第76話 帰還
王都エルダリアが見えてきたのは、フォルスハイムを出て三日後のことだった。
城壁の向こうに建物の屋根が連なり、旗が風にはためいている。夕暮れの光が石造りの壁を赤く染めていた。
「戻ってきたな」とレオが呟いた。
「また城門をくぐるわけか」とシルヴィアが苦笑した。
城門の前に差しかかると、衛兵が俺たちに気づいて駆け寄ってきた。
「ライト・アシュフォード殿! 陛下がお待ちです」
王宮の謁見室に通されると、王がすでにそこにいた。
「戻ってきてくれた」と王が立ち上がって言った。「報告を聞かせてくれ」
「フォルスハイムの核を完全に安定させました」と俺は言った。「安定石を核の中心に埋め込み、制御を再起動しました。今後、あの廃都が再び脅威になることはないはずです」
「間違いありません」とシルヴィアが頷いた。「百年前からの問題が、解決しました」
謁見室に静寂が流れた。それから——王が深く息をついた。
「ありがとう」と王は言った。静かな、しかし重みのある声だった。「百年間、罪を抱え続けた王家として……本当に、ありがとう」
俺は頷いた。言葉はいらなかった。
「今夜は宴を開きたい」と王が表情を和らげた。「あなたたちの功績を、王国として正式に称えたい」
「宴ですか」とリナが目を輝かせた。
王宮の大広間が宴の席となった。長いテーブルに料理が並び、ワインが注がれ、楽師の音楽が流れる。王国の貴族や将軍たちが集まり、俺たちを囲んだ。
最初は落ち着かなかった。こんな場に縁がなかった俺には、貴族たちの挨拶をどう返せばいいかもわからない。
「難しい顔をするな」とレオが隣でワインを飲みながら言った。「笑っていればいい」
「簡単に言うな」
「お前が一番の功績者だろ。堂々としてろ」
料理を食べながら、シルヴィアが俺に耳打ちした。「侯爵の処遇が決まったらしいわ」
「どうなった?」
「領地の一部を返還し、五年間の謹慎。処刑や投獄ではなく、改心の機会を与えることにしたそうよ。王が『フォルスハイムの真実を明かしてくれた功績がある』と判断した」
「それでいい」と俺は思った。
宴が深まる中、王が俺のそばに来た。
「ライト」と王は静かに言った。「あなたに一つ、お願いがある」
「なんですか」
「王宮の魔法顧問として、王都に残ってもらえないか。あなたの力と知識が、これからの王国に必要だ」
俺は少し黙った。
「すぐには答えられません」と俺は言った。「仲間たちと相談させてください」
「もちろんだ」と王が頷いた。「急がない。ゆっくり考えてくれ」
宴はまだ続いている。音楽が流れ、笑い声が上がる。
俺は杯を手に、仲間たちの顔を見渡した。レオがガルダンと何か言い合っている。リナが初めて食べる料理に目を丸くしている。シルヴィアが貴族の男性と難しそうな話をしている。エドガーが壁際で静かにワインを飲んでいる。カーラが父のアルフレッドと並んで座っている。
みんな、いい顔をしていた。
旅の終わりは、こんな景色だったか——と俺は思った。悪くない。むしろ、最高だ。
宴が終わり、俺たちは王宮の客室に泊まることになった。
柔らかいベッド、暖かい部屋、清潔なシーツ。旅の間ずっと硬い地面や安宿に慣れていた体が、ここまで柔らかいものを久しぶりに感じてとまどっていた。
眠れないでいると、窓をノックする音がした。
開けると、レオが廊下に立っていた。
「眠れないか?」と俺は聞いた。
「ベッドが柔らかすぎて」とレオが言った。「お前も?」
「同じだ」
二人で廊下を歩き、王宮の中庭に出た。夜空に星が広がり、噴水の水音だけが聞こえる。
「なあライト」とレオが星を見上げながら言った。「王の提案、どうするつもりだ?」
「まだわからない」と俺は正直に答えた。
「俺は」とレオが続けた。「どこへでも行くぞ。お前が王都に残るなら俺も残る。旅を続けるなら俺も行く」
「そんなことでいいのか」
「仲間だろ」とレオが肩をすくめた。「難しく考えるな」
俺は空を見た。満天の星だった。旅の間、何度この空を見上げたかわからない。砂漠の夜も、雪原の夜も、廃都の夜も、ずっとこの星が上にあった。
「ありがとう」と俺は言った。
「礼を言うな、照れる」とレオが笑った。
二人はしばらく中庭に立ち、星を見ていた。
「ライト」とレオが言った。「追放された日、どんな気持ちだった?」
俺は少し考えた。
「全部終わったと思った」と俺は言った。「何も残っていないと。でも——今思えば、あの日が始まりだったんだな」
「そうだな」とレオが言った。「お前が追放されなかったら、俺たちは出会っていなかった」
「不思議なもんだ」
「不思議じゃない」とレオが笑った。「必然だったんだよ。お前みたいな奴が、普通の場所で普通に生きていけるわけがない」
俺も笑った。
「そうかもしれないな」
夜風が吹いた。中庭の木々が揺れ、花の香りが漂った。
「明日、みんなで話し合おう」と俺は言った。「これからのことを、全員で決める」
「賛成」とレオが頷いた。「俺たちの旅だからな。お前だけが決めることじゃない」
二人は客室へ戻った。今度は眠れる気がした。
長い旅の、新しい始まりが、そこにあった。
翌朝、俺は仲間全員を宿の食堂に集めた。
王宮の朝食は豪華だったが、誰も料理に手をつける前に俺は切り出した。
「王から魔法顧問として残るよう頼まれた。どう思う、みんな」
しばらく沈黙が流れた。
「ライトが残りたいなら残ればいい」と最初に言ったのはガルダンだった。「俺は構わない」
「私も」とリナが言った。「でも、ライトさんはどうしたいんですか?」
「正直に言う」と俺は言った。「王都に腰を落ち着けるのも悪くないと思っている。でも——旅を続けたい気持ちもある。まだ見ていない場所が、世界にはたくさんある」
「両方やればいいんじゃないか?」とレオが言った。「王宮の顧問をやりながら、時々旅に出る。王にそう交渉してみろよ」
「それは……いい考えかもしれない」とシルヴィアが頷いた。
「エドガーは?」と俺は聞いた。
「俺は一度、故郷に帰るつもりだ」とエドガーが静かに言った。「侯爵への依頼を断ってから、ずっと逃げていた。そろそろ向き合わなければいけないことがある」
「カーラは?」
「父の療養が落ち着いたら、また動けます」と彼女は答えた。「王宮の仕事も続けますし、必要なら呼んでください」
全員の答えが出た。
「わかった」と俺は言った。「レオの案で王に交渉する。顧問はやる。ただし、旅の自由は残してもらう」
「それがお前らしい」とレオが笑った。
昼前に王と面会し、条件を伝えた。王は少し考えてから笑顔で頷いた。
「それで構わない。むしろ、各地を旅して情報を集めてくれるなら、顧問として一石二鳥だ」
こうして決まった。俺たちの新しい形が。
終わりではない。形を変えた、続きだ。
その日の午後、エドガーとカーラの父アルフレッドが王都を発った。見送りの場で、エドガーは俺の手を握った。
「また会おう」と彼は言った。
「ああ」と俺は答えた。「必ず」
旅は、続く。
毎日更新中!王都で宴、王から新たな提案が。次話もお楽しみに!




