第75話 廃都、再び
フォルスハイムは、前回と変わらず静かだった。
枯れた木々、黒ずんだ石壁、生命の気配のない空気。しかし一つだけ違うことがあった。王宮の水晶の塔から、かすかな金色の光が漏れている。核が安定している証拠だ。
「前より明るい気がする」とリナが言った。
「核が落ち着いているからね」とシルヴィアが言った。「あとは安定石を埋め込めば、完全に終わる」
「地下への入り口はどこだ?」とレオが周囲を見回した。
俺は《深層感知》を展開した。廃都の地下に巨大な空間がある。入り口は——
「王宮の地下だ。核の真下に、さらに深い場所がある」
王宮に入り、水晶の塔がある円形空間へ向かった。金色の光が穏やかに輝いている。
「床に何かある」とカーラが塔の根元を指した。
近づくと、石畳に古代文字が刻まれた円形の模様がある。中心に手のひらサイズの窪みがあった。
「下への入り口だ」とシルヴィアが解読した。「『核の守護者の力でのみ、下への道が開かれる』と書いてある」
俺は窪みに手をかざし、《スキル無限》から光の魔力を流し込んだ。床が震え、模様全体が輝き、石畳の下に螺旋状の階段が現れた。暗い穴の底から冷たい空気が上がってくる。
「深いな」とレオが覗き込んだ。
松明を一本ずつ持ち、俺が先頭で降り始めた。十メートル、二十メートル、三十メートル——壁には古代の文様がゆらめいている。
「底まであと五十メートルほどだ」
「合計八十メートルか」とガルダンが言った。
降り続けること十分。広い空間に出た。俺は《光魔法》を発動し、空間全体を照らした。
「……なんだここは」とレオが呟いた。
巨大な空洞だった。天井まで十メートル以上あり、壁一面に古代の魔法陣が刻まれている。空洞の中央には黒い石の台座があり、その上に白く輝く石が載っていた。
「あれが安定石か」とシルヴィアが息を呑んだ。「人の頭ほどある」
俺は《深層感知》を向けた。石の周囲に複雑な封印の魔力がある。そして——台座の周囲に何かがいる。
「気をつけろ。俺たち以外の何かがいる」
全員が武器を構えた。暗闇の奥から、ゆっくりと何かが動いた。
透き通った白い体に、古代の文様が流れるように刻まれている。身長は二メートルを超え、目の部分だけが青く光っていた。
「番人だ」と俺は言った。「安定石を守るために、百年間ここで待っていた存在だ」
魔力体が口を開いた。声ではなく、直接頭の中に言葉が響く。
『核の守護者よ。汝が真の継承者であるなら、証明せよ』
「また試練か」とレオが呟いた。
「証明の方法は?」と俺は問いかけた。
『五つの遺跡の記憶を見せよ。手を伸ばせ』
俺は手を差し伸べた。魔力体の手が触れた瞬間、視界が白くなった。
砂漠の熱。密林の湿気。海岸の潮風。雪原の寒さ。春の谷の花の匂い。五つの遺跡で感じたすべてが、一瞬で蘇った。試練の痛み、仲間との絆、乗り越えた時の達成感——すべてが鮮明に流れていく。
視界が戻った。魔力体がゆっくりと後退した。青い目が穏やかな光に変わった。
『確かめた。汝は真の継承者だ。安定石を受け取る資格がある』
封印の魔力が解けていく。俺は台座に近づき、白く輝く石に手を伸ばした。
石は思ったより軽かった。しかし手に触れた瞬間、温かさが伝わってきた。意思を持つもののような感触だ。
「これが……百年間待っていた石か」と俺は呟いた。
『我は百年間、その石を守り続けた。汝らが来るのを待っていた』
「ありがとう。長い間、待たせてしまった」
魔力体が静かに微笑み——光の粒になって消えていった。百年間の使命を果たした存在が、静かに解放されていく。
「消えた……」とリナが呟いた。
「役目が終わったんだ」とシルヴィアが静かに言った。
「行こう」と俺は石を胸に抱えた。「上に戻って、核に埋め込む」
八人は螺旋階段を登り始めた。
円形空間に戻ると、水晶の塔の金色の光がさらに輝きを増した気がした。安定石に反応しているのかもしれない。
