第72話 夜明けの急襲
夜明け前、俺たちは宿を出た。
王都の街はまだ眠っている。石畳を踏む足音だけが響いた。カーラとアルフレッドは宿に残した。戦闘になる以上、二人を連れていくわけにはいかない。
「場所は確認した」とシルヴィアが地図を折りたたみながら言った。「王都の東門から馬で半刻ほど。丘の上に別邸がある」
「人数は?」と俺は聞いた。
「王宮の情報によれば、二十から三十人程度の私兵。ただしダルクがいるなら、もっと増えているかもしれない」
「厄介だな」とレオが言った。
「でも廃都の時と違う」とガルダンが静かに言った。「今回は俺たちが先手を取る」
東門を出ると、空が白み始めていた。借りた馬で丘を目指す。朝靄の中、別邸の輪郭が見えてきた。三階建ての石造りの建物で、庭を高い塀が囲んでいる。
「《深層感知》で確認する」と俺は馬を止めた。
感知を広げると、建物の中に多数の気配。数えると三十二人。大半は一階に集まっているが、夜明け前で油断している者も混じっていた。
「奥の部屋に一人、強い気配がある」と俺は言った。「ダルクだろう」
「どう入る?」とレオが聞いた。
「俺が正面から行く。みんなは裏と横を塞いでくれ。逃げ道をなくす」
「一人で正面はさすがに無茶じゃないか」とエドガーが言った。
「気配を読みながら動ける。大丈夫だ」
作戦を確認し、三手に分かれた。ガルダンとエドガーが裏へ。レオとリナが東側へ。シルヴィアが西側へ。俺は正面の門へ向かった。
門の前に衛兵が二人立っていた。俺が近づくと、一人が剣を抜いた。
「止まれ! 何者だ!」
「ライト・アシュフォードだ。ダルクに伝えろ。会いに来たと」
衛兵が目を見開いた瞬間——俺は《光魔法・閃光》を放った。眩しい光が夜明けの空に炸裂し、衛兵二人が目を押さえてよろめく。俺は二人の間をすり抜け、門の錠を《属性融合》の氷で砕いた。門が開く。建物の中が一斉に騒ぎ始めた。
廊下を走りながら、《深層感知》でダルクの位置を追う。三階の奥の部屋——動いていない。俺が来るのを待っているのか。
一階の私兵が俺に向かってくる。五人、七人。しかし俺は戦わなかった。回避しながら、躱しながら、階段を駆け上がる。仲間たちが外から圧力をかけているはずだ。建物の外から炎と風の魔法の音が聞こえる——レオとリナが逃げ道を封じている。
三階の廊下。突き当たりの扉の前に、二人の護衛が立っていた。屈強な体格で、俺を見て剣を構えた。
俺は立ち止まらなかった。《属性融合》を両手に纏い、二人の間に一気に割り込む。瞬間的な衝撃波で二人を壁に叩きつけた。意識を失った二人が崩れ落ちる。
扉を開けた。
広い部屋だった。窓から朝の光が差し込んでいる。部屋の中央に、ダルクが立っていた。鎧姿ではなく、旅装を着ている。すでに逃げる準備をしていたのかもしれない。
「来ると思っていた」とダルクが静かに言った。
「逃げなかったのか」と俺は言った。
「逃げても無駄だと判断した」と彼は答えた。「あなたの《深層感知》から逃れられる者は、この世にそうはいない」
「賢明な判断だ」と俺は言った。「大人しく来てくれ。王が話を聞くと言っている」
「王が?」とダルクが眉を上げた。「処刑ではなく、話し合いか」
「それはお前の話の内容次第だ」
ダルクは少し考えた。それから、ゆっくりと両手を上げた。
「わかった。抵抗はしない」
俺は魔力で作った縄でダルクの両手を拘束した。廊下に出ると、階下の騒ぎが収まりつつあった。仲間たちが建物の外から圧力をかけ、私兵たちは戦意を失っていた。
一階に下りると、ガルダンが私兵たちを壁際に押しつけていた。レオが剣を収めながら俺を見た。
「早かったな」
「ダルクが待っていた」と俺は言った。「抵抗なしだ」
