第69話 ダルクの怒り
王宮を出ると、廃都の空気が少しだけ変わっていた。
核が安定したせいか、石畳を走っていた青白い光の筋が穏やかになり、不気味な脈動も消えている。相変わらず生命の気配はないが、あの息苦しさが幾分か和らいでいた。
カーラの父——アルフレッドは、カーラに肩を借りながら歩いていた。三年間廃都に閉じ込められていたとは思えないほど、意識はしっかりしている。
「どうやって生き延びたんですか?」とリナが不思議そうに聞いた。
「核の近くは時間の流れが歪んでいるんだ」とアルフレッドが答えた。「俺にとっては数週間ほどに感じたが、外では三年経っていたらしい。それに核の魔力が生命維持のような働きをしていた」
「魔力に守られていたのか」とレオが言った。
「皮肉な話だがな。暴走寸前の核が俺を生かし続けた」
広場に差しかかった時——俺は《深層感知》で気配を掴んだ。
「止まれ」と俺は静かに言った。
ダルクが、黒鎧の部下たちを従えて立っていた。その数、先ほどの倍はある。四十人以上。全員が武器を構えていた。
「やはりそこから出てきたか」とダルクが冷たい声で言った。「核はどうした?」
「安定させた」と俺は答えた。「もう爆発の心配はない」
「安定、だと?」ダルクの表情が歪んだ。「制御を奪ったのか。核は侯爵閣下が掌握するはずだったのに」
「掌握?」とシルヴィアが鋭く言った。「核の力を兵器として使う気だったの?」
「兵器とは物騒な言い方だ」とダルクが肩をすくめた。「古代の力を国家の礎とすれば聞こえがいいだろう。侯爵閣下は新たな王国を作ろうとしている。そのための力が必要だった」
「反乱の準備か」と俺は言った。「王からの手紙に書いてあった通りだな」
「道を開けろ」と俺は言った。「俺たちに戦う理由はない」
「通す?」ダルクが低く笑った。「核を抑えられた今、あなた方は邪魔者だ。始末させてもらう」
四十人以上の私兵が、一斉に動いた。
「散れ!」と俺は叫んだ。
仲間たちが素早く動いた。レオがアルフレッドを抱えて後方へ退く。ガルダンが盾役として前に出る。リナが詠唱を始め、シルヴィアが短杖を構えた。
私兵の第一陣が迫る。俺は《属性融合》を発動し、足元の石畳を凍らせた。突進してきた兵士たちが将棋倒しになる。リナの炎魔法が弧を描いて着弾し、前方に炎の壁を作った。
「思ったより統率が取れていない」とシルヴィアが言った。「数だけが頼りね」
その言葉の通り、四十人以上いながら私兵の動きはバラバラだった。俺たちの連携と比べれば明らかに劣る。
ダルク本人は後方から動かずに指示を出している。
「ダルクを止めれば終わる」と俺は判断した。
俺は私兵の隙間を縫って前へ出た。《深層感知》で全員の位置を把握しながら攻撃を回避しつつ前進する。十秒でダルクの目の前に立った。
「なっ……」とダルクが目を見開いた。
「終わりにしよう」と俺は言った。「侯爵に伝えろ。フォルスハイムの核はもう使えない」
俺は《光魔法》を掌に灯した。眩しい光が広場を照らす。私兵たちが目を細め、動きが止まった。
「……退け」とダルクは部下に命じた。
私兵たちが後退した。ダルクが俺を睨みながら言った。
「覚えておけ、ライト・アシュフォード。侯爵閣下はあきらめない」
「それはこっちの台詞だ」と俺は答えた。
ダルクは踵を返し、廃都の外へ消えていった。
静寂が戻った。全員が広場に集まった。誰も大きな怪我はない。
アルフレッドが口を開いた。「一つ、知っておいてほしいことがある。フォルスハイムで核の近くにいた三年間——核の記憶が断片的に流れ込んでくることがあった」