「どうやって埋め込む?」とガルダンが聞いた。
「核の中心に直接触れさせる」とシルヴィアが答えた。「でも核に手を入れるとなると——」
「俺がやる」と俺は言った。「《深層感知》で内部を確認しながら進める」
俺は水晶の塔に近づいた。金色の光が俺の手を包む。温かい。攻撃的な魔力はない——核は俺を拒絶していない。
安定石を塔の表面に当てると、白い光が広がった。塔の表面がゆっくりと柔らかくなり、石が中へと吸い込まれていく。俺は手を離した。
沈黙。
次の瞬間——塔全体が眩い光に包まれた。金色と白が混ざり合い、円形空間が昼間のように明るくなる。床の魔法陣が次々と起動し、壁に刻まれた古代文字が光り始めた。
「何が起きている?」とレオが目を細めながら言った。
「核が……完全に安定している」と俺は《深層感知》で確認した。「暴走の兆候がゼロだ。完璧に安定している」
光が少しずつ落ち着いていく。水晶の塔は今まで以上に透明度を増し、内部で金色と白の魔力が穏やかに回転しているのが見えた。まるで、深い眠りについた生き物の寝息のように。
「終わった……の?」とカーラが静かに言った。
「ああ」と俺は答えた。「百年分の、終わりだ」
誰も何も言わなかった。
エドガーが目を細めた。レオが剣の柄を握りしめた。ガルダンが静かに頭を下げた。リナの目から涙がひとすじ流れた。シルヴィアが胸に手を当てた。カーラが口元に手を添えて、塔を見上げた。
俺は光に包まれた塔を見つめた。
この場所で、二十万の人々が生きていた。百年前、彼らは何も知らないまま巻き込まれ、失われた。その重さは変わらない。しかし——今、核は安らかになった。
「行こう」と俺は言った。
八人は廃都を後にした。出口に向かって歩く足取りは、来た時より軽かった。
廃都の門をくぐった瞬間、風が吹いた。温かい、春の風だった。
フォルスハイムを振り返ると、廃都の上空に小さな光の粒が舞っていた。何百万という光の粒が、夕暮れの空に溶けていく。
「何だあれ……」とレオが息を呑んだ。
「百年間、ここに留まっていたもの」とシルヴィアが静かに言った。「核が解放されたことで……やっと、逝けたのかもしれない」
誰も言葉を発せなかった。
光の粒は次第に薄れ、夜の星に混じって消えていった。フォルスハイムの空が、百年ぶりに静かになった。
「行こう」と俺はもう一度言った。「王都が待っている」
九人の足音が、夜道を歩き始めた。
翌朝、廃都から離れた草原で野営を解いた。
朝靄の中、俺は一人先に起きて空を見上げた。昨夜の光の粒のことを考えていた。二十万の魂が、百年ぶりに解放された。それを俺たちが成し遂げた。
仲間たちが次々と起き出してきた。リナが焚き火に火をつけ、シルヴィアが地図を広げた。レオがあくびをしながら剣を磨き、ガルダンが無言で空を眺めた。エドガーとカーラが水を汲みに行った。
いつもの朝だった。しかし何かが違う。全員の顔が、昨日より少し軽い。
「ライト」とリナが湯を沸かしながら言った。「フォルスハイム、終わりましたね」
「ああ」
「次は……何をするんですか?」
俺は空を見た。青い空が広がっている。
「王都に戻る」と俺は言った。「王に報告して……それから、ゆっくり考える」
「ゆっくり、か」とレオが笑った。「お前がゆっくりするなんて、想像できないな」
「俺だって休みたい時はある」
「どこか行きたい場所はあるか?」とガルダンが聞いた。
俺は少し考えた。行きたい場所——そういえば、旅を始めてから一度も考えたことがなかった。ただ前に進むことだけを考えていた。
「まだわからない」と俺は正直に答えた。「でも——お前たちと一緒なら、どこでもいいかもしれない」
誰も笑わなかった。代わりに、全員が頷いた。
朝食を済ませ、八人は王都へ向けて歩き始めた。フォルスハイムは背後に消え、前方には緑の平原が広がっている。
長い旅の終わりが、もう見えていた。
毎日更新中!百年分の終わりを迎えました。次話もお楽しみに!