「拍子抜けだな」とレオが肩をすくめた。
エドガーが捕縛した私兵の一人を確認しながら言った。「外の者はすべて制圧した。死者はいない」
「よし」
リナが安堵の息をついた。「誰も怪我しなかった……」
「作戦通りだ」とシルヴィアが落ち着いた声で言った。
ダルクを連れて丘を下り、王都の東門へ向かった。朝の光が大地を照らし、鳥が鳴き始めていた。戦いの緊張が、少しずつほどけていく。
「一つ聞いていいか」と俺はダルクに言った。
「なんだ」
「侯爵の野望は本気だったのか。それとも、お前はただ命令に従っていただけか」
ダルクはしばらく黙っていた。
「本気だった」と彼は言った。「最初は。だが——フォルスハイムの調査隊が誰も戻らなくなった頃から、疑い始めた。侯爵は隊員の命を何とも思っていなかった。カーラの父も、使い捨ての駒に過ぎなかった」
「それでも従い続けたのか」
「権力の外に出る勇気がなかった」とダルクは静かに言った。「あなたのように、すべてを失ってでも前に進む胆力が、俺にはなかった」
俺は何も言わなかった。
王都の門が見えてきた。衛兵が俺たちの姿を見て、すぐに中に知らせに走った。王宮からの使者が来て、ダルクを受け取った。
「よくやってくれた」と使者が言った。「陛下がお礼を申し上げたいとのことです」
「また後で」と俺は答えた。
仲間たちと顔を見合わせた。全員、埃と疲労で汚れているが、怪我はない。
「終わったか?」とレオが言った。
「侯爵はまだだ」と俺は言った。「でも、一番の山は越えた」
朝の王都が、俺たちを迎えた。
宿に戻るとカーラとアルフレッドが心配そうに待っていた。
「全員無事ですか?」とカーラが玄関で飛び出してきた。
「問題ない」と俺は答えた。「ダルクは王宮に引き渡した」
カーラが胸を撫で下ろした。アルフレッドが俺の顔を見て、静かに頷いた。
食堂で朝食を取りながら、全員がようやく息をついた。緊張が抜けると空腹を感じる。パンとスープをがつがつと食べた。
「それで、次は侯爵本人か?」とレオがパンをちぎりながら言った。
「王が決める」と俺は言った。「ダルクの証言次第で、侯爵への対応が変わるだろう。俺たちが動くかどうかも、その後の話だ」
「俺たちだけで抱えることはないってことか」とガルダンが言った。
「ああ。王国の問題は、王国が解決する。俺たちはきっかけを作っただけだ」
「きっかけ、ね」とシルヴィアが苦笑した。「五つの遺跡を制覇して、廃都の核を安定させて、侯爵の右腕を捕まえて——それをきっかけと言うのね」
「大袈裟じゃない」と俺は言った。
全員が笑った。
昼過ぎ、王宮から使者が来た。ダルクの証言が取れたこと、侯爵への対応は王国軍が担うこと、そして——俺への追放取り消しの公式書類が用意できたとのことだった。
「早い」とレオが驚いた。
「陛下が急がせたようです」と使者が言った。
俺は書類を受け取った。王家の紋章が押された羊皮紙に、俺の名前と追放取り消しの文言が書かれている。
ライト・アシュフォードは無実であり、追放の命は撤回する——。
長い旅だった。ただ生き延びることだけを考えていた日もあった。仲間ができ、強くなり、遺跡を巡り、廃都を救い、ここまで来た。
「ライト」とシルヴィアが静かに言った。「よかった」
「ああ」と俺は答えた。
書類を折りたたんで、懐にしまった。
これで終わりではない。フォルスハイムの謎はまだ残っている。侯爵の反乱も完全には終わっていない。旅はまだ続く。
でも今日は、一つの区切りだ。
窓の外に王都の青空が広がっていた。追放された日に見た空と同じ色で、しかし今は、全然違って見えた。
毎日更新中!ダルク捕縛成功!侯爵との決着はいよいよ次章へ。次話もお楽しみに!




