第73話 王都の危機
翌朝、王宮から緊急の使者が来た。
「エルドライン侯爵が動きました」と使者が息を切らして言った。「昨夜のうちに私兵を集結させ、王都へ向けて進軍を開始しました。現在王都の北、約三十キロの地点にいます」
宿の食堂が静まり返った。
「ダルクが捕まったことで、開き直ったか」とレオが立ち上がった。
「数は?」と俺は使者に聞いた。
「千二百から千五百と見られています。王国軍の主力は南の国境警備に当たっており、今すぐ動かせるのは五百程度とのことです」
「三倍か」とガルダンが腕を組んだ。
「陛下は、ライトさんにご相談したいとのことです」
全員が顔を見合わせた。俺は立ち上がった。「行こう」
王宮の執務室に通されると、王が地図の前に立っていた。将軍たちが周囲を囲み、険しい顔で議論していた。俺たちの姿を見て、王が近づいた。
「状況は聞いたと思う」と王は言った。「軍事力では今すぐ対抗できない。しかし侯爵には弱点がある」
「何ですか」
「侯爵自身だ」と王は言った。「ダルクを失った今、軍の指揮は侯爵本人が取っているはずだ。侯爵を直接止めることができれば、私兵たちは戦う理由を失う」
「侯爵を捕えてほしいということか」
「頼めるか?」
俺は仲間たちを見た。
「行きます」とリナが即座に言った。
「当然だ」とガルダンが短く言った。
「面白い」とレオが剣の柄を叩いた。
「シルヴィア?」
「ダルクを捕えた時と同じね」と彼女は静かに言った。「ただ今回は千五百の私兵の中から侯爵だけを狙う。難しい」
「《深層感知》で侯爵の気配を捉えれば位置はわかる。後は——そこまでたどり着けるかどうかだ」
「俺が切り開く」とレオが言った。
「私が支援する」とエドガーが言った。「侯爵の軍の弱点もある程度わかる」
エドガーの言葉に、王が目を細めた。
「あなたはダルクと接触していたのか?」
「依頼を断った立場ですが、情報は得ています」とエドガーが答えた。「侯爵の軍は精鋭が少ない。数を揃えているだけで、核となる部隊は先鋒の三百人程度です。そこさえ突破できれば」
「侯爵まで一直線に行ける」と俺は続けた。
王が地図に視線を落とした。「北街道を進軍しているなら、ここ——ウォルク平原で合流することになる。そこならこちらの五百でも正面から時間を稼げる」
「俺たちが侯爵を止める間、王国軍が陽動に回るか」とガルダンが言った。
「そういうことだ」と王は頷いた。
俺は地図を見た。ウォルク平原まで、馬で一時間ほど。すでに侯爵軍は動いている。時間がない。
「出発します」と俺は言った。「王国軍は一時間後に動いてください。それまでに、俺たちが侯爵の近くまで潜り込む」
「わかった」と王が頷いた。「頼む、ライト」
俺たちは執務室を後にした。廊下を歩きながら、レオが隣に並んだ。
「なあライト」と彼が言った。「追放取り消しをもらった翌日に、王国のために戦うのか」
「変か?」
「変じゃない」とレオが笑った。「お前らしい。損得じゃなくて、やるべきかどうかで動く」
「当たり前だ」と俺は言った。「王国が守られれば、民も守られる。それだけだ」
馬の手配を済ませ、七人は王都の北門を出た。朝の光の中、ウォルク平原へ向けて駆けた。
ウォルク平原に着いた時、すでに侯爵軍の先頭が見えていた。
広大な草原に、黒い鎧の集団が隊列を組んで進んでいる。旗が風になびき、蹄の音が地面を揺らしていた。千五百——想像よりもはるかに圧迫感がある。
「でかい軍だな」とレオが馬を止めながら言った。
「深呼吸しろ」とガルダンが言った。「数だけだ」
俺は《深層感知》を最大限に広げた。千五百の気配が一度に流れ込んでくる。強い。多い。しかしその中に——一際強く、落ち着いた気配がある。隊列の中央後方。護衛に囲まれているが、確かにそこにいる。
「侯爵は中央後方だ。護衛は二十人ほど」と俺は言った。「先鋒を三百と言ったが、その通りだ。前線は数が多いが、中央は手薄になっている」
「先鋒を迂回するか」とエドガーが言った。「侯爵軍は前線集中型だ。側面は薄い。東側の草むらを使えば、気づかれずに中央まで近づける」
「行こう」と俺は言った。
七人は馬を東へ回した。草が腰の高さまで茂る平原の端を、低く伏せて駆ける。侯爵軍の視線は前方——王都の方向に向いている。俺たちに気づく者はいない。
隊列の側面を抜け、中央後方に近づいた。護衛の二十人が見える。その中心に、赤い外套をまとった初老の男が馬上で指揮を取っていた。
エルドライン侯爵——初めて直接見る顔だ。
「あの男か」とレオが低く言った。
「ああ」と俺は頷いた。「行くぞ」
七人が一斉に草むらから出た。護衛の兵士たちが驚いて剣を抜く。しかし俺たちは止まらなかった。
レオとガルダンが護衛の前線に突っ込む。エドガーとリナが側面を抑える。シルヴィアが後方から魔法で援護する。そして俺は——护衛の隙間を縫って、侯爵の馬の前に立った。
十秒もかからなかった。
侯爵の馬が止まった。侯爵が俺を見下ろした。六十代とおぼしき、威厳のある顔立ちだ。しかしその目に、動揺が走っていた。
「……お前が、ライト・アシュフォードか」と侯爵が言った。
「そうです」と俺は答えた。「降りてください。話があります」
侯爵はしばらく俺を見つめていた。
「話?」と彼は言った。「剣ではなく、言葉で来たか」
「まず話を聞いてください」と俺は言った。「フォルスハイムの核は安定しました。もう使えない。ダルクさんも王宮で証言しています。あなたの野望の礎は、すでに崩れています」
侯爵の顔が、わずかに歪んだ。
「それでも止まれないのはなぜですか」と俺は続けた。「千五百の命を、意味のない戦いに使う必要がありますか」
「黙れ」と侯爵が低く言った。「お前に何がわかる。私は三十年かけて、この国を変えようとしてきた。腐った王家を倒し、新たな秩序を作るために」
「腐っているかどうかは、俺には判断できません」と俺は言った。「でも——千五百人の兵士にも家族がいます。あなたの命令一つで、それが失われる」
侯爵が馬から降りた。俺と同じ高さに立ち、目を合わせた。
「……お前は変わった男だな」と侯爵が言った。「私を倒しに来て、説得を試みるか」
「戦いたくないので」と俺は正直に答えた。
侯爵が、小さく笑った。苦い笑いだった。
「ダルクが捕まった時点で、終わりだとわかっていた」と侯爵は言った。「それでも動いたのは——最後まで抗ってみたかったからかもしれん」
「侯爵」
「わかった」と彼は言った。「軍を止める。私が王宮に出頭しよう」
平原に、侯爵の撤退命令が響いた。黒い鎧の集団が、ざわめきとともに動きを止めた。
王国軍が北から近づいてくる音が聞こえた。しかし戦いは起きなかった。
俺は空を仰いだ。青い空に、雲が流れている。
「終わった……か」とリナが俺の隣で呟いた。
「今回は、な」と俺は言った。
すべてが解決したわけではない。フォルスハイムの謎も、まだ残っている。しかし今日、王都は守られた。誰も死ななかった。それで十分だ。
七人は馬を並べ、王都へと引き返した。
毎日更新中!ついに侯爵と直接対峙、説得に成功!次話もお楽しみに!




