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第78話 長老たちの決断

 翌朝、俺たちが起きると集落はすでに動き出していた。


 子どもたちが広場を走り回り、老人たちが井戸端で話をしている。昨日の警戒が嘘のように、住民たちの顔から緊張が抜けていた。どうやら一夜の間に、俺たちは「危険な外来者」から「珍しい客人」に変わったらしい。


 リナが薬師の老人に囲まれて楽しそうに話している。ガルダンが昨夜懐いてきた子どもたちにまた取り囲まれ、困った顔をしていた。レオは若い男たちと早朝の素振りをしていた。シルヴィアはすでに集落の資料庫に入れてもらい、古い文書を読み込んでいるらしい。


 俺は広場の端に腰を下ろし、朝の空気を吸った。


 山の空気は澄んでいて、遠くに連なる峰々が朝靄の中に浮かんでいた。王都の喧騒とはまったく違う静けさだ。


「眠れたか?」


 メリアが隣に来て、カップを差し出した。温かい薬草茶だった。


「よく眠れた」と俺は受け取りながら言った。「山の夜は静かだ」


「五十年間、ずっとこの静けさだった」とメリアは山を見上げながら言った。「悪くはない。でも——時々、外が恋しくなる」


「長老たちとの話し合いは?」


「今朝、夜明け前に終わった」とメリアが言った。


「結論は?」


 彼女はカップを両手で包み、少し間を置いた。


「扉を開ける」とメリアは言った。「全員が賛成したわけじゃない。三人の長老が反対した。でも、多数決で決まった」


「そうか」


「あなたたちが来なければ、まだ迷っていたと思う」とメリアは続けた。「でも——実際に外から来た人間を見て、怖くなくなった。少なくとも、私はそう感じた」


 俺は茶を一口飲んだ。温かく、少し甘い味がした。


「ただ、条件がある」とメリアが言った。「私たちの古代魔法について、外に詳しく知らせないでほしい。王宮には『無事を確認した、交流を再開する意向がある』とだけ伝えてほしい」


「わかった」と俺は頷いた。「理由を聞いてもいいか?」


「古代魔法は、使い方を間違えると危険だ」とメリアは言った。「侯爵のように、それを力として求める者がいる限り、慎重にしなければならない」


「それは正しい判断だと思う」と俺は言った。


 メリアが初めて、はっきりとした笑顔を見せた。


「あなたは変わった顧問だ。普通は王の利益のために動くのに」


「王も、無理強いはしない人だ」と俺は言った。「心配しなくていい」


 そこへシルヴィアが資料庫から飛び出してきた。興奮した顔をしている。


「ライト! すごいものを見つけた!」


「何だ」


「この集落の古代魔法——五つの遺跡の術式と同じ系統よ!」とシルヴィアが息を切らして言った。「フォルスハイムを作った魔導師たちの末裔が、ここに生き残っていたのかもしれない!」


 メリアが静かに頷いた。「そうだ。私たちはフォルスハイムから逃れた者たちの子孫だ。百年前、滅亡から逃げ延びた一部の人間がこの山に来て、隠れ住んだ」


 シルヴィアが目を見開いた。「つまり——あなたたちはフォルスハイムの生き残りの末裔?」


「そうだ」


 俺は山の空を見上げた。フォルスハイムの核を安定させた時、二十万の魂が解放されたと思った。しかし——生き残った者たちがいた。そしてその子孫が、百年後に今もここで生きている。


「フォルスハイムの核は、安定した」と俺は言った。「あなたたちの先祖が作った都市は、今は静かに眠っている」


 メリアが長い間、黙っていた。


「……そうか」と彼女はようやく言った。その声が、わずかに震えていた。「百年越しに、故郷が安らかになったのか」


「ああ」


 広場で子どもたちの笑い声が響いた。ガルダンが諦めたように子どもたちに混じって遊び始めていた。レオが笑いながらそれを眺めていた。


 山の風が吹いた。温かく、穏やかな風だった。


 百年前の物語と、今の旅が、ここで静かに繋がった。

 その日の午後、メリアが集落を案内してくれた。


 石造りの建物の内部は、外から見るより広く、壁に古代の文様が施されていた。フォルスハイムの遺跡で見た紋様とよく似ている。百年以上の歳月を経ても、継承されてきたのだと分かった。