「何が見えた?」と俺は聞いた。
「百年前に核を暴走させた者は、外から来た人間じゃない」と彼は静かに言った。「王国の内側にいた——王族の血を引く誰かだ」
沈黙が落ちた。
「王族が自分の国を滅ぼした?」とカーラが呟いた。
俺は前を向いた。夕暮れの空が赤く染まっている。王族の謎、侯爵の野望、王からの手紙。すべてが一本の線で繋がり始めた。
「答えは王都にある」と俺は言った。
七人は廃都フォルスハイムを後にした。次の問いへ——俺たちの旅はまだ続く。
廃都の門をくぐった瞬間、陽の光が降り注いだ。
久しぶりに感じる普通の外の空気だった。木々の匂い、風の温度、遠くで鳴く鳥の声。廃都の中にはなかったものが、全部ここにある。
「帰ろう」とレオが空を見上げて言った。「とりあえずアルマで一休みだ」
「賛成」とリナが疲れた顔で笑った。
アルマへの道を歩きながら、俺は考えた。エルドライン侯爵の野望は崩れた。しかし逃げただけで、諦めてはいないだろう。そしてアルフレッドの証言が頭を離れない——王族の血を引く者が、意図的に国を滅ぼした。
「シルヴィア」と俺は歩きながら言った。「核を安定させたが、根本原因が解明されていない。永久じゃない気がする」
「その通りよ」と彼女は頷いた。「百年前に誰かが意図的に暴走させた理由が解明されないと、同じことが起きれば、また不安定になる」
「だから王都か」とガルダンが静かに言った。
「王家の記録に、何かある可能性が高い」とシルヴィアが言った。「表の歴史書には載っていない、真実が」
カーラが父の肩を抱きながら歩いていた。アルフレッドは疲れているはずなのに、穏やかな顔をしている。娘と再会できた安堵が、体の疲労を上回っているのかもしれない。
「ライト」とカーラが振り返った。「王都に行くとなれば、私も力になれます。王宮の伝令使として、ある程度の立ち入り許可があります」
「助かる」と俺は言った。
「父も一緒に連れて行ってもいいですか? 廃都での経験を、王に直接証言できます」
「もちろんだ」
アルフレッドが深く頭を下げた。「ありがとうございます。娘だけでなく、私まで」
「礼はいらない」と俺は言った。「あなたの証言が、これから必要になる」
夕暮れの空の下、八人になった俺たちの旅が続く。王都へ——真実へ——そして、すべての答えへ。
追放された日、俺には何もなかった。今は仲間がいる。目的がある。そして、前に進む理由がある。
それだけで十分だ。
その夜、アルマの手前の林道で野営した。
焚き火を囲みながら、レオが酒の入った水筒を回した。全員が一口飲んで、ほっと息をつく。
「ところで」とレオが俺を見た。「王都に戻るって、複雑じゃないか? 追放された場所だろ」
俺は火を見つめた。複雑か——そうかもしれない。あの日の屈辱は忘れていない。無能と笑われ、仲間に背を向けられ、城門を追い出された。
「複雑だな」と俺は正直に答えた。「でも関係ない」
「なんで?」
「やるべきことがあるから」と俺は言った。「感情より、やるべきことが先だ」
レオが苦笑した。「相変わらず真っすぐだな、お前は」
「褒め言葉として受け取っておく」
リナがくすくすと笑った。シルヴィアが星空を見上げた。ガルダンが静かに目を閉じた。カーラが父の毛布を直した。
焚き火の音だけが響く夜だった。
明日も歩く。王都まで、まだ遠い。それでも、今夜はゆっくり休もう。仲間と並んで、同じ火を見ながら。
追放者の旅は、まだ続いている。
毎日更新中!ダルクを退け、廃都を脱出!謎はまだ続きます。次話もお楽しみに!




