表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/78

第70話 過去との邂逅

 アルマを出て五日。俺たちは王都エルダリアへ続く大街道に合流した。


 さすがに幹線道路だけあって、往来が多い。商人の馬車、行商人、旅人、傭兵風の男たち。廃都への林道とは別世界だった。


「人が多いと落ち着くな」とリナが周囲を見回しながら言った。


「警戒は緩めるなよ」とレオが小声で言った。「侯爵の目もある」


 大街道を二日進むと、中継の大都市セルドが見えてきた。王都まであと三日という位置にある商業都市だ。補給と休息のために立ち寄ることにした。


 セルドは賑やかな街だった。大通りには露店が立ち並び、酒場からは陽気な音楽が流れている。冒険者ギルドの建物も大きく、門の前に数十人の冒険者が屯していた。


「懐かしい雰囲気だ」とレオが伸びをしながら言った。「久しぶりにギルドの飯が食いたいな」


「同感」とガルダンが珍しく笑った。


 ギルドに入ると、広い食堂に大勢の冒険者がいた。俺たちは空いた席に腰を下ろし、昼食を注文した。


 スープとパンが運ばれてきたころ、背後から声がかかった。


「……ライト? ライト・アシュフォードか?」


 俺は振り返った。


 そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。二十代後半の男。黒髪に赤い外套。かつて同じパーティにいた男——エドガーだ。


 エドガーは俺を追放した元パーティの一人だった。あの日、「お前みたいな無能は足手まといだ」と言って、冷たく背を向けた男だ。


「……エドガー」と俺は静かに言った。


 彼の表情が複雑に動いた。驚き、戸惑い、そして——何かを測るような目。


「生きていたのか」と彼は言った。「追放されてから噂を聞いていたぞ。砂漠で死んだとか、魔物に食われたとか」


「見ての通り生きている」


「そうだな」とエドガーが俺の仲間たちを一瞥した。「……随分と、立派になったじゃないか」


 その言葉に、皮肉はなかった。ただ、確認するような響きがあった。

 レオが俺の隣で腕を組んだ。「知り合いか?」


「昔のパーティメンバーだ」と俺は短く答えた。


 レオの目が細くなった。「……追放した側か」


「そうだ」


 エドガーがその会話を聞いて、少し顔を赤らめた。「……座っていいか。話したいことがある」


 俺は少し考えてから頷いた。エドガーが向かいの椅子を引いて腰を下ろした。


「俺たちのパーティは、今は解散している」と彼は言った。「お前を追放してから半年後に、ダンジョンで壊滅した。俺だけ生き残った」


「そうか」と俺は言った。


「お前がいたら違ったかもしれない、とは思わなかった。俺たちが弱かっただけだ」とエドガーが続けた。「だが……ライト、一つだけ言わせてくれ」


「何だ」


「あの日のことは、間違いだった」


 俺は黙っていた。


「お前が無能だと思っていた。本当に、そう信じていた。でも今、お前を見て——あの日俺たちが見ていたのは、お前の表面だけだったんだとわかる。本当の力を、俺たちは何一つ見ていなかった」


 食堂がざわついている。酒の匂いと喧騒の中で、俺はエドガーと向かい合っていた。


 謝罪を求めていたかと言えば、わからない。追放されたあの日は、確かに傷ついた。何もかも奪われた気がした。でも今は——


「もういい」と俺は言った。「過去は変わらない。それより、王都に行く前に一つ聞きたい」


「なんだ?」


「エルドライン侯爵について、何か知っているか」


 エドガーの表情が変わった。「……知っている。侯爵の私兵に追われたことがある。依頼を断ったら、しつこく追いかけてきてな」


「どんな依頼だった?」


「フォルスハイムの調査だ」と彼は言った。「廃都に入って何かを回収してこい、という話だった。報酬は破格だったが、行った仲間が戻ってこなかったと聞いて断った」


 やはりだ。侯爵は以前から廃都に執着していた。


「今から俺たちと王都へ来るか?」と俺は言った。


 エドガーが目を丸くした。「……俺を誘うのか? 追放した相手を?」


「お前の情報が使えると判断した」と俺は答えた。「それだけだ」


 エドガーはしばらく黙っていた。それから、小さく笑った。


「……お前は変わったな」


「そうか?」


「ああ。昔はもっと、感情を顔に出していた」


 俺は何も言わなかった。


「同行させてくれ」とエドガーが言った。「今の俺に王都での用事はないが……お前たちの旅に加わる理由としては、十分だ」

 夜、全員で食卓を囲んだ。エドガーを加えた九人の席は、ギルドの食堂でも目立った。


「で、そいつは信用できるのか?」とレオが俺に耳打ちした。


「わからない」と俺は正直に言った。「でも情報は本物だ。それだけで十分だ」


「信用できないやつを連れていくのか」と彼は苦笑した。


「お前だって最初はそうだっただろ」


 レオが黙った。それから笑った。「……まあ、そうだな」


 エドガーはシルヴィアとカーラと話し込んでいた。侯爵の私兵に追われた経緯を詳しく話しているようで、シルヴィアが熱心にメモを取っている。


 ガルダンは無言でエドガーを観察していた。あの目は、人を測る目だ。合格か不合格か、彼の中で判断が下されているだろう。


 リナが俺の隣に来た。「ライトさん、大丈夫ですか?」


「何が?」


「昔のパーティの人でしょ。複雑じゃないですか」


「複雑だな」と俺は正直に言った。「でも前を向くしかない」


「そうですね」とリナは微笑んだ。「ライトさんはいつもそうですよね。前しか見ない」


「後ろを見ても仕方ないからな」


「……私は、追放された日のことを考えると今でも腹が立ちます。ライトさんの代わりに」とリナが言った。「でもライトさん本人が前を向いているなら、私たちも前を向かないといけませんね」


 俺は何も言わずに、食事の皿を見た。スープが冷め始めている。


 翌朝、九人でセルドを出発した。


 王都エルダリアまで、あと三日。


 追放者が、かつて自分を切り捨てた都へ戻る。しかしもう、あの日の俺ではない。最強の力と、信頼できる仲間と、果たすべき使命がある。


 城門が見えてきた時、俺は何を思うだろう。


 今はまだ、わからない。ただ足を動かす。それだけでいい。


 王都への道を、九人の足音が刻んでいった。

 二日目の夕方、街道沿いの丘に差しかかった時、遠くに王都の輪郭が見えた。


 城壁が夕日に赤く染まっている。あの壁の中に、かつての俺がいた。スキルなしの無能として笑われ、追放されたあの日が嘘のように、今は遠く感じる。


「見えたぞ」とレオが言った。


「ああ」と俺は頷いた。


「緊張するか?」とエドガーが隣に並んだ。


 俺は少し考えた。緊張——というよりも、覚悟だ。


「する」と正直に答えた。「でも、行くしかない」


「そうだな」とエドガーが静かに言った。「……俺も、一緒に行く。それだけは確かだ」


 俺は彼を横目で見た。かつて背を向けた男が、今は隣に立っている。人というのは変わるものだ。いや——変えられるものだ。


「ありがとう」と俺は言った。


 エドガーが少し驚いた顔をして、それから頷いた。


 九人は再び歩き出した。王都の城壁が、少しずつ大きくなっていく。


 追放者の帰還が、始まろうとしていた。

毎日更新中!ついに元パーティメンバーと再会。王都まであと三日!次話もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