えた。馬車の音、商人の声、子どもたちの笑い声。旅から戻るたびに思う。王都は相変わらず騒がしくて、それがいい。


「帰ってきた」とリナが深呼吸した。「山の空気も好きだったけど、やっぱりここの匂いも好きです」


「焼き菓子の匂いか?」とレオが屋台を指した。


「それも含めて」とリナが笑った。


 王宮に報告に行くと、王はすでに待っていた。


「ルードの集落はどうだった?」


「無事でした」と俺は言った。「住民たちは健康で、自分たちの生活を築いていた。外との交流を再開する意向があるとのことです」


「それは良かった」と王が頷いた。「五十年間、消息不明だったからな。心配していた」


「ただ」と俺は続けた。「彼らのやり方を尊重してほしい。こちらから積極的に介入するのは避けてほしい」


「もちろんだ」と王は即座に答えた。「彼らが望む形での交流にする」


 報告を終えると、王が少し表情を変えた。


「実は、もう一つ話がある」と王は言った。「あなたたちが旅をしている間に、東の港町から報告が届いた」


「何ですか」


「海の向こうから、見たことのない船が来た」と王は言った。「船には異国の言語で書かれた旗が掲げられていた。乗組員たちは友好的な様子だったが、言葉が通じない。翻訳できる者がいなくて困っているらしい」


 シルヴィアが前に出た。「異国の言語? どの方角から来た船ですか?」


「南西だ。これまで確認されたことのない航路だという」


 シルヴィアが目を輝かせた。「未知の国からの船……面白い」


「《言語理解》があれば、話ができるかもしれない」と俺は言った。


「そうだ。だからあなたに頼もうと思った」と王は言った。「港町まで行って、彼らと話してほしい。友好か敵意か、目的が何なのかを確かめてくれ」


「わかりました」と俺は答えた。「いつ出発しますか?」


「明後日でどうだ。港町まで馬で三日かかる」


 王宮を出た廊下で、レオが言った。


「今度は海か。ルード山脈から帰ったばかりだぞ」


「文句あるか?」と俺は聞いた。


「ない」とレオが即座に言った。「むしろ楽しみだ。異国の人間と会うのは初めてだしな」


「私は語学的に興味がある」とシルヴィアが言った。「未知の言語体系を見てみたい」


「海の食べ物も気になります」とリナが言った。「港町は魚料理が美味しいはずで」


「食い気か」とレオが笑った。


「大事なことです」とリナが胸を張った。


 ガルダンが静かに言った。「休む間もなく次の旅か」


「嫌か?」と俺は聞いた。


「嫌じゃない」とガルダンは短く答えた。「ただ、言っておきたかっただけだ」


 全員が笑った。


 翌日は王都でゆっくり過ごした。装備を整え、服を洗い、久しぶりに宿の風呂にゆっくり浸かった。リナは王宮の薬師部門に顔を出し、シルヴィアは図書館に入り浸った。レオとガルダンは剣の稽古をした。


 そして翌朝、五人は南西の港町へ向けて出発した。海が、待っている。

 三日間の旅は穏やかだった。


 南西へ向かう街道は整備されていて、行き交う商人の馬車も多い。港町への道は昔から交易路として使われてきたらしく、途中の宿場町も賑やかだった。


 二日目の夜、宿場町の食堂で夕食を取りながら、シルヴィアが手帳を広げた。


「未知の言語について、少し予習しておこうと思って」と彼女は言った。「既知の言語との類似点を事前に整理しておけば、《言語理解》が発動した時に分析しやすい」


「そんな予習があるのか」とレオが感心した。


「ライトの《言語理解》は優秀だけど、分析補助があった方がより深く理解できるはずよ」


「助かる」と俺は言った。


「南西方向となると……大陸の外の話になる」とシルヴィアが言った。「これまでの記録では、南西の海は嵐が多く、航海が困難とされていた。それを突破してきたということは、相当な航海技術を持っている」


