第70話 過去との邂逅
アルマを出て五日。俺たちは王都エルダリアへ続く大街道に合流した。
さすがに幹線道路だけあって、往来が多い。商人の馬車、行商人、旅人、傭兵風の男たち。廃都への林道とは別世界だった。
「人が多いと落ち着くな」とリナが周囲を見回しながら言った。
「警戒は緩めるなよ」とレオが小声で言った。「侯爵の目もある」
大街道を二日進むと、中継の大都市セルドが見えてきた。王都まであと三日という位置にある商業都市だ。補給と休息のために立ち寄ることにした。
セルドは賑やかな街だった。大通りには露店が立ち並び、酒場からは陽気な音楽が流れている。冒険者ギルドの建物も大きく、門の前に数十人の冒険者が屯していた。
「懐かしい雰囲気だ」とレオが伸びをしながら言った。「久しぶりにギルドの飯が食いたいな」
「同感」とガルダンが珍しく笑った。
ギルドに入ると、広い食堂に大勢の冒険者がいた。俺たちは空いた席に腰を下ろし、昼食を注文した。
スープとパンが運ばれてきたころ、背後から声がかかった。
「……ライト? ライト・アシュフォードか?」
俺は振り返った。
そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。二十代後半の男。黒髪に赤い外套。かつて同じパーティにいた男——エドガーだ。
エドガーは俺を追放した元パーティの一人だった。あの日、「お前みたいな無能は足手まといだ」と言って、冷たく背を向けた男だ。
「……エドガー」と俺は静かに言った。
彼の表情が複雑に動いた。驚き、戸惑い、そして——何かを測るような目。
「生きていたのか」と彼は言った。「追放されてから噂を聞いていたぞ。砂漠で死んだとか、魔物に食われたとか」
「見ての通り生きている」
「そうだな」とエドガーが俺の仲間たちを一瞥した。「……随分と、立派になったじゃないか」
その言葉に、皮肉はなかった。ただ、確認するような響きがあった。
レオが俺の隣で腕を組んだ。「知り合いか?」
「昔のパーティメンバーだ」と俺は短く答えた。
レオの目が細くなった。「……追放した側か」
「そうだ」
エドガーがその会話を聞いて、少し顔を赤らめた。「……座っていいか。話したいことがある」
俺は少し考えてから頷いた。エドガーが向かいの椅子を引いて腰を下ろした。
「俺たちのパーティは、今は解散している」と彼は言った。「お前を追放してから半年後に、ダンジョンで壊滅した。俺だけ生き残った」
「そうか」と俺は言った。
「お前がいたら違ったかもしれない、とは思わなかった。俺たちが弱かっただけだ」とエドガーが続けた。「だが……ライト、一つだけ言わせてくれ」
「何だ」
「あの日のことは、間違いだった」
俺は黙っていた。
「お前が無能だと思っていた。本当に、そう信じていた。でも今、お前を見て——あの日俺たちが見ていたのは、お前の表面だけだったんだとわかる。本当の力を、俺たちは何一つ見ていなかった」
食堂がざわついている。酒の匂いと喧騒の中で、俺はエドガーと向かい合っていた。
謝罪を求めていたかと言えば、わからない。追放されたあの日は、確かに傷ついた。何もかも奪われた気がした。でも今は——
「もういい」と俺は言った。「過去は変わらない。それより、王都に行く前に一つ聞きたい」
「なんだ?」
「エルドライン侯爵について、何か知っているか」
エドガーの表情が変わった。「……知っている。侯爵の私兵に追われたことがある。依頼を断ったら、しつこく追いかけてきてな」
「どんな依頼だった?」
「フォルスハイムの調査だ」と彼は言った。「廃都に入って何かを回収してこい、という話だった。報酬は破格だったが、行った仲間が戻ってこなかったと聞いて断った」
やはりだ。侯爵は以前から廃都に執着していた。
「今から俺たちと王都へ来るか?」と俺は言った。
エドガーが目を丸くした。「……俺を誘うのか? 追放した相手を?」
「お前の情報が使えると判断した」と俺は答えた。「それだけだ」
エドガーはしばらく黙っていた。それから、小さく笑った。
「……お前は変わったな」
「そうか?」
「ああ。昔はもっと、感情を顔に出していた」
俺は何も言わなかった。
「同行させてくれ」とエドガーが言った。「今の俺に王都での用事はないが……お前たちの旅に加わる理由としては、十分だ」
夜、全員で食卓を囲んだ。エドガーを加えた九人の席は、ギルドの食堂でも目立った。
「で、そいつは信用できるのか?」とレオが俺に耳打ちした。
「わからない」と俺は正直に言った。「でも情報は本物だ。それだけで十分だ」
「信用できないやつを連れていくのか」と彼は苦笑した。
「お前だって最初はそうだっただろ」
レオが黙った。それから笑った。「……まあ、そうだな」
エドガーはシルヴィアとカーラと話し込んでいた。侯爵の私兵に追われた経緯を詳しく話しているようで、シルヴィアが熱心にメモを取っている。
ガルダンは無言でエドガーを観察していた。あの目は、人を測る目だ。合格か不合格か、彼の中で判断が下されているだろう。
リナが俺の隣に来た。「ライトさん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「昔のパーティの人でしょ。複雑じゃないですか」
「複雑だな」と俺は正直に言った。「でも前を向くしかない」
「そうですね」とリナは微笑んだ。「ライトさんはいつもそうですよね。前しか見ない」
「後ろを見ても仕方ないからな」
「……私は、追放された日のことを考えると今でも腹が立ちます。ライトさんの代わりに」とリナが言った。「でもライトさん本人が前を向いているなら、私たちも前を向かないといけませんね」
俺は何も言わずに、食事の皿を見た。スープが冷め始めている。
翌朝、九人でセルドを出発した。
王都エルダリアまで、あと三日。
追放者が、かつて自分を切り捨てた都へ戻る。しかしもう、あの日の俺ではない。最強の力と、信頼できる仲間と、果たすべき使命がある。
城門が見えてきた時、俺は何を思うだろう。
今はまだ、わからない。ただ足を動かす。それだけでいい。
王都への道を、九人の足音が刻んでいった。
二日目の夕方、街道沿いの丘に差しかかった時、遠くに王都の輪郭が見えた。
城壁が夕日に赤く染まっている。あの壁の中に、かつての俺がいた。スキルなしの無能として笑われ、追放されたあの日が嘘のように、今は遠く感じる。
「見えたぞ」とレオが言った。
「ああ」と俺は頷いた。
「緊張するか?」とエドガーが隣に並んだ。
俺は少し考えた。緊張——というよりも、覚悟だ。
「する」と正直に答えた。「でも、行くしかない」
「そうだな」とエドガーが静かに言った。「……俺も、一緒に行く。それだけは確かだ」
俺は彼を横目で見た。かつて背を向けた男が、今は隣に立っている。人というのは変わるものだ。いや——変えられるものだ。
「ありがとう」と俺は言った。
エドガーが少し驚いた顔をして、それから頷いた。
九人は再び歩き出した。王都の城壁が、少しずつ大きくなっていく。
追放者の帰還が、始まろうとしていた。
毎日更新中!ついに元パーティメンバーと再会。王都まであと三日!次話もお楽しみに!