「これは何の術式だ?」と俺は壁の一角を指した。


「防護の魔法だ」とメリアが答えた。「山の魔物から集落を守るために、毎年補強している。先祖から受け継いだ技術だ」


「使い方を見せてもらえるか?」


 メリアが壁に手を当て、魔力を流した。文様が淡く光り、建物全体に薄い膜のような魔力が広がるのを《深層感知》で感じた。


「……興味深い」と俺は言った。「俺の《属性融合》と似た仕組みだが、方向性が違う。攻撃ではなく保護に特化している」


「そうだ」とメリアが言った。「私たちの魔法は、何かを壊すためではなく、守るために使う。それが先祖から受け継いだ教えだ」


「フォルスハイムでも、同じ考えだったのかもしれない」とシルヴィアが言った。「核は都市を守るためのものだった。暴走したのは、その力が正しく使われなかったから」


 メリアが静かに頷いた。「だからこそ、私たちは力を外に見せなかった。使い方を間違える者に渡したくなかった」


「それは正しかった」と俺は言った。


 案内の最後に、集落の中心にある小さな祠に連れて行かれた。石造りの小さな建物で、内部には古い石板が祀られていた。石板には——フォルスハイムの紋章が刻まれていた。


「百年間、ここで故郷を偲んできた」とメリアが言った。「私が生まれる前からずっと、先祖たちが守ってきた場所だ」


 俺は石板の前に立った。フォルスハイムで見た文字と同じ、古代の言語が刻まれている。《言語理解》で読む。


 『我々は故郷を失った。しかし、故郷で生きた者の心は失わない。いつかまた、光が戻る日まで』


「……光は戻った」と俺は静かに言った。「核は安らかになった。先祖の方々の願いは、叶えられた」


 メリアの目から、涙がひとすじ流れた。彼女はすぐに拭い、俺を見た。


「ありがとう」と彼女は言った。「あなたたちが来てくれて、良かった」


 夕暮れの光が祠を照らした。百年前の願いと、今日の出会いが、静かに重なった。


 翌日、俺たちは山を下りた。メリアと住民たちが門まで見送りに来た。


「また来い」とメリアが言った。


「ああ」と俺は答えた。「必ず」


 山の風が背中を押した。五人は王都へ向けて歩き始めた。伝えることが、たくさんある。

 下山の道を歩きながら、レオが言った。


「フォルスハイムの生き残りがいたとはな。世界は広い」


「まだまだ知らないことだらけだ」とシルヴィアが言った。嬉しそうな顔をしている。「でも今回の発見は本当に大きい。古代魔法の生きた継承者がいるなんて」


「あまり騒ぐなよ」とガルダンが言った。「メリアたちの希望通り、静かにしておいてやれ」


「わかってるわ」とシルヴィアが言った。「でも、少しくらい記録しておきたい」


「それはいい」と俺は言った。「ただし、場所と名前は伏せて。王宮の報告も『無事を確認、交流再開の意向あり』とだけ伝える」


「了解」


 リナが空を見上げた。「また来られるかな、あの集落」


「俺たちが顧問でいる間は、王の依頼があれば来られる」と俺は言った。「あるいは依頼なしでも、旅として来ればいい」


「いいな」とリナが笑った。「メリアさんとも、もっと話してみたかった」


「薬師の老人にも教わりたいことがあった」とリナが言った。「山の薬草の使い方が独特で、知らないものがたくさんあった」


「次の機会があるさ」とレオが言った。


 街道に出ると、王都の方角が遠くに見えた。城壁の輪郭がかすかに見える。


「帰ろう」と俺は言った。


「また出発したばかりなのに、帰るのか」とレオが笑った。


「帰るのも旅のうちだ」と俺は言った。


「相変わらず真っすぐだな、お前は」


 五人は街道を南へ歩いた。風は穏やかで、空は高く青かった。


 魔法顧問の仕事は、まだ始まったばかりだ。この先も、知らない場所へ行き、知らない人と出会い、知らない物語と関わるだろう。


 それでいい、と俺は思った。むしろ、それがいい。


 旅は続く。どこまでも。

毎日更新中!フォルスハイムの生き残りの末裔が登場!次話もお楽しみに!

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