「技術が高い国か」とガルダンが言った。


「あるいは、必死に来なければならない理由があったか」とシルヴィアが言った。


 俺は窓の外を見た。夜空に星が出ている。海の向こうから、星を頼りに船を走らせてきた人たちがいる。何を求めて、何を伝えようとして、ここまで来たのか。


「楽しみだな」と俺は言った。


 三日目の昼過ぎ、潮の香りがしてきた。


 リナが深く息を吸った。「海の匂いだ」


「久しぶりだな」とレオが言った。「遺跡を巡った時に海岸に行ったが、あれ以来か」


 丘を越えると、眼下に港町が広がった。青い海が光を反射して輝いている。港には大小様々な船が停泊していた。そしてその中に——明らかに異なる形の船が一隻あった。


「あれだ」とシルヴィアが指さした。


 見たことのない形の帆船だった。エルダリア王国の船より大きく、帆の形も色も違う。船体に異国の文字らしき装飾が施されている。甲板に人影が見えた。


「大きいな」とガルダンが言った。


「長旅をできる船だ」とレオが目を細めた。


 港の岸壁に近づくと、港の役人が駆け寄ってきた。


「ライト・アシュフォード顧問! お待ちしておりました。例の船の方たちは今も停泊中です。言葉が通じず、身振り手振りでなんとか食料と水の補給だけはできましたが……それ以上は何もわからない状態で」


「会わせてもらえるか」


「もちろんです。こちらへ」


 岸壁を歩いて、異国の船の前に立った。甲板から、数人の人物がこちらを見下ろしている。日に焼けた肌、見たことのない様式の衣服。彼らも俺たちをじっと見ている。


 先頭に立つ初老の男性が、口を開いた。


 言葉は分からない。しかし——俺は《言語理解》を発動した。


 意味が、頭に流れ込んでくる。


『ようやく、話せる者が現れた。我々ははるか南西の国、ヴァルナ連邦から来た。伝えなければならないことがある——大陸に、危機が迫っている』


 俺は仲間たちを見た。全員が俺の顔色を読んで、表情を引き締めた。


「何て言ってた?」とレオが静かに聞いた。


「大陸に危機が迫っていると言っている」と俺は答えた。


 波の音だけが響いた。新しい旅が、また動き出そうとしていた。

「危機?」とシルヴィアが前に出た。「どんな危機か聞けるか?」


 俺は男性に向かって、習得したばかりのヴァルナ語で語りかけた。拙いが、意味は伝わるはずだ。


「あなたたちの言葉で話せます。危機とは何ですか」


 男性が目を見開いた。甲板に立っていた乗組員たちがざわめいた。男性がゆっくりと口を開いた。


『我々の言葉を……信じられない。あなたは何者だ?』


「エルダリア王国の魔法顧問、ライト・アシュフォードです。あなたたちを助けるために来ました」


 男性が深く息をついた。それから、甲板から岸壁へ降りるための梯子を下ろした。


「話しましょう」と男性は俺の言葉に合わせてゆっくりと言った。どうやら、こちらの言語も多少わかるらしい。「時間が、ない」


 五人と男性は港の倉庫の一角に場所を借りた。男性は自分の名をロードと名乗った。ヴァルナ連邦の外交官だという。


「大陸の危機とは何ですか」と俺は聞いた。


「海の底から、何かが目覚めつつある」とロードは言った。「百年に一度——いや、それ以上の間隔で眠っていた存在が、今、目を覚まそうとしている。我々の国では古くから伝わる話だ。大陸全体を揺るがす、古代の災禍」


 シルヴィアが息を呑んだ。


「古代の……」と俺は繰り返した。


「我々は警告しに来た」とロードが続けた。「嵐の海を越えてでも、伝えなければならなかった。一国だけでは対処できない。大陸の国々が力を合わせなければ」


 倉庫に静寂が落ちた。


 波の音が聞こえる。港の喧騒が、遠く聞こえる。


 俺はロードを見た。長旅の疲れが顔に刻まれている。命がけで来た、ということは伝わった。


「わかりました」と俺は言った。「王に報告します。あなたたちも王都へ来てください。直接、王と話すべきだ」


「ありがとう」とロードが深く頭を下げた。「信じてもらえるとは思っていなかった」


「信じる理由がある」と俺は言った。「古代の脅威については——俺たちも、無縁ではない」


 レオが俺の隣で静かに言った。「また大きな話になってきたな」


「ああ」と俺は答えた。「でも——逃げる理由もない」


 港の夕日が海を赤く染めていた。新しい戦いの予感が、潮風に乗って流れてくる。


 旅は、まだまだ続く。

毎日更新中!今度は異国の船が登場。次話もお楽しみに!

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